ホリイ・ベルの水晶玉(二)
音丸さまが鄙びた農村に着いて、背後から老人に声をかけられたのを水晶玉の中に見た時、笛吹丸さまが声をあげた。
「気をつけろ、オト! そやつ、あやかしじゃ!」
まぁ、どう見てもそうなんだけどね。立派な庄屋さんみたいな見た目に化けてるけど、しっぽが隠しきれてないし、どう見ても化け狸だ。
でも音丸さまはちっとも気がついてないようで、『狸鍋』の一言に釣られて後をついて行ってしまった。
あたしもさすがに心配になって、笛吹丸さまに尋ねた。
「だ……、大丈夫でしょうかね、音丸さまは?」
「お……オトも一応『雪風一族』だからな。春才天児もついておることだし、大丈夫だとは思うが……」
そう口では言いながら、笛吹丸さまは居ても立っても居られない感じだ。
結局『雪風一族』の名前に守られて無事に一夜を明かしたんだけど、笛吹丸さまは嘆いてた。
「楽しい時をありがとう。もう人間を食べようとか思うんじゃないよ? じゃあね!」
そう言って笑顔で狸の家を出て行く音丸さまを水晶玉の中に見ながら、頭を抱えられた。
「おーい! なぜ狸を見逃す!? そやつ、おまえを食おうとしたのだぞ? 放っておいたらまた人間を食おうとするに決まっておる! 斬れ!」
しかし音丸さまは鼻唄などお歌いになられながら山道のほうへと歩いて行った。
音丸さまがルンルンと鼻唄をお歌いになられながら山道を進んでいると、そいつらが現れた。
脇の叢の中から白い忍者装束のようなもので身を固めた小男が飛び出して来ると、音丸さまは反応よく、腰の刀を抜こうとする。
しかし、抜けなかった。
笛吹丸さまがそれを見て教えてくれた。
「『春才天児』は退魔刀。妖気のある者に対してしか鞘から抜けてはくれぬ。こやつら、あやかしではないな?」
あたしは驚いて、言った。
「ええっ!? じゃあ音丸さま、素手で闘うしかないってことですか? あいつらにやられちゃうよ!」
「ウゥ……。あやかしに対しては素晴らしい力をもった刀なのだが……。持たせる刀を間違えたか」
水晶玉の中で、音丸さまの背後から、もう一人の背の高い白装束が現れ、襲いかかる。
綺麗なおべべの背中を、長い爪で斬り裂いた。
「あーーっ! オト!」
笛吹丸さまのお尻が浮いた。
あたしもマスターの肩から落ちかけてしまった。
「こ、こやつら……卑怯だぞ! 一人に対し二人がかりとは……! あーっ! あーっ!」
水晶玉の中で、音丸さまは暴漢二人に挟まれ、絶体絶命のピンチだ。
へへっ、と小男がいやらしく笑う。
「くそっ……! 貴様ら、俺のオトに何てことを! 許さん!」
笛吹丸さまは居ても立っても居られないご様子で、あたしのほうを振り向き、言った。
「ホリイっ! 俺をあそこまで飛ばせっ! 助けに行く! 出来るな?」
「そりゃ出来ますけど……」
あたしは断った。
「それでは音丸さまのご修行になりません」
「くっ……! いいから飛ばせ! 見ていられんっ! あーっ!」
「まあまあ。ギリギリまで見ていましょうよ。どうやらアイツら命を取るつもりはないようだし。……あっ。アイツらが名乗りましたよ?」
水晶玉の中で、若いほうの白装束の男が、自分たちを『宇宙人』だと名乗った。笛吹丸さまが反応する。
「うちゅうじん……とは何だ?」
あたしも知らなかった。
「さあ?」
「と……、とにかく俺をあそこまで飛ばせっ! このままではオトが素っ裸に剝かれてしまう!」
笛吹丸さまがそう言った時だった──
