第4話 再び
最終話っ!!
公女はじっと様子を見ている。
手のひらへのキスが意味するのは「懇願」。
「私は、レイラと申します。どうか、公女様の傍に置いていただけませんか」
暫くの沈黙の後、公女はしゃがんでレイラを立たせた。
「やっぱり、女性の方だったんですね!良かったです、友人に色々言われないで済みますわ」
あっはは、と笑うと、戸惑うレイラの目をじっと見て言った。
「もちろん、いいですよ。ちゃんとうちの従者試験も受けて頂かないといけませんけどね」
彼女は人差し指を口に当てて、ウィンクをしてみせる。
―――これで、ニュクスから出て、いける…?
会ったばかりで、たった1度その身を守っただけ、その上その短くなった髪を守ることは出来なかった。なのに願いに頷いた公女の真意は分からないけれど、レイラは初めて“安堵”を知った。
「っ!レイラさん!?」
糸が切れたように、彼女の身体は崩れ落ちた。
○
うっすらと目を開ける。ピーコックグリーンの天蓋が1番に目に入った。
「おはようございます。レイラさん」
白に青と水色の刺繍を施した室内用ドレスを身にまとった公女が顔を覗き込んでいる。
「…おはようございます」
部屋の窓からは朝日が差し込んでいた。
自分の姿を見ると、公女と同じようなデザインのネグリジェを着せられていた。
「スーツのままだったので、着替えさせて貰いました。すみません」
「いえ…ありがとう、ございます」
胸の苦しさも無いため、さらしも取ってもらったのだろう。
「朝食まで時間はありますのでゆっくりしておいてください。」
そう言って公女は部屋の扉を開いた。立ち止まって振り返り、付け足す。
「ここは安全であると約束致しますので、ご安心を」
眉を下げて笑い、今度こそ部屋を後にした。
気が抜けるように、ベッドに倒れる。
ライグランを殺す、という任務は失敗してしまった。
でもきっとあのまま帰ればニュクスに縛られたままだっただろう。リュークの居ない彼処にいる必要なんてない。
公女を助けてよかったんだと思いたい。
この任務を私は“ライグランへの復讐”、そしてそれを成功させてニュクスを出ていく“父様への復讐”としたけれど、正直に言えばニュクスを出ていくことが1番の願いだったのかもしれない。ライグランにリュークのことで何かをさせることが出来ないのは悔しいけれど、ここに私がいていいなら、公女が言っていたようにここが安全なら。逃げ込んでしまおう。
きっと「ニュクスを逃げ出した」という事実は私にいつも付いてくるだろうけど。
でも、もう、いい、よね。
もう一度瞼を閉じて、レイラはまた眠りに落ちた。
○
朝食は、メイドが運んできたものを部屋で食べ、その後また訪れた公女に詳しい話を聞いた。
フィグ領主の2人の弟、ラメントとライグランは裏で髪に関する禁じられた研究をしていることが明るみになったらしい。特に女性の髪を集め、人工の『人魚の髪』を作ろうとしていたようだ。『人魚の髪』というのは、名の通り海で採れる人魚の抜け毛であったり気に入られた人間が貰えるものであったりする、人を美しく見せたり声を変えたりできる希少品の1つである。人魚の頭から直接髪を抜くことはもちろん禁止されている。しかし今までに1度、女性の髪から人工的に『人魚の髪』を作り出すことに成功したという報告があった。すぐに力を持たない偽物だったと証明されたが、一時期サラチア王国ではその話で持ち切りになっていた。彼らも、今度こそその研究を成功させて富を得ようと考えていたようだった。
珍しい髪色の髪を集めていた時、不運にも兄弟はこの国の公女に目を付けてしまったのだ。
「刑罰はドゥンケル家とかに完全に任せてて、結果も聞くつもりないから分かんない」と公女は苦笑していた。
あの日持っていた拳銃は、レイラと同じようにダンナイトから入れたものだったのだろう。
そして、1ヶ月後に従者試験が行われた。幼い頃からの有能スパイであっただけ、吸収の早さは十分に結果として出ていた。
試験が終わった後、レイラは公女の部屋に呼び出された。
「失礼します」
「どうぞ」
