第3話 決心
それから1週間。標的ライグランはヴィエトル公爵邸でのパーティーに出席する、という情報が入ってきていた。同じ男を殺すため、前回とは比べ物にならない豪邸へ、レイラは足を踏み入れた。
「ご身分の証明をお願いします」
長い廊下を抜けてホールに入ろうとした時、衛兵に声をかけられた。
「あぁすみません。ジグ領主の長男アレキサンドルです」
自髪をハーフアップにした男装姿で、レイラは差し出された紙にサインをする。すると、紙にインクが吸い込まれて、文字が消えた。白紙になったところにヴィエトル家の紋章――アオスジアゲハとプルメリアが描かれている――が現れた。これで本人だという証明は完了だ。
「失礼致しました。それではどうぞ」
礼を返して中へと入る。
ホールでは沢山の人が賑わっていた。皆グラス片手に楽しそうに話している。すぐにライグランの姿も見た。ついこの間殺されかけたというのに、悠々と社交の場に出てこれるその勇気をレイラは称えたかった。
階段には、焦げ茶からミントグリーンに変わる髪の美少女が両親と話しているのが見えた。自分と同じぐらいの年だろうか。あの見たこともない髪色は聞いた事がある。この屋敷の持ち主、ヴィエトル公爵の一人娘だろう。他の五大公爵家の令嬢やサラチア王国第1王女ともとても仲がいいと聞く。普段は王城で一緒に暮らしているらしい。
――どうせなら彼女を殺してしまおうか。
そんな考えが頭を過ぎった。ライグランを殺すのは父からの命令だったし、恨みも髪を撃たれた位でしかない――いや、リュークをああ言ったんだ。私にとっての永遠の悪者になって貰わないと困る。それに成果をあげてしまったらきっとまたニュクスに縛られることになるだろう。
最近どうしてしまったんだろう。よく気持ちが揺れる。私らしくない。
――でも名乗って損はないはず。
頭を現実に戻したレイラは、挨拶のために、ヴィエトル一家に近づいた。
「こんばんは、ヴィエトル公爵様、夫人、ご令嬢」
3人が振り返る。
「私はジグ領主の長男、アレキサンドルと申します。以後お見知り置きを」
「ごきげんよう。今夜は楽しんでいってください」
マリーナ・ヴィエトル夫人がそう返して接触は終わってしまった。
このパーティーは招待をしない半自由参加だったのもあり、公爵一家は会場を貸しただけと言っても過言ではない。そこまでの干渉は求めていないのだろう。
レイラは正直にその場を離れ、本来の標的であるライグランの方へ向かった。
憎い彼の声が近づく。また2番目の兄と話しているようだ。
「いやぁ公爵一家に会える機会がこんなすぐにあるなんて良かったですよ」
「つい先週狙われたというのに、大丈夫なのか?」
「大丈夫っすよ、兄さん。どうせあの気が触れた女は捕まってるかどっかで野垂れ死んでる」
「はっは、そうか」
気が触れた、か。野垂れ死んでるどころか貴方の真後ろにいるんだけど…。
「あと俺はあいつに感謝してるんですよね。あんな髪、見たことなかったっすし」
「俺はお前が撃たれかけて気が気じゃなかったのになぁ」
「すんません。でもあの髪、金髪のくせに光が当たったところが緑に光るんですよ?そんなのこれからの研究にぴったりじゃないですか」
「それはそうだな。もし今回“あっち”も手に入れられたら…」
「最っ高ですね」
「「はっはっは」」
……髪?…研究?
「!公女がベランダの方へ出たぞ!」
「おっ、チャンスですね!言霊ってのは本当にあるもんだ」
背中越しにライグランの指先が光った。手にはナイフが握られている。2人はニヤリとヴィエトル公女を見ていた。彼女の特殊な色の髪が風になびく。
…まさか。
嫌な予感がしたレイラは、公女の方へ歩いていく2人を追った。
「ご機嫌いかがかな?ヴィエトル公女」
きょとんとした顔で公女は振り返り、会釈した。
「…ごきげんよう、フィグ領主のご兄弟方」
彼女は少し片眉を上げて訝しげに挨拶を返す。
「おぉ!私たちのことを知ってくださってるだなんて」
「お聞きした通り教養の高い方だ!」
そう言って2番目の兄は公女を囲うように移動した。まるで、ライグランと公女の間を隠すように。
「失礼してもいいですかな?」
ライグランは彼女の髪を手に取って、親愛の証、と体を屈めた。
もう一度彼の手が光る。
と、その上にはらりと短いミントグリーンの髪が落ちた。公女の髪を、ライグランが奪ったのだ。
「ぐあっ…!!」
その瞬間、ライグランの項から血が飛んだ。
ベランダの柵には赤く染ったクナイが刺さっており、飛んできた方を見てみると黒髪をハーフアップにした男性ーーレイラ扮するアレキサンドルがこちらを見ていた。手には残りのクナイが握られていて、赤い瞳がライグランの手にある公女の髪を睨む。
「…間に合わなかった…!」
悔しそうに口を歪ませる。
「ライグラン!!!」
2番目の兄が崩れ落ちたライグランに駆け寄った。
かと思うと、柵に刺さったクナイを手に取り、公女へと振りかぶった。
瞬間、レイラが公女を背にするように間に入る。
金属同士の当たる鋭い音が響き、そのクナイは宙へと放り出されて軽快な音を立てながら地面に落ちた。
彼女がその刃を跳ね返したのだ。
「こいつ…!!」
そう言い終わらないうちに、兄弟の体が高く浮いた。
「な、なんだ!?」
ふわふわと滑稽に浮かぶ彼らにレイラも困惑していると、耳元に「ちょっと貸してな」と言う声が聞こえた。手にあったクナイが宙に浮く。横に落ちていたものもだ。その2本はそれぞれ兄弟の首へと突きつけられた。
「ラメント殿!ライグラン殿!」
背後で公女が高らかに叫ぶ。体を浮かせた風魔法は彼女のものだった。
「たった今のことは到底許されることでは無いでしょう。よくご反省を!」
彼女はそれだけ言って衛兵を呼び、彼らは連行されて行った。
「アレキサンドル殿、助かりました。ありがとうございます」
レイラが振り返ると、公女は丁寧に頭を下げた。
「い、いいえ…」
「是非、お礼をさせてください」
戸惑っていると、そう言って向き直り、にっこり笑った。
レイラの心臓が1度跳ねた。
思わずここまで飛び出して公女を守ってしまった。
もう、どうにでもなってしまえ。
跪いて、公女の手をとる。
そして、その手のひらに唇を落とした。
第4話(最終話) 11/24 20:00頃 予定