華夢和歌と天花
「じ……、じつは、妖怪化け狸と闘って、狸鍋にして食べちゃったもんだから……たぶん、その匂いが染みついてるんだよっ」
わたしは嘘が下手だ。
伊織兄様に言われた通り、人を騙すことが苦手で、騙されることが得意だ。
でも夏次郎くんの存在を和歌ちゃんに気づかれるわけにはいかない。
気づかれたら、きっと夏次郎くんが正体を現して、和歌ちゃんの綺麗なおべべを斬り裂いて、こんな賑やかな町のど真ん中で、素っ裸に剥いてしまうに違いない。
しかし、和歌ちゃんは、わたしと同程度の騙されやすさを備えていて、助かった。
「へーっ!? 化け狸を? 鍋にして食べちゃったの? 凄い! だから妖気が染みついちゃったんだね?」
よかった。これが次女の天花さんだったら逃げられてなかったところだ。っていうかわたし、あのひと苦手だし。
首に巻きついている夏次郎くんを守るように添えていた手を離し、わたしはほっと息を吐いた。
和歌ちゃんと並んで茶店の店先に腰かけ、醤油団子を食べた。
「へーっ? 海にあやかしが出るって?」
町のむこうに見えている海を眺めて、和歌ちゃんが言う。
「さすがに姉様やそっちのお兄様たちも、海の上までは退治しきれてないのかな?」
「十五になってわたし、一族のしきたりに従って旅に出たところなんですけど……」
わたしはお団子でもっちもっちと口を動かしながら、聞いた。
「和歌ちゃんもあやかし退治の旅なんですか? なぜ、小田原に?」
「あ、そうか。雪風にはそういうしきたりがあるんだったね。華夢にはないから、そういうの。あたし、京都から小田原まで遊びに来ただけ」
「そうなんですね。いいな〜、あたしも遊びたい」
「今現在、お団子を食べて遊んでるじゃん」
「こっ……、これはお食事ですよ! これからあの海に出るというあやかしを退治しに行くんですからっ!」
「え。じゃ、あたしも行く!」
「えっ?」
「へっぽこ丸になんか負けたくない! あたしも行って、あたしがその妖怪やっつけてやる!」
華夢家四女の和歌ちゃんのことはそんなに苦手じゃない。
やたらわたしに敵愾心を見せてくるけど、素直でいい子だと思っている。少なくとも次女の天花さんと比べたら、二十倍ぐらい好きだ。
同い年で、同じ退魔師駆け出しだからか、やたらわたしに負けまいと張り合ってくるところがなければ、いい友達になれそうなのにな。
「あ……、危ないですよ? やめておいたほうが……」
わたしがそう言うと、いつものように和歌ちゃんがムキになって張り合ってきた。
「和歌も退魔師だもん! 駆け出しだけど、少なくともへっぽこ丸よりは強い自信あるもん!」
「でも……。そんな綺麗なお着物で闘うわけにはいかないでしょう?」
和歌ちゃんはわたしと同じ、男のような羽織袴姿だが、それでも山を越えて薄汚れているわたしとは違って、埃ひとつついてないような綺麗さだった。
「剣をぶんぶん振り回すしか能がないへっぽこ丸と違って、あたしの得意は法力だもん! それに、天花お姉ちゃんも一緒だもん!」
「えっ」
思わず周囲をキョロキョロしてしまった。
「……天花さんも一緒なのですか」
「うん。今、あっちのほうで、いい男探してるよ」
相変わらずだな、と思いながら、二つ目の醤油団子を口に運んだ。最後の一つになったのを和歌ちゃんが奪うように左手で取った。右手に持ってるやつ、まだ半分も残ってるのに。
「美味しいですよね、ここの醤油団子。ちょうどいい具合に甘辛くて、もっちりしてて」
天花さんが近くにいるのなら早く逃げなければ──そう思いながら発したわたしのそんな言葉は聞こえなかったように、和歌ちゃんは別の話題を口にした。
「それにしてもいいよなー、ぽこは。あんな美形のお兄様が四人もいて! うちなんか女四人に気持ち悪いお兄様が一人だけだもん」
何も言葉を返せなかったので、ただはははと笑ってみた。
「あ、そうだ。ちょうど四人と一人どうしだよね」
和歌ちゃんがなんかおかしなことを言いはじめた。
「どうせなら雪風一族と華夢家、合体しちゃわない?」
「が……、合体?」
「うん! あたし、伊織様がいい! 伊織様のほうがあたしより一つ年上だから、ちょうどいい感じじゃん? 伊織様と結婚したいな、あたし! そんな感じで、みんなでそれぞれ結婚しよ!」
「……って、それだとわたしの相手は……必然的に……」
「うん! 又利郎お兄様しかいないよね! うち、男のきょうだい一人しかいないから……。お似合い! そっちも二歳違いだし」
げっ……と口から声が漏れてしまった。
勘弁してほしい。華夢又利郎……あのひとは男性じゃない……どころか、ほぼ人間じゃないから。
「そんでもって、きわみのお相手が今生之助様でぇ……、蘭姉様のお相手が危能丸様ということになるわよねぇ、必然的に」
和歌ちゃんはお団子を食べる手も止めて、勝手にどんどんと脳内縁談を進めて行った。
「だって笛吹丸様は、天花お姉ちゃんのものだもんねぇ!」
「あたいがなんだって?」
背後から化粧でベタついたような声がして、わたしはお団子を落としそうになってしまった。
来た……!
来やがった……!
恐る恐る振り向くと、だらしなく着流しを着て、長い髪を垂らした華夢天花の助平極まりない姿がそこにあった。
だらしなく開いた襟からおっぱい、見えそう!
「ありゃ?」
天花さんはわたしを見つけると、
「そこにいるのは雪風のへっぽこ丸じゃあないか」
そう言って、いじって楽しい最高の玩具でも見つけたように、真っ赤な唇をニイッと笑わせ、お歯黒をすべてあらわにした。
──やばい!
天花さんには、妖怪が見える!
いつも細めているあの目をさらに細めるだけで、どんなふうに隠れているあやかしでも、即座に見つかってしまう!
首に巻いている襟巻きに化けた夏次郎くんも不穏な空気を感じ取ったのか、お尻がぴくんと動いた。
どうしよう、どうしよう──
見つかったら二人とも、往来のど真ん中で、夏次郎くんに素っ裸に剝かれてしまう!