見つかった夏次郎くん
天花さんは色情狂で、多重人格だ。
たぶん私の偏見だろうけど、わたしはこの人が苦手だ。
態度が女性の前と男性の前とで激変する。いつも発情期の雌猫のような匂いをプンプンさせていて、そのどぎつい香りが大変に苦手だ。
何よりやたら目がよくて、うちの兄様の中で誰が一番素敵かを的確に見抜く。
いやだいやだ! 笛兄とこのひとが結ばれるなんて、絶対にいやだ!
「おや?」
天花さんは近づいて来るなり、目を細めた。
「ぽこちゃん、アンタ、面白いものを首に巻いているじゃないか」
しまった逃げるの忘れてた! やっぱり見つかった!
夏次郎くん、だめっ! こんな人通りの多いところで女の人を素っ裸に剥いたら……!
しかも和歌ちゃんはともかく、天花さんはとても艶っぽい体をしてるから、剥いちゃったらたぶん大変なことになる!
「鎌鼬……だね?」
天花さんが手を伸ばしてきた!
「あたいにも触らせておくれ」
夏次郎くんがぽん! と顔を現した。
そのすっとぼけたような、無邪気な表情を見て、和歌ちゃんが大声をあげた。
「何、それ! かわいい!」
「はいはい。抱かせておくれ」
天花さんが夏次郎くんの腋に片手の親指と人差し指を入れ、抱き上げる。
「かわいいねぇ、めんこいねぇ。あやかしのくせに」
てっきり退治しようとするものだと思い込んでいたわたしは気が抜けてしまった。
そうか。女の子は可愛いものが好きだもんな。
「鼬なんて狸みたいに悪さばっかりする憎たらしいもんだと思ってたけど、かわいいもんだねぇ」
天花さんがそう言って夏次郎くんの頭を撫で、和歌ちゃんがお尻を撫でる。
「お尻やわらかーい! あったかーい! かわいい! かわいい!」
あっという間に人気者になってしまった。夏次郎くんもまんざらではないようで、張り子のイタチみたいにくねくねしながら、撫でられるがままになっている。
夏次郎くんを玩具にしながら、天花さんと和歌ちゃん二人の会話が始まった。
「ところでさっき、あたいの話をしてなかったかい?」
「うん! 雪風のお兄様たちと、うちの姉様たちが結婚するなら、誰と誰がいいかって話してたの!」
「あんたは伊織くんだね? あの子、見た目がいいからねぇ」
「見た目だけじゃないもん! 年も一つ違いだし、とても上品で、お顔が綺麗だもん!」
結局見た目じゃないですか……。まぁ、あの女性を凌ぐ美しさには誰もが騙される。中身は嘘つきなんだけどな。
「あたいには誰がいいって話してたんだい?」
「もちろん笛吹丸様だよっ! お姉ちゃんもそれがいいでしょ?」
和歌ちゃんがそう言うと、天花さんが早速人格変化を起こした。
「きゃっ……! わかちゃん、わかってるうっ……! あたいね、あたいね……! 笛様のことがね……! だぁ~い好きなのぉっ!」
「そうでしょ? 和歌、お姉ちゃんのこと、ちゃんとわかってるんだよ〜」
突如、また何もない空間に扉が現れた。
そこからダダッ!と、今生之助兄さんが飛び出して来た。
「見つけた! ぽこ!」
「今生之助兄さん!?」
きゃあっ! と、天花さんが黄色い声を上げた。
「きゃあっ! コン様! なんてとこからお出ましなの〜!? あらまあ! お稽古着姿……かっこよろしいですぅ〜!」
「おっ? 華夢の……天花様ではありませんか。和歌ちゃんも……」
武士らしくぺこりと挨拶すると、今生之助兄さんは刀を抜いた。
「それ! その手に抱いておられる鼬! それ妖怪ですぞっ! わかっておられますか!?」
「わかってますよ〜ぅ」
天花さんが守るように夏次郎くんを抱きしめた。
「このあたいがぁ、あやかしに気づかないとでもお思いですかぁ〜? あやかしでも、かわいものは、かわいいんですぅ〜っ」
夏次郎くんの頭に頬擦りした。
「斬っちゃだめっ!」
和歌ちゃんも夏次郎くんを守って立ち塞がる。
「今生之助様! 動物虐待はだめっ!」
「ぽこ」
困った兄さんはわたしのほうを向いた。
「笛兄からの命令だ。あやかしと仲良くなどしてはいかんとな。あやかしはすべて討つべきもの! サッと! バッと! ガッと! 斬るのだ! やってみろ!」
わたしは反論した。
「お言葉ですが、兄さん。良い妖怪というのもいるものだとぽこは思うのですが……。座敷わらしなどは人間に幸せをもたらす妖怪ではないですか。この夏次郎くんだって、わたしを助けてくれました」
わたしがそう言うと、今生之助兄さんの頭から煙が出はじめた。考えているようだ。苦手な思考というものを巡らせているようだ。
考えに考えた末の結論らしきことを、兄さんが強く声に出した。
「俺に難しいことはわからんっ! 笛兄に言われた通りにするだけだ! その鎌鼬を斬る!」
兄さんの殺気を感じ取ったのか、夏次郎くんが天花さんの腕を細い体ですり抜け、地面に降り立った。そして天花さんと和歌ちゃんを守るように立ち塞がる。顔つきは平和なままだが。
「ほう? あやかしのくせに、この俺とやろうというのか」
今生之助兄さんからいつものおちゃらけた雰囲気が消えた。
「あやかし退治の名門、雪風一族剣術筆頭の、この俺と? 鎌鼬ごときが? いい度胸だな」
「やめてください! 兄さん!」
わたしは夏次郎くんをかばって間に割って入る。
しかし今生之助兄さんは、サッ! と、わたしの頭の上を飛び越えていた。