日本をかわいいもので満たしたい
洞窟の奥から現れたのは、地上で見たアレから羽根を取り、大きさを人間ぐらいにしたものたちだった。
まるで二足歩行するアリさんだ。
一体一体は弱そうなものの、何しろ数が多い。
狭い洞窟を埋めるほどの勢いでやって来るその様子は、正直に言って又利郎さんよりも気持ち悪かった。
わたしの痺れてまだ自由には動かない体が後ずさる。生理的現象として、勝手に動く。
「うっ……、ひいぃっ……!」と、勝手に口から声が漏れてしまった。
「大丈夫、ぽこちんは俺と夏次郎くんが守るから」
そう言ってくれる又利郎さんの背中が頼もしい。
夏次郎くんもチラッと振り向き、強い目をして笑ってくれた。
ざわ、ざわ、ざわ……。
声はまったく出さずに、人間大のアリさんの群れが、襲いかかってきた!
又利郎さんが巨大な黒い手裏剣を腰にしまい、夏次郎くんが地面にとん、と降り立つと、アリさんの群れは黒い残骸となってすべて地面に積み重なっていた。
早かった。
あっという間だった。
又利郎さんがてのひらを立てて差し出すと、夏次郎くんがそこに小さな手をぽん、と合わせる。肉球が気持ちよさそうだった。
わたしはようやく動くようになった体を這わせて、地面に転がっているこぶたさんの頭のところへ行き、話しかけた。
「こぶたさん……、わたしを騙したの?」
こぶたさんは何も言わない。つくりものだったのだ。
「わたし……。あなたがかわいい見た目だったから、信じたのに……」
又利郎さんが側に寄ってきて、言う。
「あ、あのアリみたいなやつらも……、みんなからくり人形だ。親玉がどこかにいるはず」
「マッちゃん……」
初めて彼のことをそう呼んだ。
「わたし……。伊織兄様が言った通り、騙されやすいみたい……。これから先の旅……どころか人生、ちゃんと生きていけるのかな」
「ぽこちんは……、そのままでいいと思う」
マッちゃんは言った。
「騙されないやつは、騙すやつだから。ぽこちんは心が綺麗で、見た目もかわいいから、騙される。でも、それなら俺、騙されやすいままでいいと思う」
「マッちゃん……」
わたしは顔を上げて、彼の顔をまっすぐ見た。
「……『ぽこちん』って言うの、やめて」
洞窟はその先で行き止まりになっていた。
長い洞窟を引き返して歩きながら、マッちゃんと会話した。
「わたし……。マッちゃんのことも、見た目で決めつけてたかも」
マッちゃんは何も言わずに聞いていた。
「正直、何を考えてるかわからないとこあって、怖かった。でも、強いし、動物好きだし、わたしのこと慰めてくれたし……。いい人だなって、わかった」
マッちゃんが照れたように、自分の前歯を掻いた。
「ごめんなさい。気持ち悪いだなんて思ってて」
彼のほうをまっすぐ向いて、ぺこりと頭を下げた。
「助けてくれてありがとう。夏次郎くんと仲良くなってくれてありがとう。わたしを褒めてくれて、ありがとう」
マッちゃんが恥ずかしそうに、頭を掻きむしって、照れ隠しをするように大あくびをした。
なんだかこの人のことがようやく少しずつ、わかってきた。見た目は確かに気持ち悪いが、その不審な挙動はもっと気持ち悪い。でも、それは極度の恥ずかしがり屋のあらわれなのだ。
褒められたり、恥ずかしくなると、そういえばわたしでも挙動不審になる。うまく表情が作れなくなって、意味もなく前髪をくりくりいじったりする。
それがこの人の場合は極端なのだ。見つめられると無言で急にバッ!と横を向いたりするのだ。それが何を考えてるのかわからなくて怖かったが、なんだか今はわかる気がする。
かわいいものが好きなのだ。つまり、わたしのことをかわいいと思ってくれてるのだ。それでわたしに見つめられると恥ずかしくなって、気持ち悪い動作をしてしまうのだ。
ふふ……。なんかかわいく思えてきた。
「マッちゃん」
わたしは彼の背中をばん!と叩いた。
「日本をかわいいもので満たしましょう!」
「あ、ああ……」
じとっとした目玉を前髪の間から覗かせて、見下ろしてきた。
「俺、自分が醜いから、かわいいものが好きだ」
そしてわたしの全身を舐め回すように見る。
「ぽこちんはかわいいな」
背筋がゾクッとしたけど、笑ってみせた。
前から誰かが二人、歩いてくるのが見えた。薄暗がりを抜けて、その姿が明らかになる。伊織兄様ときわみちゃんだ。
又利郎さんには失礼だけど心底ホッとして、わたしは駆け寄った。
「兄様!」
「ぽこ。マッちゃん」
兄様の美しいお顔が……なんでだろう。醜いものを散々見たあとなのに、それほど綺麗に見えなかった。
「ようやく追いついた。向こうはすぐに行き止まりになってね」
「どうやらここ、ゆるやかに下へ降りているようですよ」
無邪気な言い方で喋るきわみちゃんを見たらようやく安心した。かわいい。
「私たちは上へ昇っているようでした。下に何かありましたか?」
又利郎さんに説明してもらおうとしたが、何も言わないので、わたしが答えた。
「下も行き止まりだったよ。アリさんみたいなおばけがいっぱいいたけど、マッちゃんと夏くんがふたりで全部やっつけた」
又利郎さんが、ようやく口を開いた。
「UFOが、ここにあるはずなんだ」
伊織兄様が聞く。
「ゆうふぉお……とは、何だい?」
「宇宙人の乗り物だ。ここがそうかと思ったけど……違った」
「ところでこぶたさんは?」
尋ねられ、わたしがこぶたさんは宇宙人の作ったからくり人形だったらしいことを知らせると、伊織兄様は得心したようにうなずき、言った。
「マッちゃんも意外に騙されやすいんだね」
そして長刀の鞘で、岩の壁をコンコンと叩く。
「敵に幻を見せる能力があるのなら、目に見えているものを信用してはいけない」
「どういうことですか?」
わたしは聞いた。
「ツルツルしている」
伊織兄様は仰った。
「そして鉄のような感触……。岩に見えているこれこそがまやかしだ」




