雪風伊織、その実力
「わあ……。なるほど、これが宇宙人か」
伊織兄様は扉から出てくるなり、二足歩行する巨大な羽アリのようなものを見上げて、呑気に仰った。
「こんなものにぽこが勝てるわけないよね」
「伊織兄様でも無理でしょ!」
わたしはどうやって逃げようか、そればかり考えていたけど怖くて足が動かない。
「わたしの次に弱いのに!」
「そうだねえ……」
なんか余裕の笑いを浮かべた。ムカつく。
「どうしようかな」
「いっ……、いおりん!」
又利郎さんが、伊織兄様が来たことに気づき、ぬばっ!と近づいた。
「あ……、あれは……アリさん」
「やあ、マッちゃん」
伊織兄様が親しげに微笑んだ。
「苦労してるみたいだね」
そういえばこの二人、親しいんだった。
まるで美女と怪物なのに。
「一体……倒した。それで俺、力が、もう……」
「一体倒しただけでも凄いよ。さすがだ。私には無理だろうなあ」
そう仰ると、伊織兄様は刀を捨て、宇宙人に向かって両手を挙げた。
「降参します。どうか私を捕虜にしてください」
二体の宇宙人が足を止めた。
顔を見合わせ、何やら相談している。
「ほら。ぽこも……」
伊織兄様がわたしの腕を掴み、引っ張った。
「降参するんだよ。ほら、こうやって、両手を挙げて」
「わあっ……!」
引きずり出されるように、巨大な宇宙人の前に突き出され、恐ろしさに声をあげてしまった。
宇宙人がわたしの声に反応した。
怖がらせてしまったかもしれない。
鎧のような黒い腕を振り上げ、わたしの真上に振り下ろしてきた。
死ぬ!
そう思った時、襟巻きがほぐれた。
カマイタチの姿になった夏次郎くんが、わたしの前に立ちはだかる。
ぶわっ! と膨れ上がったかと思うと、鋭く白い風になり、宇宙人めがけて吹いた。
ガチャ、ガチャ、どっかーん!
めくれた。宇宙人の黒い外骨格がめくれ、風に飛ばされていった。
あとには巨大だけどとても弱そうな、アケビの実みたいな色をしたやわらかそうなイモムシみたいなのが姿をあらわにし、目をパチクリさせていた。
でも、夏次郎くんでも二体まとめては無理だったようだ。
もう一体は……!?
そう思って振り返ると、もう一体の宇宙人もバラバラになって地面に散乱していた。
伊織兄様が微笑を浮かべて振り返る。
「よかった。そのカマイタチくんが強いから助かったね」
手には捨てたはずの長刀を握ってらした。
「に……、兄様がやったのですか?」
「まさか」
伊織兄様は冗談でも聞いたようにかぶりを振った。
「私にはそんな力はないよ。これもカマイタチくんがやったのだろうね」
ふと見ると、きわみちゃんが笑顔で失神して倒れていた。なんだろう。伊織兄様の美しさに思わず失神してしまったのだろうか。それとも表情はともかく、死を覚悟して意識が飛んでしまったのかな。
「ふう……。恐ろしかったわい」
木の陰に隠れていたこぶたさんが出てきて、言った。
「すまんの。隠れてしもて。わしも力になりたかったんじゃが……、あれほど敵が大きいとのう……」
「これはかわいいこぶたさんだ」
伊織兄様がにっこり笑った。
「おお!? そういうアンタもなかなかのかわいさではないか!」
こぶたさんが兄様を褒める。
「いえいえ。動物のかわいさに人間風情は敵いませんよ」
「あの……。兄様」
心配になったので聞いてみた。
「そのこぶたさん、妖怪なんですけど、退治したりはしないですよね?」
「かわいい妖怪は私は好きなんだ」
嘘のかけらも感じさせない笑顔で、仰った。
「私はね、世界を『かわいい』で満たしたいのだよ」
「わっ……、わたしもです!」
なんだかその言葉に嬉しくなった。
「妖怪でも、このこぶたさんや夏次郎くんはかわいいのです! かわいい妖怪は、わたしの友達です!」
「うん、うん」
伊織兄様がにっこりうなずく。
「我らの敵は宇宙人だ。新しい敵なので、まだ何もわからないが……。私はそれを調査しに来たのだよ」
わたし、きわみちゃん、又利郎さん、伊織兄様、こぶたさんの五人で円になった。
きわみちゃんが空けた地面の穴の中には誰もいなくなっていた。ただ不自然な銀色の廊下のようなものがそこに見えている。
伊織兄様が言った。
「雪風一族と華夢家で協力し合うことを笛兄が蘭様に提案するそうだよ」
「蘭姉様に?」
きわみちゃんが不安そうな声を出す。
「どうでしょう……。あの気難しい姉様が、了承するでしょうか」
華夢の長姉、蘭さまには一度だけお会いしたことがある。
いかにも京の公家らしく、なかなかに近寄り難い感じの女性だった。扇子でお顔を隠してらっしゃったのでよくは見えなかったが、かなりの美人だったように思えた。
気難しいんだ? 確かにピリピリするような緊張感をいつも身に纏ってらっしゃったように記憶している。
その実力は、笛兄に匹敵すると言われているから、かなりお強いのに違いない。
「と……、とりあえず……」
又利郎さんが言った。
「そこ……入る」
みんなが一斉に同じところを見下ろした。
きわみちゃんが空けた穴の下。これはおそらく……いや間違いなく、宇宙人の巣だ。
アリジゴクの巣のような斜面を滑り降り、又利郎さんが一番乗りで入っていった。黒い液体になって、銀色の廊下の上にぼたりと着地した。
次いですぐに伊織兄様、こぶたさんが銀色の廊下の上に降り立ったのが見えた。
「ぽこ。おいで」
兄様が下から手招きをする。
「怖いのかい? くすっ」
そりゃー……怖い。
何が出るんだかわからないんだから。
それでも勇気を振り絞って、斜面に草履の底をつけた。
「行くよっ、きわみちゃん」
「はいっ! 音丸さん」
土にお尻を滑らせ、二人で降りていった。




