箱根の湯
か……ぽーん
「これが箱根の湯かー」
「いいお湯ですね」
きわみちゃんと並んで露天の岩風呂でほっこりと汗を流した。
夏次郎くんはのぼせたのか、岩の上にぺっちやんこの液体みたいになって涼んでる。
「わっ。きわみちゃん、成長いいね! いいな〜、蒸しまんじゅうみたいな、お胸!」
「恥ずかしいです、音丸さん……。あっ、だめっ! そんなとこ触らないでへひゃひゃ……!」
「ところできわみちゃん、芦ノ湖に毒竜の遣いを名乗る怪しい女が出るって、聞いた?」
「はい。私もその噂を聞いて駆けつけたのですが……」
「見つからないの?」
「……と、いうより、見当たらないです」
「……どう違う、それ?」
「私の能力は……音丸さんも知っての通り、妖気を感じたら我を忘れて凶暴になってしまうことです」
「ああ……うん。つまり、妖気を感じないの?」
「そうです」
嫌な予感がした。
それってまさか、また妖怪じゃなくて、あの、うちゅうじんとかいうやつなんじゃ……
わたしがそう考えながら黙っていると、きわみちゃんが言った。
「でも、どうやら出会うことは出来るようですよ」
『なぜ?』と言おうとして、「ふにゃ?」と声を出してしまった。ちょっとのぼせちゃったかな?
「毒竜の遣いを名乗るその女は、隔週で決まった曜日にやって来るそうです。そして、次に現れるのが……」
「のが……?」
「今夜です」
武者震いしてしまった。
どうやら今回は本格的に凄い相手との戦いになりそうだ。
それが妖怪なのか、うちゅうじんなのかは置いといて。
正直、不安だ──
「の……、のぼせそうだね」
「そうですね」
「そろそろ出よう、きわみちゃん」
「はい、音丸さん」
わたしたちがお風呂から上がると、突然、岩の上を歩いてくる足音と、聞き慣れた声が響いた。
「なんでェ。面白そうな話をしてるじゃねェか」
男の人の声だった。
「きゃっ!?」
きわみちゃんが慌てて裸体を腕で隠す。
隠しきれてないけど大丈夫。白い湯気がもうもうと隠してくれてるから。
「その声は……」
わたしはそっちのほうをキッ!と睨みつけて、その名を口にした。
「危能丸兄様?」
平気な顔をして、危能丸兄様は湯気の向こうからこっちに入ってきた。服は着てらっしゃる。黒の紋付袴だった。
「邪魔するぜ」
そう言ってニヤリとお笑いなさる。
「やあ、きわみちゃんじゃねェか。久しぶりだな。これはこれは……立派に育ったもんだ」
「見るなっ!」
わたしは両腕を広げて彼女の前に立ち塞がってしまった。しまった丸見えだ。
「ぽこ」
兄様が満足そうなお顔をして、何やらしきりにうなずいた。
「てめーも立派に育ったな。兄として嬉しい」
頭に来たので、露天風呂のお湯を汲んで、ぶっかけて差し上げた。
「止まれ」
危能丸兄様がお札を前に掲げてそう言うと、空中でお湯がぴたりと静止した。兄様得意の『言霊』だ。くっ……! お湯をかける時にまた脇の下まで見られてしまった。
わたしはきわみちゃんと一緒にお風呂の中に逃げるしかなかった。
「でっ……、出ていってください! うら若き乙女が二人、入浴中なのですよ!? 一体、何をしに来られたのですかっ!?」
わたしがそう言うと、意外にも兄様はニヤニヤ笑いを収めて、真顔になり、仰る。
「笛吹丸に言われて、そのカマイタチをやっつけに来たんだがな……」
のぼせてぐったりしていた夏次郎くんが自分のことを話題にされて、顔をあげた。緊張感のまったくない、とぼけた顔だ。
「よう、カマイタチ」
兄様は手を挙げて夏次郎くんに挨拶すると、興味なさそうに視線をはずした。
「まぁ、コイツはいつでも始末できる。それよりも毒竜の遣いとかいうヤツのほうが面白そうだ」
「手を貸してくださるのですか?」
嬉しさに飛び上がりそうになった。危能丸兄様がいれば百人力だ。心細かったのが一気に心明るくなった。
「それじゃてめーの修行になんねェだろ」
「あっ……」
また心細くなった。
「見ててやる。そんで、もし危なくなったら援助はする。でも、可能ならてめーら二人だけで何とかするんだ」
「わっ……、わかりました」
そう答えるわたしの背中にぴったりくっついて、きわみちゃんもコクコクとうなずいた。
「でも、夏次郎くんは退治させませんよ! この子、とってもいい子なんですから!」
「まぁ……、それも防げるもんなら防いでみろ。それも修行だな」
兄様がわたしに厳しい目をお向けになる。
「逃げることも大事だとオレは教えた。このオレから、逃げてみろ」
そう言われて、なんだか安心した。
今なら逃げることに関しては絶対の自信がある。夏次郎くんが風になって、一瞬で逃げてくれるはずだ。
「あ……あぶさま」
きわみちゃんがもじもじしながら、兄様に言った。
「で……出ていってください。きわみん、恥ずかしいです……」
「それにしても……、オレらが狩っていないあやかしがまだいたとはな」
危能丸兄様はきわみちゃんを無視した。
「楽しみだぜ。どんなヤロウに出会えるのか……」
口ではそう言いながら、その視線は横を向き、しっかりと、かわいく顔を赤くするきわみんの姿を捕らえていた。
作者は箱根の湯には入ったことがないので、詳しく描写できませんでしたm(_ _)m
温泉、いいですよね!
そのうち入ったことのある有馬や三朝も出そうかな(^o^)
あっ。皆生も……って、マイナー?(^.^;
あと、江戸時代に『曜日』があったのかどうかも、よくわからなかったですm(_ _;)m




