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白き鎌鼬の夏次郎

 翌朝はとても晴れていて、しかし気温は低く、鎌鼬カマイタチと出会えそうな最高の天気だった。


 ゆうべは楽しかった。雑炊はお出汁がよく効いていてとても美味しかった。狸の身の上話が可哀想で、涙が出た。その後で聴かせてくれた『ぽんぽこ音頭』はとても陽気で、わたしは人間であることをしばし忘れて楽しんだ。



 玄関を出ると、爺さまの姿に戻った狸に礼を言った。


「楽しい時をありがとう。もう人間を食べようとか思うんじゃないよ? じゃあね!」


 山道のほうを向いて歩き出したわたしの背中から、狸が言った。


「ゆうべは狩らないでくれてありがとう。お礼のつもりで、これからは真面目に生きてみるよ」


 お礼を言いたいのはこちらのほうだ。

 ほんとうによかった。名門雪風一族の一員とはいえ、わたしが駆け出したばかりのへっぽこだとばれなくて。

 もしあの狸が見た目よりも強くて、わたしよりも強かったら、旅は始まったばかりのところで終わってしまっていたところだ。





 春とはいえ、山道にはまだ雪が残っていた。

 しかし歩きにくいというほどではない。景色もよく、ルンルン気分で足を進めた。

 しかし気は緩めない。どこから鎌鼬の夏次郎が襲いかかって来るかもわからない。

 今日はわたしの初陣だ。己の実力に見合う妖怪を相手に選んでやって来たのだ。だから大丈夫。兄者たちも『その妖怪ならおまえにまかせられる』と太鼓判を押してくれた。


 どこからでも来い。


 出てこい、鎌鼬の夏次郎。


 ドキドキしながらそう思っていると、松の木が揺れた。


「出たか!」


 素速く腰の斬魔刀『春才天児しゅんさいてんこ』を抜き、襲いかかって来たものめがけて振ろうとした。しかし、抜けない。まるで鞘の中で踏ん張ってでもいるかのように抜けてくれなかった。


 襲いかかって来たものがわたしの殺気に反応して飛び退いてくれていたので助かった。


「ククク……」

 白い頭巾で顔を隠した忍者みたいな小男だった。

「クックックック……」


 笑う男に向かい、名を聞いた。

「貴様が鎌鼬の夏次郎か?」


「そうよ。我が名は夏次郎。鎌鼬だ」

 甲高いオッサンのような声でそう言うと、手で印を結ぶ。

「その綺麗なおべべ、ズタズタにさせてもらう」


「ああっ!?」


 わたしの背中に衝撃が走った。

 なぜだ? ヤツは正面にいるのに、背後から斬りつけられた。まるで二人いるようだ!


 いや……二人いるんじゃね? そう思い、振り向くと、何か白いものが松の木の陰に隠れた。


「ううあっ!?」


 ズバッ! と、また背中を斬られた。

 振り向くとさっきの小男が、イタズラを見つかった猫のように飛び退いた。


「貴様ら……卑怯だぞ! 一人に対し二人がかりとは……」


 それがどうしたというように小男が「へへっ」と笑う。馬鹿にするように。


 しかし、妙だ。

 こやつらからは妖気を感じない。

 ほんとうにこやつら、鎌鼬なのか?

 そう思っていると、松の陰に隠れていたほうのヤツが姿を現し、土下座した。


「すいません。わたしたち、鎌鼬などではありません」


「あっ、こらっ! つとむ! 正体をバラすんじゃねえ!」


 土下座したのは白い忍者装束の上からでも気弱そうとわかる、若そうな男だった。そいつが言う。

「わたしたち、追い剥ぎの宇宙人の親子でして……。妖怪ではありません。この山道を通る人間を襲って生計を立てております」


「そ……、そうなんだ?」


「はい! 妖怪ではなく、ただの宇宙人でございます」


 ど……、どう違うのかな? と思っていると、後ろからまた斬りつけられた。


「うあっ!? 話している最中に……無礼な!」


「ヒヒヒ」

 小男が笑う。

「オレたち霧咲きりさき星人せいじんの栄養源はな、誰かの背中を引っ掻いて嫌がってもらうことなのだ」


「引っ掻く? 切り裂くではないのか?」


「同じことさ。自分の背中をよく見てみろ」


 体が固いので見れなかった。どうなってる? と、気の弱そうなほうに聞いてみた。


「ああっ……! すいませんすいません! 綺麗なおべべに……断裂が……!」

 彼はだんだん興奮しはじめた。

「なんて見事な断裂だ! ふひょひょ……お、おれの爪で、綺麗なおべべを斬ってやった! 綺麗なおねえさんのお肌が見えるまで……も、もっと斬りたい……! 斬らせろおぉぉお!」


 ヤバい。こいつ人格異常者サイコパスだった。斬られたわたしの背中を見て、異常なぐらいに元気が盛り上がってる。

 後ろからは小男が鋭い爪を振り上げて襲って来る。


「ククク! 斬らせろぉお!」

「ヒヒヒ! 斬る! 切る! Kill!」



 切り裂かれる……!


