海上の戦い
とりあえず戦うことにした。妖怪ではなかったとはいえ、漁師さんたちの邪魔をしているのはやっぱり許せない。
刀はなぜか鞘から抜けてくれないが、大丈夫。わたしには柔術の心得もある。今生之助兄さんにしっかり稽古をつけてもらっているので、徒手空拳でもそこそこ強いぞ。
ウミウシ星人のシオカラとかいうそいつを真っ直ぐ睨みつけた。その襟を掴み……って、なんにも着てないし、何よりあのネトネトしてそうな皮膚に触るのが怖い!
「あたしがやるっ!」
そう言って勇ましく、和歌ちゃんが前に出た。
和歌ちゃんはヒヨッコながら陰陽師。手を触れずに相手を倒すことが出来る。確かにここは和歌ちゃんに任せるのがいいように思えた。
でも……それじゃ初めての功績を先に立てられてしまう! 相手が妖怪ではなく『うちゅうじん』とかいうやつでも、人々を苦しめる悪いやつを退治すれば彼女の功績になるはずだ。
いやだ!
和歌ちゃんに先を越されたくない!
「京都華夢家四女、華夢和歌! いきますっ!」
和歌ちゃんが両手の指を複雑に絡み合わせ、印を結ぶ。
「華夢流退魔術……」
結んだ印を、解き放った。
「はぐ……っしょん!」
なんか失敗したようだ。
ウミウシ星人のシオカラは、わたしたちが攻撃しようとしているのを見て取ると、両手を上に上げた。べちゃべちゃと粘つく液体を腋から滴らせながら──
「待つにゃ、待つにゃ! わしゃ〜、戦うつもりはネッともないべ!」
「あなたにその気がチットもなくても、わたしたちにはあなたを退治すべき理由がありますっ!」
わたしはちっとも抜けてくれない刀を一生懸命抜こうとしながら、言った。
「あなたは漁師さんの迷惑になっています! どうしてみんなを気持ち悪がらせるのですかっ!?」
「わしゃ〜、魂げっ気さえ食えれば、それでええんにゃわ」
「魂げっ気……。さっきもそれ言ってましたが、何なんですか、それ?」
「いや! ぽこってそんなことも知らないの!?」
和歌ちゃんにツッコミを入れられた。
「人間が驚いたり怖がったりするとね、口から魂げっ気という物体が出るんだよ。それを好物にしてる妖怪がいて、そいつらは魂げっ気を食べるために人間をおどかすの」
「でもこの人、うちゅうじんだと言ってました。妖怪ではなく」
「知らないよー。妖怪だけじゃないんじゃない?」
「ひゃい。わしも地球へやって来るまでは、ふつうに海藻とか食べてまひてん」
シオカラさんが言った。
「でも、わしの姿を見てびっくりひた地球人さんが、口から魂げっ気を出して、そのあまりのうまそうさに惹かれて食べてみたら、これがネッチャうまかったもんでひて……ヒヒ」
「でも、自分の欲のために漁師さんたちの邪魔をしちゃいけないよっ!」
「そーだそーだっ!」
和歌ちゃんも同意してくれた。
「あたしが退治してやるっ! この式神で……ああっ! 水でビッショビショ! 式神が使い物にならないわっ!」
そこへお兄さんがサメを仕留めて海から上がって来た。
「やったぜ、お嬢ちゃんたち! 今夜はサメ料理を……うおっ!?」
ウミウシ星人のシオカラさんを見てたじろいだ。
「こ……、コイツかっ! う、うわあああ気持ち悪っ!」
たじろいだお兄さんの口から、白いものが出た。
ふわっと飛び出したその煙のようなものを見て、シオカラさんが大喜びする。
「魂げっ気だ!」
ぬぞぞぞぞぞと足音を立ててお兄さんに近づくと、ぬっとりとした触手を五本、顔面から伸ばして、シオカラさんは魂げっ気を捕まえ、食べてしまった。
「なるほどなぁ……」
船の一番縁まで身を引いて、お兄さんが言った。
「その魂げっ気とやらが食べたくて、海に出て来た人間を嫌がらせてたのか」
「ひゃい」
正座をしてシオカラさんが謝る。
「すみまひぇん。悪いことをするつもりはなかったんにゃ」
あたしと和歌ちゃんは反対側の縁まで下がって、ただお兄さんとシオカラさんの会話を聞いていた。
「それならなんで海に? 町に行けばいくらでも人間を嫌がらせて、それを食うことも出来るんじゃねえのかい?」
「それだと簡単に捕まって、斬られて珍味にされてひまいまひゅよう。……それにワシ、人見知りやし、何より水に浸ってないと、体が乾いて死んじまうし……」
「……よし」
お兄さんがぽんと手を打った。
「俺の知り合いに、見世物小屋をやっているやつがいる。そいつに頼んでおまえを見世物にしてやる」
「見世物?」
「ああ! 町のみんながおまえを見て、気持ち悪がってくれる。それで口から出た魂げっ気をおまえは食べて……。いい話だとは思わねぇか?」
「魂げっ気食べ放題にゃか!?」
シオカラさんが乗り気だ。
「しかも町に住めて……?」
「ちょうど見世物小屋は海の側だから、水も好きな時に好きなだけ浴びれるぜ」
「やっ……、やりまひゅっ!」
「ちょ……! ちょっとちょっとちょっと!」
聞くに耐えかねて、わたしは口を挟んだ。
「見世物にされるんだよ? みんなに面白がられて……。いいの?」
「むひろ何が悪いのかわからにゃい」
シオカラさんは言った。
「みんなを怖がらせて、気持ち悪がってもらえて、面白がってもらえるにゃら、それはワシも嬉しいですにゃ」
「うーん……」
「うーん……」
わたしは和歌ちゃんと声を揃えた。
「シオカラさんがそれでいいのなら……、いいのかにゃ?」
語尾がうつってしまった。