女王蟻
「アハハ」
「ウフフ」
「オホホ」
「ククッ……、クッ、クッ」
又利郎さん、わたし、きわみちゃん、夏次郎くんの三人は笑い続けている。
なんか可笑しい。どうしても可笑しい。勝手に体が笑いこけてしまう。
伊織兄様だけ馬鹿みたいには笑わずに、薄笑みを浮かべて立ってらっしゃる。その前には女の子の宇宙人。この子も馬鹿みたいにではなく、わたしたちを馬鹿にするような笑いを浮かべてる。あっ、あの頭の触覚がピコピコ動いてる。お、可笑しい! ウ、ウフフ……!
今にもチャンバラを開始しそうな雰囲気で対峙してるけど、女の子は武器を持ってない。伊織兄様、無防備な女の子と戦えるのかな? ア、アハハ……!
「私の名は雪風伊織と申します」
伊織兄様がまだ刀は抜かず、女の子に言った。
「あなたのお名前も聞いておきましょうか、宇宙人さん」
「あたしの名前はすばるたんX」
女の子は難しい名前を名乗った。
「難しければ『女王蟻』でいーよ」
「これはかわいらしい女王蟻さんですね」
「お兄ちゃんもかわいいよ。綺麗なお顔」
「かわいらしいが……」
伊織兄様が真剣なお顔になった。
「相当、お強いようだ」
「わかる?」
女王蟻ちゃんは自信満々な顔を笑わせた。
「武器持ってないからって、遠慮しなくていーよ? かかってこい。カモン」
二人の間に緊張が走るのがわかった。わたしだってそこそこ強い剣士だから、わかる。殺気がピリピリしてる。ウ、ウフフ……。
「うーん……。だめだ」
伊織兄様がなんか言い出した。
「女王蟻さん、少し待っていただいても構いませんか?」
「いーよ」
女王蟻ちゃんは余裕でそう言うと、懐のようなところからお肉のようなものを取り出し、
「コンビニのフライドチキン食べてるから。ごゆっくり」
よくわからない単語を言った。なんか可笑しい。ははは。
兄様は敵に背を向けると、わたしに近づいて来て、言った。
「ぽこ……。このままではおまえは笑いすぎて気が触れてしまう」
「そ、そうなんですか? アハハハ!」
恐ろしいことを聞いても笑いが止まらない。
「ど、どうにかしてください。う……ウフフフフフ!」
「それに、あの女王蟻と戦うのはおまえだ、ぽこ」
「なんと!? イヒ……イヒヒヒヒ!?」
「これはおまえの修行の旅なのだ。おまえが戦わなければ意味がない」
「し……しかしっ……ヒ! あの子、相当お強いのでしょう? フ……しかもわたしっ! 笑いが止まらなくて、とても戦うことは……ハッハッハ!」
兄様の唇が、わたしの口を塞いだ。
びっくりしてなのか、それとも兄様が何かしたのか、わたしの笑いがぴたりと止まった。
兄様の唇が、ゆっくりと離れる。
「く……、口を吸われたーっ!」
わたしは動転してしまった。
「口吸いなど……! されたことなかったですのにっ! は、初めての相手が……に、兄様だなんて!」
「落ち着け。解毒をしただけだ」
兄様は明らかに背後の女王蟻に注意を向けたまま、仰った。
「私にあのかわいいものは倒せぬ。……その刀を貸してみろ」
兄様はわたしの腰の『春才天児』の柄に手をかけると、それを抜こうとした。
「抜けぬな……。やはりな」
わたしはまだ口吸いされたことの動揺が残っていたが、前から気になっていたことを兄様に聞いてみた。
「春くん、抜ける時と抜けない時があるのです。なぜなのでしょうか?」
すると兄様が教えてくれた。
「この刀はな、妖怪と対峙した時しか鞘から抜けないのだ。斬魔刀だからな。妖気のあるものを斬る時にしか鞘から出ては来ん。つまり……」
笑い転げている又利郎さんときわみちゃんの間で楽しそうにしている夏次郎くんに目を向けた。
「あのカマイタチくんが首に巻きついていればいつでも抜けるということだ」
夏次郎くんが、伊織兄様が見ていることに気がつくと、楽しそうなククク笑いを消し、『何か?』みたいな顔で立ち上がった。どうやら夏次郎くんだけは笑気とかにやられてクククククククク笑っていたわけではなく、みんなが笑っているから楽しくなっていただけのようだ。
「やはり、君には効いていなかったか。カマイタチに笑気は効かないのだね」
伊織兄様はそう言うと、夏次郎くんに手招きをした。
「おいで。ぽこと一緒に戦っておくれ」
おまえに言われるまでもない、というように、夏次郎くんはたたたーっ! と駆けてくると、わたしの肩に飛び乗った。襟巻きには化けず、そのままの姿で勇ましく立つ。
「刀を抜いてみろ、ぽこ」
抜いてみた。あっさり抜けた。
そういうことだったのか……。夏次郎くんがわたしの肩に乗っていれば、春才天児くんはいつでも抜けてくれるんだ。
「よし、では任せた」
伊織兄様がわたしの背中をぽんと叩いた。
「私はあの二人を救助する」
そう言って、又利郎さんときわみちゃんのところへ歩いて行く。き、きわみちゃんのお口が危ない! ま、又利郎さんにも口吸いをするおつもりなのか……!?
それよりも……
わたしは恐る恐る、振り返った。
お肉を食べ終えて暇そうにしていた女王蟻さんが、ニイッと笑った。
「選手交代? いーよ? あたし、暴れられるんなら誰でもいーから」
か、勝てるのか……?
見た目はかわいいけど、相当お強いらしいこの女王蟻ちゃんに、へっぽこのわたしが、勝てるのかーっ!?
まあ……、危なくなったら夏次郎くんが……
いやだめだだめだだめだ! これはわたしの修行の旅なのだ! 自分だけの力で、あの相当お強い女の子に勝つのだ!
わたしは笑いでシワシワになりかけていた表情を引き締めると、腰の春才天児を抜き、今生之助兄様直伝の、『そこそこ強い剣術の型』を構えた。