 剥かれてしまう!


 助けて、お兄ちゃん!


 ──そう思った時だった。



「ウオッ!?」

「はへっ!?」


 二人が奇声をあげ、それぞれに飛び退いた。

 何事かと思って顔を覆っていた手を離してみると、それがいた。

 いつの間にかわたしの足元に、一本の白いイタチが立っていた。ちっちゃいイタチだ。ちょこーんと立っている。

 そのイタチは何を考えているかわからない平和そのものの表情で、ぼーっとしていたが、只者ではないオーラを発しているのがわたしにはわかった。


「ほ……本物だ! 本物が出やがった!」

 霧咲きりさき星人せいじんたちがオロオロしている。

「は……はへっ! か、かまかまかまいたちの……!」


「もしかして……」

 わたしは足元のイタチに聞いた。

「あなたが鎌鼬の夏次郎くん?」


 イタチは何も聞こえていないように、丸いお目々をして、ぼーっとしている。


「か……、構わねぇ! ただのちっこいイタチだ! やっちまえ!」

 二人が再び襲いかかってきた。

「ふひひひひ! おねぇさーん! 斬らせろぉー!」


 二人の何年も切ってないような長くて鋭い爪が、わたしを裸に剥こうとやって来る。


 イタチが、あくびをした。


 毛づくろいをし、顔を両手で洗うと、ぶるぶるっと身を震わせる。


 震えたイタチの体が、膨れ上がる。


 いや、膨れ上がったように見えるが、回転しはじめたのだ。


 まるでチェーンソーのように高速回転したそれは、速すぎて見えないもののように、あっという間に空気と同化した。


「あきゃっ!?」

 霧咲きりさき星人せいじんたちが、あっという間に素っ裸に剥かれた。

「ひべぼ!」


 剥かれた勢いで、山道を踏み外し、谷底へと仲良く落ちていった。



 鋭い風のような、ピウという音が止まると、またわたしの足元にはイタチが立っていて、じーっとわたしの顔を見上げていた。


「助けてくれたの?」


 わたしが聞くと、なんか不愉快そうにあくびをひとつし、クンクンとわたしの足元の匂いを嗅ぎはじめた。


「ありがとう」

 抱っこしてみた。嫌がらない。

「あなた、わたしの命の恩人だね」


 ペロペロとわたしの鼻の頭を舐めてくる。


 でも、凄い力だった。

 鎌鼬の夏次郎といえば、妖怪の中でも初心者向けとして名が通っているのだが、あれは間違いなのではないかと思えた。

 兄様たちの戦闘は何度か見て来たが、正直、本気を出した夏次郎は、稀代の天才退魔師である彼らよりも強いのではないかとすら思えた。


 この子が一緒にいれば……わたしももっと強いあやかしと戦うことが出来、修行になるかもしれない……。


 一瞬そう思ってしまったが、ふるふると首を横に振り、その考えを吹き飛ばした。

 彼は自由なイタチの妖怪。わたしが己の欲のために束縛していいものではない。


「この山を越えたところに茶店があるはずだ。そこでお礼に山羊の乳でもご馳走したいのだが……一緒にそこまで……行く?」


 わたしが聞くと、物凄く重要なことを聞いたように、夏次郎がわたしの目をまっすぐに見た。

 ウンウンウンウンと何度も頷く。


 そして変身した。白いもっふもふの襟巻きに姿を変えると、わたしの首に柔らかく巻きついた。


「フフ……。あったかい」

 思わず顔がにっこりとなってしまった。

「じゃ、行くのじゃー」


 山道を下りはじめると、雪が強く降りはじめた。

 襟巻きになってくれた夏次郎があったかくて、わたしは雪に泣かされることもなく、笑顔で山を下りて行けた。



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― 新着の感想 ―
[一言] う、宇宙人ですか!? ――大丈夫、そこまでやっちゃうなら、もう『歴史小説警察』も来やしませんってw とことんやっちゃって下さい!
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