いつの間にか、音丸さまの足元に、かわいいものが立っていた。白い、やたらと白いイタチだ。呑気な顔つきで、ぼーっと立っている。
うちゅうじんたちがオロオロしはじめた。
「ほ……本物だ! 本物が出やがった!」
「は……はへっ! か、かまかまかまいたちの……!」
「鎌鼬の夏次郎か……」
笛吹丸さまがそう言った。
もう少し迫力のある妖怪イタチを想像してたので、あたしは力が抜けてしまった。それはどう見ても、ただのかわいい動物だ。
「か……、構わねぇ! ただのちっこいイタチだ! やっちまえ!」
うちゅうじん二人もそう思ったのか、舐めてかかって行った。
「ふひひひひ! おねぇさーん! 斬らせろぉー!」
ああ……音丸さまが素っ裸に剝かれてしまう。
これは仕方ないな。
笛吹丸さまをあの場所に飛ばそうと、あたしが魔法の門を開こうとした時だった──
白い鎌鼬の身体が大きく膨れ上がったように見えた。
あっという間にそれは鋭い風に形を変え、二人のうちゅうじんを素っ裸に剥いてしまった。
「あきゃっ!?」
「ひべぼ!」
そんなぶさいくな声を発し、二人は剥かれた勢いで飛ばされ、谷底へと落ちて行った。
ふーん。意外と強いじゃない、あの鎌鼬。
音丸さまは動物に好かれるからな。お陰で助かった。
笛吹丸さまは真剣な顔つきで、無言でそれを見つめてらっしゃった。
でも、音丸さまが鎌鼬となんだか仲良くしはじめると、声をおあげになった。
「おいおい何をしている、オト! そやつは妖怪ぞ! 斬れ!」
でも音丸さまは子猫でも抱き上げるように鎌鼬を抱き上げた。接吻なんかされてる。
「こらっ! 命の恩人だなどと思うな、オト!」
笛吹丸さまが厳しく叱る。まぁ音丸さまには届いてないんだけど。
「あやかしはすべて人間の敵じゃ! それを斬ることがおまえの修行となるのだ!」
そこへ襖がばーん! と開き、今生之助さまが駆け込んで来られた。
「兄者! どうしよう! ぽこが心配で何も手につかん!」
だだーっ! と入って来ると、水晶玉を見つけて大声をあげる。
「ぽこが……。あーーっ!? ぽこだ! ぽこがこんな小さな玉の中に!?」
「うるさい、今生之助」
笛吹丸さまは瞬時に冷静を装い、不機嫌に言った。
「俺の魔法だ。遠くにあるものをこれに映して見ることが出来る」
「すげーっ!」
今生之助さまは正座をして、子供のように水晶玉に食いついた。
「さすがは兄者だ! すげーっ! こうやって見るぽこも可愛いな! あっ!?」
水晶玉の中で、鎌鼬が白いもふもふの襟巻きに姿を変え、音丸さまの首に巻きついた。
笛吹丸さまが腰を浮かせ、眉間に皺を寄せる。
「ううっ、鎌鼬め! オトに何をするつもりだ!」
「あっ? 今、首に巻きついたの、鎌鼬なのか?」
今生之助さまには今ようやくわかったようだ。
「俺のぽこに巻きついて何をするつもりなんだ? 素っ裸に剥くつもりか? ハアハア!」
「今生之助……」
笛吹丸さまが命令した。
「今すぐ、ぽこのところへ行け」
「今すぐったって、どんだけ俺の足が速くても無理ですが? あははっ!」
「俺の魔法で飛ばしてやる」
笛吹丸さまが、あたしのおでこに指で触れた。そこからあたしの魔力を吸い出し、三倍以上に増幅させる。
魔力をこめた指先で部屋の宙空に素速く大きく四角を描く。すぐにそれは西洋風の扉として具現化された。
「具現魔法『何処へでも扉』」
「おっ!? これを潜ればぽこのところへ行けるんだな? すげー!」
「急げ、今生之助!」
厳しいお声で笛吹丸さまが言った。
「今すぐ行って、あの鎌鼬を斬って参れ!」