ホリィ・ベルの水晶玉(四)
危能丸様が帰ってらした。
くるくるときりもみを描いて、全裸で畳の上をお転げになると、畳で肘を擦りむいたようで、お声をあげられた。
「いてーっ!」
「見ておったぞ、アブ」
笛吹丸様が静かに口を開く。
「鎌鼬を仕留め損なったにとどまらず、あの紫色した怪しげな者をも逃してしまうとは情けない」
「ははは」
危能丸様は悪びれもせず、言った。
「あのカマイタチ、つえーわ。アイツがついてりゃぽこも安心だ。一緒に居させてやりゃーいいんじゃねーか?」
「強いからこそ脅威なのであろうが。まったく……舐めてかかるなとあれほど言ったというのに」
「すまん、すまん」
適当にそのへんにあったお着物を羽織ると、危能丸様が言う。
「それより……。見たよな? 宇宙人とかいうやつ」
「ウム。あれはあやかしとは違うものなのか?」
「妖気を感じなかった。オレが気づかなかったとしても、少しでも妖気があるなら、あのきわみちゃんが暴走しないわけがねェ」
「我らがあやかしを一掃してしまったから、その後にあれらが入って来たというわけか……」
「だろうな。あやかしはある意味、抑止力になっていたってところか」
「難しいものだな……。人に害をなすものを滅ぼせば、新たな敵が湧いて出る」
「親玉らしきヤツの名を口にしてたぜ。確か……すぺーすどらごんとか……」
「とりあえずおまえと今生之助で調査をしてくれ。あれがこの国に害をなすものなのかどうか……」
「そうだな」
「華夢の欄殿にも相談してみよう」
「それがいい。名門退魔師一族どうし、協力し合うべきだ」
うなずくと、危能丸様は立ち上がった。
「とりあえず今日はメシ食って寝る。明日からコンと手分けして調査に行ってくる」
「頼むぞ」
危能丸様が部屋を出ていくと、笛吹丸様は背中のほうへ向かって仰った。
「……思わぬことになったな」
「そうですね」
部屋の隅に正座しておられる伊織様が答えた。
「残っておるのはへっぽこ妖怪ばかりと思って多少は安心していたところはあった……」
笛吹丸様の威厳を湛えたお顔が、心配そうに崩れた。
「オトが心配だ……。謎なほどに強い鎌鼬にくっつかれておる上に、正体不明の敵が出現するとは……。無事に旅を終えられるのであろうか……」
くすっと伊織様がお笑いになった。
「私が行って参りましょう」
「行ってくれるか、伊織よ!」
笛吹丸様のお顔がほころんだ。
「おまえが一緒におれば安心じゃ! 何しろおまえの実力は一族で二番目! 俺の次に強いおまえがオトの側にいてくれれば、俺も安心だ!」
初めて聞いた。
伊織様が、一族の中で二番目にお強いだなんて。
あたしが日本国のこの家に来て五年になるけど、ご兄弟の強さは年の順──つまりは一番お強いのが笛吹丸様で、あとは危能丸様、今生之助様の順にお強くて、伊織様は男の中では一番下だと思ってた。
能ある者は爪を隠されるということか。
美しい女性のようなお姿の、華奢でか弱くさえ見えるこの伊織様がそんなにお強いだなんて、あたしにはとても見えない。
ちょっと興味もっちゃったな。
笛吹丸様も男前でいいけど、伊織様も魅力的。
乗り換えちゃおっかな。ただでさえお強いらしい伊織様に、このホリィ・ベルさんがくっつけば、きっとこの国で最強の美しき剣士が誕生しちゃう。わくわく。
笛吹丸様の肩の上であたしがそんな野望を頭に描いていると、マスターに命令された。
「ホリィ。扉を開く。力を出せ」
あたしの額に笛吹丸様の指が触れると、そこから魔力が吸い出された。その指で何もないところに線を描くと西洋の扉が出現した。
伊織様が刀を持ち、立ち上がった。
妖しい緑色の長剣が美しい人に似合う。
「頼むぞ、伊織。敵から音丸を守り、出来るならあの鎌鼬を斬って参れ」
「あの鎌鼬は強い」
伊織様がフッと笑った。
「私には無理でしょう。宇宙人が出たら、ぽこを守ります。それだけで充分でしょう?」
その言葉とは裏腹に、その表情は自信に満ち溢れ、静かな微笑みには殺気が潜んでらっしゃった。




