こぶたさん
夏次郎くんに飛ばされて、きわみちゃんと二人、青木ヶ原樹海へやって来た。
「わあ」
思わず声が出てしまった。
「すっごく幻想的な森だね」
人間の世界を離れたような景色がそこにあった。
奇妙な形の木や岩がふつうにいくらでもあって、目を楽しませてくれる。
もっと陰気なところかと思っていたら、朝日も爽やかに射し込んでいて、しっとりとあかるいところだ。
なんとなくだけど、西洋の妖精のホリィ・ベルが虫の羽根をパタパタはためかせて飛んでいたら似合いそうだな、と思った。
ちなみにきわみちゃんは地味な稽古着に再び身を包んでいる。夏次郎くんにズタズタに斬り裂かれたのに……。何着か知らないが予備を持っているらしい。
「ところで又利郎さんがどこにいるか、わかるの?」
きわみちゃんに聞くと、にっこり返事がかえってきた。
「はい! 兄様はうっすら妖気を出してらっしゃいますので!」
やっぱり出てたんだ……。
それもあの人を見て『気持ち悪い』と思ってしまう要因のひとつかな?
ザク、ザクと、苔生した土の上を歩いていると、目の前に不思議なものを見つけた。こんなところにはいるはずのないものだ。
「あ……、あれは……」
二人で声を揃えた。
「こぶた……じゃないですか?」
松の木の根本に、綺麗な橙色をしたこぶたさんが、お座りをして、ぼーっとしているのだった。
どう見ても凶暴な動物には見えない。とてもかわいくて、人懐っこそうに見える。
何か考え事をしているようにも見えるそのこぶたさんに二人で近づくと、ニコニコしながら声をかけてみた。
「おはよう、こぶたさん」
するとこぶたさんが振り向いた。
予想していた通りかわいかった。
にっこりとこぶたさんも微笑むと、言った。
「おやおや、若い娘さんが二人、こんなところに何の用ですかな? 自殺?」
「しません、しません」
「私たち、目標をもってあかるく生きてますから」
そう答えながら、正直こぶたさんが笑ったり喋ったりすることには驚いていた。
でも世の中は広い。まだ十五や十六のわたしたちには知らないことがいっぱいあるんだな、と思って受け入れた。
「ほほう……、なるほど。雪風と華夢の方じゃったか」
自分たちが退魔師の一族であることを話すと、ちょっとびっくりするほどに、こぶたさんは話を飲み込んだ。
喋り方がおじいさんみたいなことも意外だった。
「……では、ここへは、このわしを滅しに?」
「こぶたさん、妖怪なの?」
「妖怪『化けぶた』と申しますじゃ」
初めて聞いた。
化け狸や狐、化け猫は聞いたことあるけど、化けぶただなんて。
きわみちゃんに聞いてみたけど彼女も首を横に振った。
こぶたさんはちょっとだけ怯えたような表情をしたけど、またにっこりと笑ってくれた。
「それとも仲間を集めておられるのかの? その、襟巻きになっとるカマイタチみたいに?」
「仲間になってくれるの?」
思わず二人で喜びの声をあげた。
「こんなかわいいこぶたさんが仲間になってくれたら、旅も楽しくなりますね!」
「わしは役に立ちますぞい」
こぶたさんが小さなその胸を張った。
「宇宙人と戦うのなら、わしは必要な力になれると思いますじゃ」
「宇宙人のことを知ってるの!?」
そのことばに、わたしは食いついた。
「もちろん。わしはこう見えても百八歳。樹木の精霊とも交信できるゆえ、情報には耳聡いほうでしてな」
「教えて? 教えて?」
思わずこぶたさんを抱き上げて揺すぶっていた。
「宇宙人って、なんなの? この国で何をしようとしているの?」
この情報を得ることが出来れば兄様たちに自慢できる気がした。
兄様たちもまだ知らないであろう宇宙人の秘密を、へっぽこ妹のこのわたしが先に知ることができるのだ。
「まあ……、一言では話せませんのでの」
こぶたさんは言った。
「何か……その……おいしいトウモロコシでもご馳走していただければ……」
「ああ、そうだよね! こぶたさんだから、食いしん坊なんだよね?」
あたしは納得して、うなずいた。
「そうだ。トウモロコシはないけど、お弁当に芋の蔓を持ってきたんだ。食べる?」
こぶたさんが嬉しそうにコクコクとうなずいた。
芋の蔓を美味しそうに食べるこぶたさんを二人で挟んで、きわみちゃんと会話した。
「ところできわみちゃん、こぶたさんが妖怪なら、なんで暴走しないの?」
「妖気があるとは感じませんでした。でもよく見たら、確かにかわいいけど妖気がありますね」
「妖気、感じてるの?」
「はい。でも、見た目がかわいいと暴走が抑えられます。夏次郎くんの時は、姿を見る前に妖気を感じたので、暴走してしまいましたけど」
「又利郎さんにも妖気があるんだよね? それは大丈夫なの?」
「兄様のは『善い妖気』ですから。座敷わらしとかと同じ類いの妖気だと、わたしも平気です」
「それにしても……。妖怪退治の旅に出たのに、出会うのは妖怪じゃなくて宇宙人ばっかりだ」
わたしはそう呟いて、思った。化け狸のおじいさん、夏次郎くん、二口女さん、そしてこの化けぶたさんと、考えれば結構妖怪にも出会っている。でも、どの妖怪とも一度も戦っていない。
宇宙人とは毎回戦いになっている。弱っちいのばっかりだったから、難なく乗り越えてきた。
『その弱っちいのに一度も勝ててないのは誰だよ』
危能丸兄様の声が聞こえた気がした。
まぁ……。確かに、ほとんど夏次郎くんに助けられてるよな、わたし。
次こそは、斬魔刀『春才天児』を颯爽と抜いて、妖怪になるか宇宙人になるかはわからないけど、わたしが活躍してみせるんだ。
こぶたさんが満足そうに芋の蔓を食べ終えた。わたしが黙りこくってしまったので、きわみちゃんが話しかけた。
「ところで化けぶたさんて、どんな力が使えるんですか?」
こぶたさんは自慢げに答えた。
「名前の通りじゃ。なんにでも化けられるぞい」
「わ! おもしろそう」
きわみちゃんがぴょんと跳ねた。
「化けてみて? 化けてみてください」
「よし、では……」
こぶたさんの顔が厳つくなった。
「恐ろしい鬼に化けてみせよう」
どーん!
爆発するような音を立てて、あっという間にこぶたさんが巨大な赤鬼になった。
すごい! ほんとうにあっという間だ。
しかも強そうで、凶悪そうで、見た目にちっともかわいくない……
あっ?
「妖魔……滅・殺!」
きわみちゃんが木刀を振り上げ、暴走した。




