華夢きわみちゃん
「きわみちゃーん!」
宛がないので、大声で叫びながら歩いた。
山奥の宿場町とはいえ人は多くて、人の川をかき分けるように歩きながら。
「あら、迷子かい?」と、知らないおばさんに聞かれた。どうやらはぐれた妹を探しているお姉ちゃんに間違えられたようだ。こんな武士らしい格好をしているのに、どうにもわたしには貫禄がないようだ。
首に巻きついている夏次郎くんに聞いてみた。
「夏くん、きわみちゃんはどこにいるのだろう?」
夏くんはただ、あくびをした。当たり前だよな、夏次郎くんはきわみちゃんのことをまだ知らないんだから。
他人に頼っちゃだめだ。わたしはすぐに誰かに頼るくせがある。兄様たちに守られて生きてきたからだな。
それでいうと、今、きわみちゃんを探しているのも、誰かに頼っていることになるのだろうか。雪風一族の退魔師たる者、一人前なのならば、ニセ毒龍の使いごとき、一人で調査し、一人で退治するべきなのではないか。
いや、だって怖い。どんな相手かわからないし。相棒はいたほうがいい。
そんなことを考えながら、「きわみちゃーん」と叫びながら歩いていると、前のほうから人の川をかき分けて、探している相手がまっすぐに走ってくるのが見えた。色気のない稽古着に、脇に木刀を抱えた、鋭い目つきの少女が、わたしめがけて一直線に走ってくる。
「きわみちゃん!」
「とあーっ!」
きわみちゃんが掛け声とともに、持っていた木刀を振り上げた。
わたしも反射的に腰の春才天児を抜いていた。すんなり抜けた。
相手が木刀だからと遠慮していては危ない。きわみちゃんの使う木刀は鬼が振りかざす金棒だと思うべし!
「妖魔撲滅!」
そう叫びながら、きわみちゃんが木刀を振り下ろしてきた。
わたしが咄嗟に後ろに飛んでかわすと、木刀は地面を強く打った。
ずどーん!
地震のような音が鳴り響き、宿場町一体が揺れた。
人々は叫び、逃げ惑い、平和そのものだったそこら一帯が大恐慌になった。
「地震だ!」
「雷だ!」
「火事だ!」
「親父だ!」
本当に起こったのは地震だけなのに、狂ったように逃げ惑う民衆。
その凄まじい威力を目の当たりにしてわたしはびびり、刀を突き出しながら彼女をなだめにかかる。
「きっ……、きわみちゃん! わたし! わたしだよ! へっぽこ丸だよう!」
「あやかしは即、潰滅!」
きわみちゃんがまた木刀を振り上げた。
わたしの前に、襟巻きになっていた夏次郎くんがすとんと降りて、ぶわっと膨れ上がった。
白い竜巻のようなものが起こり、きわみちゃんをぐるぐる巻きにする。
「ぷおーっ!?」
一瞬にして全裸に剥かれた。
大変だ! きわみちゃんの立派な全裸が衆目に晒されてしまう!
わたしは慌てて彼女を前から抱きしめると、お尻もみんなから見えないように、手で隠してあげた。
殺気に我を失っていたきわみちゃんはわたしの顔を確認すると、みるみる顔を赤らめ、目から涙をぽろぽろ零しはじめた。正気に戻ってくれたようだ。
ひゅっ!とわたしたち二人は白い風に巻かれ、気がついたら露天風呂のほとりに立っていた。夏次郎くんが移動させてくれたようだ。
「おっ……、音丸さん」
きわみちゃんがわたしの顔を見て真っ赤な顔をしながら、まだぽろぽろと涙を零している。
「わっ……、私……。妖気を感じたら、正気を失ってしまって……」
「いいんだよ、慣れてるから」
優しく頭を撫でてあげた。こうなるといつも彼女のほうが一つ年上のお姉さんだとは思えない。
「夏次郎くんの妖気に反応しちゃったんだよね? 大丈夫、この子は悪い妖怪じゃないから」
見ると夏次郎くんが温泉の中をすいー、すいー、と泳いでいる。お風呂が好きなようだ。
「見てよ。あれが悪い妖怪に見える?」
「本当だ。可愛いですね」
きわみちゃんが動物大好きな子でよかった。殺気を消して笑ってくれてる。
「私、妖気を感じるといつも正気を失ってしまって……すみません。……あれ? でも、どうして音丸さんが箱根にいるのですか?」
この子が一緒なら本当に心強いな、と思いながら、わたしは言った。
「とりあえず、一緒に温泉に浸かって話そうよ」