ドアをノックして中に入る。公女は机から何かを掴んで立ち上がった。ずんずんとレイラの方へ寄っていく。
「これで君も正式にうちの子やで!はい、これ」
慣れない口調で差し出されたのはミントチョコレートだった。
「後で食べてな…ね?」
あ、と言う顔で語尾を訂正する。
レイラはそれを受け取って、顔を上げた。ここにいると決めたなら、言わなければならないことがある。
「…ありがとうございます。あの、私……」
公女は続きを促すように目を瞬く。
「ニュクスで生まれ育ったんです」
「…うん、知ってるよ」
時が止まったようだった。ニュクスのことをこの国の五大公爵家の長女が知らないはずがない。いくら王家に見て見ぬふりをされているとはいえ、暗殺集団で生まれ育った人を身内には入れないだろう。きっとこれを言えば、彼女は自分の傍には置かないかもしれない。けれど言わなければならないと感じたからにはそうするしか無かった。
でも、折角の決心をごめんね、と公女は笑う。
「だから、レイラ、私からお願いがあるんです」
急に公女は真剣な顔をする。だがすぐに口元だけは緩めた。
「後悔なんてしないでください。ああすれば良かった、こうすれば良かった、こんなことしなければ良かった、なんて言う人は嫌ですから。特に、君みたいな…出ていったとかなら後悔なんて有り得ますし。だから、良ければ、約束してください。後悔なんてしないと。自分が楽しく居られることだけを考えると。」
すっと小指を差し出される。
「……私も、後悔なんてしたくないです。生まれた場所から逃げ出した。ですが、きっと、しません」
出てきた言葉をただ並べて、公女の小指に自分の小指を絡めた。
「ねぇレイラ、私の使い魔になる気はない?」
レイラは目を見開いて公女を見つめた。
すぐに答えは決まる。
「私で良ければ、是非」
「後悔、しない?」
「もちろんです。…ウィンディ様」
ふふ、と小さく笑うと小指に力が入った。
ウィンディの手からパステルグリーンの光が漏れる。光の糸は2人を巻いて、風がレイラの髪と、切り揃えたばかりのウィンディの髪をくすぐった。
光のアオスジアゲハが彼女らの目の前に現れ、ウィンディはそれに囁くように契約を詠む。
「私ウィンディ・レ・エヴリフェ・ヴィエトルは彼女レイラを使い魔とし、またレイラは私を主人とし仕えることをここに…」
「誓約致します」
アオスジアゲハが風に消えた。
ウィンディの小指には、緑に輝くカラスアゲハが止まっていた。
○
「調子はどう?」
「大丈夫です」
相変わらずの無表情ではあるが、穏やかそうだ。ウィンディの机に紅茶を置いて、早速カラスアゲハに姿を変える。ウィンディの周りを飛び回って、羽根ペンに止まった。
小鳥の声が聞こえると、今度は窓からヴィアとジェーナが入ってきた。
「私が使い魔で良かった、レイラのこと食べちゃうかもしれない」
小鳥姿のヴィアがペンスタンドからレイラを見上げてそう言う。
「確かに、使い魔同士だからか食べ物には見えないよね」
ジェーナが笑い、
「生々しいな…」
とウィンディが苦笑すると、レイラも困ったような声を零した。
〇
肩をずっとつつかれている。
そんな感覚でウィンディは目を覚ました。
「んー?」
どうやら本を読んだまま机の上で寝落ちしていたようだ。体を起こすと、雨の中取りに行った本が彼女の頭の犠牲になっていた。
つつかれた肩の方を見ると、すっかり髪の伸びたレイラがウィンディの顔を覗き込んでいる。
「あー、レイラ…」
伸びをして立ち上がる。
「ごめん、寝巻きの用意してくれる?」
レイラはこく、と頷いて部屋の奥に消えていった。
ウィンディはバスルームでベルガモットのアロマを焚いた。
湯船に浸かりながら、感傷にも浸ってみる。
「久しぶりにアロマなんて焚いた…うちの領の人に貰ったんだっけ…?」
ポットの中で揺れる火を見つめる。
「…リュークか…やっぱり再会できたとはいえ記憶を失ってるんじゃーね…」
今年の春にクロスと契約した使い魔、死霊のリューク。その名前と“死霊”という点でもしかして、と思っていたがまさか本当にレイラの失った幼馴染、想い人だったとは。
