初めての勝利
「じゃ、もう一度ねー」
女王蟻ちゃんはそう言うと、今度は無数の蟻には化けず、そのまま近づいてきた。
「考えたらお姉ちゃんなんか蟻に化けるまでもなかったねー。このままの姿で殺してあげる」
舐められた!
「舐めるな、宇宙人!」
わたしは刀を構えた。
「わたしとて、名門雪風一族の一員! あなたなんか一撃で……っ!」
構えた刀を振り上げた。夏次郎くんが巻きついてるぶん重たかった。さっき振り回してしまったのは、焦りもあったが、刀が重たかったからだ。
「ひゃう!」
へんな掛け声とともに振り下ろした。重たいぶん、意に反するほど速く振り下ろせた。しかし女王蟻ちゃんは軽々と、手に持った鶏肉を食べながら、後ろによけた。
刀を上げるのが遅れる。
重たいからだ。
女王蟻ちゃんがニヤリと笑い、腕を槍に変えてわたしの胸をめがけて突いてきた。正確に言うとそんなように見えた時にはもう、手遅れだった。速すぎて、避けられなかった。
ぞくりとした。
わたしの後ろから、禍々しい『気』が迫ってきて、わたしを突き抜けて、女王蟻ちゃんを攻撃した。こ、これは……
又利郎さんだ。
又利郎さんの、必殺技──
アレだった。
女王蟻ちゃんは又利郎さんのアレすら、何事もないように、ひらりとかわした。でもわたしは見てしまった!
絶対に見たくないものだった。
今まで又利郎さんがその技を繰り出すたび、わたしはぎゅっと目を閉じていた。なぜならこれ以上ないぐらい気持ち悪いからだ。
ごきかぶりが数百匹も飛びかかって来るのを見るような……いや、そんなものなど比べ物にならないぐらい、とても生理的に、気持ち悪いのだ。
「ぽ……、ぽこちん」
ソレに変化した又利郎さんの顔が、間近にあった。
「だ……だばだばば」
わたしはたまげてしまい、つい、叫び声をあげてしまった。
「ひゃーーーっ!」
叫んだわたしの口から何かが出た。
なんだか最近見た覚えのあるものが、飛び出した。
魂げっ気だった。
まさか自分の口から飛び出すとは……!
「あっ!」
女王蟻ちゃんが喜んだ。
「魂げっ気だ!」
手に持っていた大好物らしき鶏肉を投げ捨てると、わたしの足元に落ちたそれめがけて飛んできた。
大事そうに両手で抱えると、ちゅるるんという音を立てて吸い込んだ。
そのうなじが隙だらけだった。
「えい!」
上段から重たさで速さの増したわたしの刀が、女王蟻ちゃんのうなじに当たった。
必殺技名を叫ぶのを忘れた。白い風をまとったその刀身は、彼女に巻きつくと、あっという間に全裸に剥いた。
彼女の着ていた銀色のピッチピチの服が、バラバラになって飛んだ。
「きゃーーー!」
女王蟻ちゃんが叫ぶ。
「えっち! ド変態!」
「おお……」
元の姿に戻った又利郎さんが、感嘆したような声をあげた。
「か、かわいい!」
「うん。なかなかだ」
いつの間にかわたしの背中に張りついてらっしゃった伊織兄様が、仰った。
「やるな、ぽこ。殺さずして敵を辱める『殺さずの剣』か……。なかなかやるじゃないか」
伊織兄様も危能丸兄様のようなお札が使えるとは知らなかった。額に『静』と文字の書かれたお札を貼ると、女王蟻ちゃんは大人しくなった。無数の蟻に化ける能力も使えなくなったようだ。
兄様がかけてあげた紫の長羽織の端を握りしめて、恥ずかしそうに小さくなっている。
どうやら動くことは出来るが、文字通り静かになったようだ。
「あ……、あたしをどうするつもりなの?」
今までの高飛車な態度が嘘のように、弱々しく言う。
「食べるの? 切り刻むの? それとも……。わーん! えっち!」
「貴女には色々聞きたいことがある」
伊織兄様は女王蟻ちゃんの頭に草鞋の底をお乗せになると、足の力をぐいぐいそこにかけながら、腕を組んで言った。
「宇宙人とやらの目的は何なのですか? 『すぺーすどらごん』とは何者なのです?」
夏次郎くんはかわいい姿に戻り、わたしの肩にちょこんと乗っている。春才天児くんは鞘に収まり、なんにも言わなくなった。
女王蟻ちゃんは兄様の質問に答えた。
「知らないわよ! あたしは地球にコンビニのフライドチキンを食べに来ただけだから!」
よく意味はわからなかった。
「では質問の仕方を変えましょう」
女王蟻ちゃんの頭を踏む兄様の足に、力が入った。
「貴女たち宇宙人は、魂げっ気を食べに日本へやって来たのですか?」
「あっ、そうそう!」
女王蟻ちゃんが何度もうなずいた。
「そうなの! あたしたち、コンビニのフライドチキン以上に、それが食べたかったの! それだけなのっ!」
「嘘がド下手くそですね」
兄様は女王蟻ちゃんを踏み潰すように銀色の床に押しつけると、あくまで静かな口調で訊問する。
「貴女方は日本を征服しにやって来た。そうでしょう?」
「う……」
女王蟻ちゃんが、大声で泣いた。
「うわーーーん!!!」
するとどこか遠くから、「ぽるぽる」という声が、無数に聞こえてきた。
銀色の続く廊下の、薄暗い奥のほうからだ。
又利郎さんが身構える。伊織兄様も女王蟻ちゃんを足の下に踏みつけながら、そちらを振り向いた。きわみちゃんは幸せそうに失神したままだ。
「……なんだ?」
「なんだろう」
伊織兄様と又利郎さんが臨戦態勢をとる。
それは廊下の奥から姿を現した。
セミみたいな顔にハサミのような手をした、橙色に透き通った宇宙人が五十体ぐらい、隊列を作ってこちらへ押し寄せてきていた。
「兄様!」
女王蟻ちゃんが泣き叫んだ。
「助けてっ!」
「ぽるぽる」
「ぽるぽるぽる」
「ぽるぽるぽるぽるぽるたんぽるたん」
鞠が弾むような声を発しながら、女王蟻ちゃんのお兄様らしきそいつらは、ハサミを上に向けてチョキチョキしながら、大して戦う意思もなさそうに、ただ列を乱さず、無表情で歩いてきた。




