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場面3 やっぱり異世界

 少女に招かれるまま建物に入ったが誠司と芽衣子の二人が目にしたのは礼拝堂だった。



 しかし正面に信仰の対象らしきシンボルが飾ってある他には長椅子が2セットしか存在せず、しかも差し向かいになっていて、壁までポッカリとした空間があった。


 壁際には何かが置いてあるようだったが、薄暗くて二人にはよく見えなかった。


「どうぞこちらへ」


 長椅子に二人が座ると、その向かいに少女も座り、火の灯った燭台を傍らに置くと自己紹介を始めた。


「私の名前はアンナ。ソラル教のシスターです。」


 昨日まで何も存在しなかった森と教会の間の空地。


 まるで以前から建っていたかのように存在する見慣れない建築様式の建物と、そこから来たという住人を前に、会釈する程度に頭を下げつつもアンナの視線は二人を観察し続けた。



 訪問時と比較すると多少は表情が柔らかくなったのを感じる事の出来た誠司は、どうにか消極的な自分の背中を押して応える。


「あ、改めて自己紹介。俺の名前は誠司です。こっちは姉の芽衣子で――「メイって呼んでね♪」――えっと、俺の事はそのままセイジと呼んでください。日本っていう所から来ました。それで変な事を聞くようだけど、ここは何ていう場所か聞いてもいいかな?」


 赤の他人でしかも年下。

 日本なら声をかけただけでも有らぬ疑いを掛けられかねない少女を相手に冷や汗をかく誠司だったが、今はとにかく情報が欲しい一念から、まずは1点だけ訪ねた。


「それは質問の意味が不明瞭ですね。"場所"というのが建物の事をお聞きになっているなら『ここは教会です』ですし、村の名前を聞きたいのでしたら『ナブーポル村です』というのが答えです。」


 先ほどは雨上がりの川を流れる濁流のように喋っていたのに、今や『主導権は弟に渡したから』と言わんばかりに黙り、同時に弟が話し出すと先ほどよりも温かい笑顔になった姉に気付いたアンナは親近感を覚えた。


 抑揚のない淡泊な回答だったが、それでも先ほどより言葉数の多いアンナの回答に妙な安心感を覚えた誠司は、更に質問しようとしたがアンナに遮られた。


「今度は私からの質問です。ニホンという街は聞いた事が無いので、国の名前でしょうか?」


「うん、日本は国の名前で――」


 誠司が答えかけたところで、奥から咳が聞こえた。目をよく凝らすと祭壇の横に扉が有った。


「あれは私の弟でマウロです。今は病気なので挨拶は――「ううん、いいのいいの!気にしないで♪」」


 鎮痛な面持ちのアンナだったが、弟を気遣う気持ちを、芽衣子は同じ姉として分かったつもりになってしまった。


「うちも家に父が居るんだ。俺たちは起こさず家を出てきたから、まだ寝てると思うけど。あ、母は昔死にました。なので3人家族です。そちらのご家族は?」


 ややこしくなりそうだし、状況もよく分かんないから父さんはまだ寝かせておこう!という芽衣子の提案に誠司も乗っていた。



「両親は居ません。家族は弟だけですが、今はイージルド神父と暮らしています。神父は狩りに出ているので今は居ませんが、今度はこちらから挨拶に伺いましょう。」


「そんな、わざわざ大丈夫ですよ。あ、それで日本は国の名前。ちょっと昔は機械と車でそこそこ有名になったけど…ここは何ていう国?」


「ここはマーロ王国です。と言っても国外れの辺境になります。キカイやクルマというのが何か分かりませんが、ニホンという国は聞いた事が有りません。そもそもどうやって来たのですか?それにあの家。随分変わった見た目をしていますよね?」


 スマホの電波が通じず、機械も車も知らないが日本語を解す異国人然とした少女。

 『もしかして』と思っていた誠司も芽衣子も、これだけ揃えば『ほぼ確実だ』と思えたが、まだ確証が得られなかった。


「どうやって来たのか俺たちも分からないんだ。ただ、朝起きたらあそこに家ごと引っ越してたみたいで。そんな妙な話って、この国もしくはこの辺りでは普通に有る事だったりするのかな?」


もし前例が有るなら何か参考になるかもしれないと思った誠司だったが、即座に砕かれた。


「いいえ、私は聞いた事が有りません。もしかしたらイージルド神父なら何か知っているかもしれませんが…。」


「そっか、スマホの電波もないから調べようもないし、どうするかなぁ」


 手詰まり。その単語が脳裏に浮かんできたが、芽衣子の額には脂汗が浮かんでいた事に誠司が気付くと同時に、先ほどまで黙っていた芽衣子が話し出した。


「じゃあさ!とりあえずココが何処か名前は分かったんだし、一旦家に帰ろっかー」


 目元は笑っていたが、その口元が僅かに歪んでいる事にアンナも気付いた


「どうされたのですか?どこか怪我をしているのですね?」


 アンナは過去に痛みを隠そうとしている人間を多数診てきた為、芽衣子にも傷がある事がすぐに分かった。


「ううん。怪我っていうか古傷でね。昔仕事でミスって右足をやっちゃって、軽く走るくらいなら大丈夫だけど雨が振りそうになると痛むのよねー。ほら」


 右足のジャージの裾をたくし上げるとそこには膝から踝にかけて大きく稲妻のような傷跡があった。


「どうしてこんな事に――失礼しますね。」


 何かに悩むような一瞬の逡巡の後でアンナは右足に両手を添えると何かを呟いた。すると淡い光が芽衣子の右足とアンナの掌から漏れ出した。


「アンナちゃん!まさかのハーマイオニー!?」

「なるほど。これで確定するかな?」


アンナが両手を引くと、芽衣子の右足に有った稲妻のような傷痕は完全に消えたわけではないが、それでも大きなミミズ腫れ程度に小さくなっていた。


「あの…本当に、ごめんなさい。ここまでしか私には――」


 申し訳なさそうな顔をするアンナだった。


 しかし、芽衣子は足首を回しても痛みが走らない事を確かめていた。


「わーお!治ってる!!」

「確定か」


 ギリギリ日常生活が送れる範囲まで治ってたとは言え、支障が無いとまでは行かなかった姉の状況が好転したと知った誠司だが、嬉しさのあまりに泣きそうになってしまった事を隠すため、言葉数が減ってしまっていた。


 そんな弟の感涙を知らずに目の前で起きた奇跡への感動と、また全力で体を動かせる期待から、性能を確かめるように右足を軸足にして回し蹴りを放とうとして――


「ヤッター、――って痛ぁ!!」


――盛大にズッコけていた。


「ごめんなさい。今のは中級治癒です。なので完全には――本当にごめんなさい」


 まるで懺悔するように謝罪を繰り返すアンナだったが、二人にとっては些細な事だった。


「いいのいいの!何度も手術して医者にも『ここが限界』って言われてたんだもん!感謝しかないよー!」


「そうそう。怪我して少しは大人しくなったと思ってたのに、これじゃ昔に逆戻りじゃないか」


 姉のズッコケ姿を見て平常心を取り戻した誠司は、涙目の自分を誤魔化す為に憎まれ口を叩いた。


「へぇ言ってくれるじゃない。誠司のくせに生意気だぞー!」


 大怪我のせいで帰国してから、どこか遠慮気味だった弟からの憎まれ口に芽衣子も思わず嬉しくなって数年ぶりのヘッドロックをかけていた。


「やめてくれ!その無駄にデカい胸が当たってるんだよ!って、それよりメイ姉!やっぱココってさ!」


「うん、異世界だね!」



二人は"確証"を得た。

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