芦ノ湖の毒龍とその使い
「うわ……はわわわぁぁぁぁあ~……」
わたしは再び飛んでいた。
白い風に姿を変えて飛ぶ夏次郎くんに巻き込まれて、高い空を飛んでいた。
はっと気がつくと、宿場町の辻に立っていた。
ついさっきまでいた小田原のような華やかな町ではなく、山の中に作られた湯治場のようなところだ。
木立の隙間から静かに湖が広がっているのが見える。
「箱根まで……飛ばしてくれたの?」
ぐるぐる目が回っていたのが収まると、わたしは夏次郎くんに言った。
「ありがとう」
夏次郎くんはきょとんとした顔をわたしに向けて、喉が乾いたのかペロッと舌を出した。
茶店を見つけてわたしは焼き団子を、夏次郎くんには山羊の乳を注文した。
ピチャピチャと夢中でお乳を舐める夏次郎くんをにっこり眺めながら、おいしい焼き団子を堪能しながらも、しっかりとわたしは自分のすべきことを忘れなかった。
店主のおじさんを掴まえると、聞いてみた。
「このへんに妖怪が出ると聞いてやって来たのですが……」
するとおじさんは教えてくれた。
「ああ、芦ノ湖の毒龍のことだね?」
「毒龍!?」
その名前のあまりの毒々しさに、思わずお団子を落としてしまった。
「そ、それは……どんな妖怪なのですか?」
「妖怪というより神様だね。神龍さまだ。昔は生け贄に若い娘を捧げてたらしいよ。そうしないと暴れ狂って毒の雨を村に降らせたそうな」
「今はそういうことはなくなったのですか?」
「偉いお坊さんがね、昔にね、毒龍を改心させてくれたんだって。それからは年に数回、お赤飯さえ捧げておけば大人しくしてくださってたんだが……」
「何か最近、問題でも?」
「ああ。つい最近になって、要求がひどく多くなったんだよ。赤飯だけにとどまらず、お餅やお団子も寄越せって。どうやらもちもちしたものが大好きらしくってね」
「毒龍が直々にそんなことを要求してきたのですか?」
「定期的にね、毒龍の使いの女がやって来るんだ」
「女……」
「ああ。芦ノ湖の中から現れる。誰も知らない女だよ。神龍の使いだと自らを名乗って、いろんなもちもちしたものを奪って帰って行くんだ」
「それは大変ですね」
「大変ってほどじゃないんだけどね。何しろその女が持って帰れるぐらいの量しか取られないから。でも……」
「何か問題が?」
「その女がほんとうに神龍の使いなのか怪しいって、みんな言ってるよ。ニセモノだったらただの泥棒だし、毒龍のところにお供え物がもし届いてないんだったら、そのうち怒り出して毒の雨をまた降らせるんじゃないかって」
「ふう……む」
遂に本格的にわたしの出番がやって来た、と思った。
その女がもし、毒龍の使いを騙って悪さをしている妖怪なら、雪風一族の者としてほっておけない。
毒龍なんて凄そうな名前に正直腰が引けてしまうけど、わたしがやらなければ誰がやる、と思った。
「おじさん、お代はこれでお願いします」
そう言って雪風札を出すと、いつも通りの気持ちのいい反応が返ってきた。
「おおっ! 雪風一族の方でしたか! では、毒龍の件を調査しに来てくださったので?」
「その通りです」
わたしは適当なことを言い、シャキーンと胸を張った。
「このわたしが来たからにはもう大丈夫。その女がほんとうに神龍の使いなのかどうか、突き止めてみせましょう」
おじさんに平伏されて気分よくなりながら、わたしは武者震いしていた。
とにかくあれだ。仲間を探そう。
とても頼りになる仲間。華夢家の三女、華夢きわみちゃんを。ここに来ていると天花さんは言ってたけど……どこにいるのかな? どうすれば会えるのかな?