○
その日、レイラは茶葉を受け取りに搬入門へ向かっていた。
商店の運搬人が品を運び入れるこの場所には、数台の荷車が置いてある。この日はちょうどウィンディの頼んだ茶葉が届く日だったため、紅茶商人の印が入ったものもあった。
「お嬢さんが使いかい?直接受け取りにくるなんてな」
「はい。すぐに準備しないといけないので」
レイラは表用の笑顔で商品を受け取る。彼からはきっと13歳年相応の少女に見えているだろう。
「では、失礼しますね」
「ああ、これからも宜しく伝えてくれ」
木箱から数個缶をバスケットに入れ、レイラはキッチンへ足を向けた。
すぐ着くところで、誰かの話し声が聞こえた。その方を見れば、公爵令嬢の1人クロスが歩いている。黒髪の青年を連れて城を案内しているようだ。
新入りの使用人かとも思ったが、クロスが直々に案内するだなんて、と思った時、青年の顔が見えた。
真っ黒な髪から覗く赤い瞳。廊下に差し込む夕焼けの光が闇魔法で遮られた中で見えたのは、いつしかの想い人だった。闇夜の任務中に見た彼の微笑みと、同じものを青年は浮かべている。
「カイト……!?」
レイラの目線と彼の目線は合わない。レイラの声も誰にも届かなかった。
「どうしたん?!」
部屋から聞こえた大きな音に、ウィンディはウォークインクローゼットから顔を出した。レイラが今閉じた扉を背に立ちすくんでいる。
「……リュークが…」
「!もしかしてクロスのとこ、の?」
彼女はそのまま座り込みウィンディを見る。ウィンディは思い当たる節があるような顔で、レイラに近づいた。
「…クロスな、何回か死霊召喚してるらしいんだけど、今回はその子が使い魔になったんやって。名前聞いてまさかとは思ったけど、あのリュークなんやね?」
レイラは自分でも確かめるようにゆっくりと頷く。
それを見たウィンディの中で、クロスの声が言った。
「リュークな、死霊召喚したときに生前の記憶が消えてるから、何も覚えてないと思うで」
本当にそうなら、きっと彼はレイラのことを覚えていないだろう。
「…とりあえずは、また会えて良かったな。本当に良いかは君の気持ち次第やろうけど。元気、だしてな」
後日、正式にリュークの紹介があった。
王女と令嬢、使い魔で集まったパーティーだ。建前では新入り使い魔のもてなしだが、好きなお菓子と好きな飲み物で開かれた宴はほぼ何の意味も成していなかった。
少し落ち着いた頃、闇魔法に守られたままの彼にレイラは話しかける。
「…リューク」
「ん?」
思い出の中と同じ顔がこちらを向いた。
「あ、えっとレイラだっけ?これからよろしくな」
頼りたくなるような笑顔で手を差し出す彼に、レイラは眉を下げて微笑んでその手を握った。
「よろしく、ね」
○
「記憶が無いことを私はあそこで言うべきやったんやろうか…?あー、駄目、後悔なんてない。
惚れ直しちゃったんだからきっと大丈夫。また新しくやっていけるさ」
うーんと伸びをして、ウィンディはお風呂から上がった。
○
「はい、これ。お誕生日おめでとう!!」
赤いリボンのついた白い小箱を勢いよく差し出される。目の前の主人は開けてみて、と目で言った。
「ありがとうございます」
恐る恐る受け取り、リボンを解いて箱を開ける。
中には、黄色い水仙と紫のランタナのバレッタが入っていた。水仙の花の間を埋めるようにランタナの花がついている。
ウィンディはそれを手に取り、レイラの横髪を止めた。
「誕生花とかそういうのじゃないんだけど、お店で見ていいなって思って。この明るい色も似合ってるよ。…花言葉は相反するものやけど、自分を愛して選択していってね。これからもよろしく!」
「それ、似合ってるな」
ある日使い魔で集まっているとき、リュークが呟く。レイラは身を固めて振り返ったが、微笑んで言った。
「…ありがとう」
最後までお読み下さりありがとうございました(*´∀`*)
こんな文字数初めて書いたので自分でもびっくりです。良ければ感想・評価お願いします!
ちなみに今日がレイラさんの誕生日ですねʚïɞ.•