笑顔がいっぱい
この修行の旅には成果が既にあった。
苦手だった華夢家の次女、天花さんと仲良くなれた。今までただのオトコ好きであざとい意地悪お姉さんだと思ってたけど、話してみると面倒見のいい、いい人だった。夏次郎くんのこともかわいがってくれた。
何より此度の旅の一番の収穫は、又利郎さんだ。この人とまさか仲良くなりたいと思える日が来るとは思わなかった。
見た目は大事だけど、それで人の中身まで決めつけちゃいけないんだな。
「ど、どういうこと? いおりん」
又利郎さん……いやこれからはマッちゃんと呼ぼう──マッちゃんが伊織兄様に聞いた。
「この岩に見えてる壁……やっぱり銀色のツルツルなのか?」
そう言って、嬉しそうに笑いながら、前髪の奥の目を大きくかっ開いた。き……、きも……いや気持ち悪くないっ!
「もしかしたら……」
刀の柄で壁をトントンと叩きながら、伊織兄様が言った。
「これがマッちゃんの言うUFOかもしれない」
「あっ?」
きわみちゃんが何かを見つけた。
「穴がありますよ? あそこ、小さい穴だけど」
きわみちゃんが言う通り、蛇なら通れそうな小さな穴が、岩壁にひとつ、開いていた。
夏次郎くんがそれを聞いて興味をもったようだ。
そうだった。夏次郎くんは穴を見るとなんでも入ってみたがる。二口女さんの後ろの口の中にも入りそうになったほどだ。
「だめだよ? 夏次郎くん」
わたしがそう注意するのと、わたしの首から夏次郎くんが跳んで、穴の中へつるんと入り込んだのが同時だった。
「夏次郎くんっ!」
「な……なっくん」
又利郎さんがそう言うなり、黒い液体になって、後を追って穴の中へどろどろと入り込んでいった。……げっ。
わたしと、きわみちゃんと、伊織兄様の三人は、ただ待った。
夏次郎くんと又利郎さんが戻ってくるのを、待った。
「戻ってきませんね」
「ま……、まさか宇宙人に捕まったのかな」
きわみちゃんとわたしがふたりの噂をしていると、伊織兄様が鞘に入った刀を前にかざした。
「ずっと待っているわけにはいかないね。私たちも行こう」
兄様がそう仰ると、岩壁に扉が開いた。
瞬時に刀で斬られたように、四角く切り取られると、扉は向こう側にぱたんと倒れた。
まさか兄様が斬った? いや、まさかね……。
途端、景色が変わった。岩壁に見えていたものは元の銀色のツルツルした不思議な壁に戻り、暗かったのが急に薄明るくなった。
扉の向こうは同じく薄明るい、銀色のツルツルした壁に左右を閉じられた、通路だった。
「行ってみよう」
伊織兄様が先頭を立って歩き出した。
「ふたりを追いかけるんだ」
歩き続けても同じ景色だった。ずっと銀色の廊下が続いてる。
動くものの気配はなく、それでも腰の春才天児くんにわたしは手をかけて、用心して進んだ。
きわみちゃんはわたしの背中にひっついて、怖がってるようだ、かわいい。
しばらく進むと、前方から何やら笑い声のようなものが聞こえてきた。
「アハハ……アハハ……」
「くっ……、ククククッ!」
なんだ、あの不気味かつ明るい笑い声。
角のむこうから聞こえてくる。
伊織兄様が壁に手を添え、用心しながらも素速く、角のむこうへ身を乗り出した。
「何してるの……マッちゃん」
わたしも恐る恐る顔を覗かせると、そこで夏次郎くんと又利郎さんが戯れているのを見た。
又利郎さんは夏次郎くんに合わせて細長い蛇みたいな形になって、ふたりで絡み合いながら、じゃれ合っている。
「ご……、ごめん」
又利郎さんが元の気持ち悪い姿に戻り、謝った。
「な、なんか……遊びたくなって……」
「ふふふふ」
わたしは思わず笑い出してしまった。
「緊張してたのが、なんか一気にほっこりしちゃった」
又利郎さんはほんとうに、かわいいものが好きなんだな。
ふたりのじゃれ合いを見ていたら、この世に戦いとか憎み合いとか存在してないみたいに思えてきた。
「私も夏次郎くんと遊びたくなってきました!」
きわみちゃんがわたしの後ろから飛び出して、踊り出した。
「なんか楽しい! 楽しいです!」
わたしも楽しくなった。きわみちゃんとマッちゃんと夏次郎くんと、四人でここでずっと一生、笑って過ごせたらな。もう日本にわたしの名を轟かせるなんてどうでもいい。日本もどうでもいい。宇宙人に乗っ取られても、どうでもいい。
「ふ……」
伊織兄様も笑い出した。
「ははははは!」
「兄様も楽しくなった?」
わたしは嬉しくなった。
「一緒に一生、ここに閉じ込められて生きましょ!」
「私を騙そうとはいい根性だ」
そう言うと、伊織兄様が剣を抜いた。
「姿を現せ! 宇宙人!」
ピウ、と鋭い風切り音が響いた。
兄様の剣が、何かを斬り裂いた。
「へえ……」
女の子の声がした。
「これを見破るなんて、そこの綺麗なお兄ちゃん、凄いね」
いつの間にかそこに、背の低い十六歳ぐらいの女の子が立っていた。
へんな服を着ている。銀色で、壁と同じようにツルツルのピカピカだ。
そして頭にアリさんのような触覚があって、それがピコピコ動いてた。う……、宇宙人だ!
「笑気を皆に嗅がせたな?」
伊織兄様が刀の切っ先を突きつける。
「残念ながら私は呼吸を自在に止めることが出来る」
喋りながら息してないんだ、このひと! 凄い! 凄い! なんかおかしい……アハハハハ!
「とりあえず、こっちの笑ってるひとたちは役に立たないよ?」
宇宙人の女の子が余裕の口調で言った。
「お兄ちゃん一人で戦う気? 無謀だと思うよ」
「さァな」
伊織兄様が、くすっと笑った。
「やってみるか」




