初めての必殺技
『春くん……』
わたしは切っ先を女王蟻ちゃんに突きつけながら、春才天児くんに聞いた。
『伊織兄様の仰ったこと……聞いたよね? 夏次郎くんの風をその刀身にまとわせて、あのちっちゃく分裂する女の子を斬るんだよ? いい?』
『そのカマイタチと力を合わせるってこと?』
むくむくと、わたしの目の中で、刀がタヌキ柄のイタチみたいな動物に変化し、わたしに言った。
『あのね。どっちかっていうと、斬りたい。そうやって君の肩に乗っかってるだろ? それ見てるだけで、ムカつく』
そう言われて、夏次郎くんが、カチンときたような顔をした。
春才天児くんは、さらに言った。
『ぽこちゃんと仲がいいのはぼくなんだからね。そいつ、邪魔。斬って捨てたい。ね? ぽこちゃん。あのかわいい女の子よりも、そいつ斬ってよ。斬らせてよ。いいよね? 大体、ぼくは妖怪を斬る刀なんだから。宇宙人なんか斬りたくない』
「な……、なななな何?」
思わず私は声をあげた。
「君たち、仲、悪いの!?」
夏次郎くんは興味なさそうにプイと横を向いたけど、春才天児くんは喋り続けた。
『うん。その真っ白いイタチ、嫌い。顔が嫌い。おしりも嫌い。しっぽなんて大嫌い。何よりぽこちゃんに懐いてるとこが、虫酸が走るほど嫌い。斬っていい? ね、斬ってよ』
だめだー!
このわがまま刀、夏次郎くんの風をまとう気、ちっともねー!
「あのね? 頑張ろうよ。力を合わせよう」
わたしは涙まじりに春くんにお願いした。
「必殺技の名前だって今、考えついたとこなんだから。風をまとった斬魔刀の放つ一撃、『白風一陣』なんて、どう? かっこいいでしょう? わたし、わくわくしながら考えたんだから」
「ヤバーい……、このお姉ちゃん」
鶏肉をむしゃむしゃ食べながら、女王蟻ちゃんがじっとりとした目でわたしを見つめながら、感想を漏らした。
「刀とお話してるつもりー? あぶなーい……このひと」
「ももももうちょっと待ってね? ごめんなさい、女王蟻ちゃん」
わたしは対戦相手に頭を下げると、説得を続けた。
「あの女の子に勝てないと、わたし、死んじゃうんだよ? あの子がバラバラの蟻の大軍になって襲いかかってきたら、ぐちゃぐちゃにされて、殺されちゃうんだよ? いいの?」
肩の上の夏次郎くんが身構え、『それはイカン』というように膨れ上がりかけた。
「だめ! 夏くん」
わたしは彼が風になろうとするのを止めた。
「これはわたしの修行なんだから! いつまでもあなたに頼りっぱなしじゃ……わたし、ちっとも強くなれない」
ふー……と、刀がため息をついた。
『仕方がないね。ぽこちゃん、意地っ張りだなぁ。そういうとこが好きなんだけど』
春才天児くんはそう言うと、夏次郎くんへの殺気を納めてくれた。
『今回だけだよ? 仕方がない。そのアホ面イタチを刀身にまとってあげる。来い、アホイタチ』
夏次郎くんはコクッとうなずくと、たちまち白い風になり、わたしの肩の上から飛ぶと、わたしの構える刀に巻きついた。
『痛い痛い! このやろう』
春くんが文句を言いながらも、わたしに言う。
『あとはぽこちゃんの力だよ? ぼくたちを使って、あいつを倒すんだ。いいね? 頑張ってね? いってーな、このバカイタチ! もうちょっと離れて巻きつけ!』
白い風をまとったわたしの刀を見て、女王蟻ちゃんの表情が変わった。
今まで完全に舐めきっていたのが、真剣な表情に変わった。これは本気を出されてしまいそうだ。
「ふうん……。そんな必殺技があったんだね。正直、見くびってた」
女王蟻ちゃんはそう言うとペロリと赤い舌を出し、乾いた唇を舐めた。
「育つ前に危ないものは消しておかなくちゃ。お姉ちゃん、あたしを恨まないでね?」
ざざざ……ざわざわ……
女王蟻ちゃんの体があっという間に真っ黒になったかと思うと、無数の蟻の大軍になって飛び散り、わたしをめがけて四方八方から襲いかかってくる。
「必殺剣……」
わたしは刀を肩上に構えた。
「白風一陣!」
白い風をまとった斬魔刀、春才天児をわたしは振った。
振り回した。
当たらない!
ぶんぶん振り回しているのに、剣が届かない! むしろ刀がまとった風に煽られて敵が自動的に避けてしまう!
剣を振り回している間に足をすべらせ、体勢を崩してしまった。
その隙をついて、あるいはすべらなくても隙だらけだったのか、蟻の群れが巨大な刃物のようになってわたしを貫きにきた。
「紫伝川坊流百花繚乱!」
伊織兄様のお声が再び背後から聞こえた。
今度はギリギリだったようで、そのお声も前より焦っておられた。
散り散りになった蟻の大軍がひとところにかたまっていく。かわいい女の子の姿にまとまると、またぶーぶーと文句を言った。
「もーーーっ! 何よ、お兄ちゃん! 卑怯だよ! 何よ! さっき『もう手助けはしない』って言ったじゃん!?」
ごめんなさい、女王蟻ちゃん。
このお兄ちゃん、嘘つきなんです。
「すまん、宇宙人」
兄様が謝った。
「つい、条件反射で体が動いてしまったのだ。もう、手は出さない。存分にやり合ってくれ」
「本当だね?」
女王蟻ちゃんが兄様を睨む。
「もう、次からは手を出さないでよ?」
「ああ、分かった」
そう言って兄様が、わたしの肩をぽんと叩く。
「お前が自分の力でどうにかするんだ、ぽこ。どうにかできなかった時は死ぬ時だと思え」
これもたぶん、嘘だ。
わたしが危機に陥ったらまた助けてくださるだろう。
緊張感も何もない……。
いかん、いかん! これは修行なのだ。兄様などいないものと思え。
次にしくじったら、自分の命はないと思うべきなのだ。
わたしは再び剣を縦に構えた。白い風をまとう、その剣を。
さっきは慌てていた。剣を無駄に振り回してしまった。
平常心だ。心を落ち着け、無駄な動きをなくせ。
相手を斬るその一瞬に全神経を注ぐのだ。……と、お師匠さまから教わったことをブツブツと繰り返し呟いた。




