宇宙人の巣
斜面を滑り、穴を抜けると、意外なぐらいに床までが遠かった。
このまま落ちたら足を挫いてしまいそうだ。それどころか大怪我するかも!
わたしは空中でバタバタしたが、飛べるわけもなく、落ちていった。
「わーっ!」
どっすぅーん……。
目を開けてみると、わたしのお尻の下で伊織兄様が受け止めてくださっていた。正確に言うなら、わたしのお尻の下で潰れてらっしゃった。
「重いよ、ぽこ」
兄様は存外に余裕の笑みをわたしに向けられた。
「おまえが重いから、潰れてしまった」
「にっ、兄様が華奢で非力だからですよっ! わたしは重たくなんか……」
「いいから早くどいてくれないかな。このままでは圧死してしまいそうだ」
わたしが顔を真っ赤にして怒りながらどくと、立ち上がった。何やら含み笑いをされてらっしゃるのがムカつく。
きわみちゃんは大丈夫だったかな? と思い、見ると又利郎さんに抱き止められていた。ふつうなら格好良く見えてしまうところだが、お姫様抱っこした妹の胸を鼻息荒く凝視してるのが気持ち悪かった。
「さて……」
伊織兄様が左右を見ながら、言った。
「どちらへ参りましょう?」
一面銀色の空間だった。廊下のみならず、壁も天井も、目がチカチカしてしまうほどの銀色だ。
壁はどこまでも続いているように見えた。扉や障子は見当たらず、ただ銀色の廊下が、二方向に向かってずっと続いている。
「二手に分かれたほうがいいかな」
そう言い出した兄様の腕に、わたしは思わずしがみついた。
二手に分かれるならもちろん、雪風一族と華夢家に分かれるんだよね? わたし、又利郎さんと組まされたりしないよね? と、思いながら。
「じゃ、私は又利郎兄様と」
きわみちゃんがそう言ってくれた。助かる!
「いや……」
伊織兄様が何やら考え込むと、言い出した。
「さっきも言った通り、雪風一族と華夢家で協力し合うことになりそうだ。そうすると、今からお互い仲良くなっておいたほうがいいんじゃないかな」
銀色の廊下にわたしの声が響き渡った。
「はあっ!?」
伊織兄様がわたしに耳打ちする。
「ぽこはマッちゃんのことが嫌いなのだろう?」
わたしがコクコクとうなずくと、たしなめるように言葉を継いだ。
「だめだよ、ぽこ。マッちゃんはとてもいい男なんだ。他人を見た目で決めつけてはいけないよ。ここで行動を共にして、仲良くなるんだ」
又利郎さんのほうをチラリと窺うと、なんだかとても嬉しそうに、よだれを垂れそうなほどに口元を笑わせて、わたしをガン見している。
わたしは兄様に懇願した。
「いやですっ! 両家の親睦を深めるなら、どうか、きわみちゃんと組ませてくださいっ!」
しかし兄様のお言葉は厳しかった。
「おまえときわみさんでは頼りない。きわみさんが妖気を感じて暴走すれば鬼より強いのは知っているが、困ったことに相手は妖怪ではなく、妖気のない宇宙人だよ? きわみさんは私が守る。マッちゃんは強い。おまえは彼に守ってもらうんだ」
納得させられてしまった。
「あっ。なら、わしはそっちについて行くぞいっ」
こぶたさんが声をあげ、わたしの足元に寄ってきた。
「あの暴走っ娘と一緒におると、わしの術が使えんからの。鬼に化けたらまた、わしを殺そうとするかも……ブルブル」
心強かった。
二人きりじゃないなら、いいか。そう思えて、わたしは又利郎さんと行くことを決心した。
「では、私たちはこちらを探索するので、ぽことマッちゃんはそっちを頼む」
そう仰って、伊織兄様が背を向けた。
その隣に寄り添ってついて行くきわみちゃんは、とても嬉しそうだった。
「よ……、よろしくお願いします」
わたしがそう言って、怯えるように頭を下げると、又利郎さんがドロドロに溶けそうな口元を笑わせ、うなずいた。
「ああ、ああ」
進んでも進んでも、廊下だった。
わたしたち三人のぺたぺたという足音だけが響いていた。
「しかし……面妖じゃの」
こぶたさんが言った。
「蝋燭もないのにずっと明るいとは、これ如何に」
こぶたさんの言う通りだった。
明り取りすら見当たらないのに、地下のその空間は、まるで天井が薄明るく光っているように、ずっと暗くならなかった。廊下の先まで見えるほどだ。
廊下がまっすぐではなく緩やかに曲がり続けているのでずっと先までは見えないが、これだけ歩いてもまだ続いているので、果てがないように思えてしまう。
「もしかしたらこれ……。ぐるっと回ってるだけなんじゃ……?」
わたしは思ったことを言ってみた。
「だってずっと右向きに曲がってる。円を描いて元の場所に戻るんじゃないでしょうか?」
「そ……、それなら、いおりんときわみ、いるはず」
又利郎さんがまともなことを言った。
確かに。それなら反対側から歩いてくる兄様たちとばったり会うはずだ。しかし相当歩いた気がするのに、誰とも会う気配がない。
「も……もしか」
又利郎さんがピタリと足を止めると、しゃがみ込んだ。
プッと口から何かを吐き出した。見ると黒い鉄の玉をてのひらの上に吐き出していた。なんでそんなものが体の中に入ってるのだろう。ヌルヌルしてそう。気持ち悪い。
又利郎さんが黒い玉を床に置く。
そっと手を離すと、それはゆっくりと前へ転がり出した。
又利郎さんが言った。
「く……、下ってる」
それでわたしも気がついた。あまりにも緩やかなので気づかなかったが、この廊下はどんどん下へと向かっていたのだ。これでは円を描いて進んでも、伊織兄様たちと出くわさないわけだ。螺旋状の構造になっていたわけだ。
わたしは声に出した。
「つまり……。伊織兄様ときわみちゃんは上へ向かい、わたしたちは下へどんどん降りていっているということ……?」
「上はないよ」
又利郎さんが、またまともなことを言った。
「上へ行ったら、地上に出るよ」
意外に賢い、この人。
少しだけ、見直したかもしれない。
もしかしたらわたしのほうがバカなだけかもしれないが。
「それなら……。伊織兄様たちは、どこへ?」
「地上へ出てしまって、引き返して、ぼくらを追いかけてるかもしれないよね」
「それなら……待ってみます?」
「いやだ」
又利郎さんが謎の迫力のある口調で、そう言った。
「俺……、ぽこちゃんといたい」




