場面2 ご挨拶
藤田家から徒歩2分。
距離にして200メートルも無いだろうレンガ作りの建物。
その扉の前に藤田誠司とその姉の芽衣子に立っていた。
「なぁメイ姉。本当にこんな菓子折りでいいのか?」
誠司は小脇に抱えた青い箱に渋い顔をしながら確認した。
引っ越しの挨拶ギフトとして『絶対にこれ!』と芽衣子が選んだのは葉巻型のクッキー詰め合わせだった。
「当たり前でしょ!ドバイの富豪だって夢中のお菓子よ?」
「それは昔の話でもうドバイからは――いや、俺が気にしてるのは賞味期限だよ。ギリギリじゃんコレ」
「だいじょーぶだってば。日本人のそういう賞味期限原理主義みたいなトコってどーかと思うのよねーあたしは」
二人が騒いでいると扉のドアが重い音を立てて少しだけ空いた。
「「?」」
誰かが出てくるかと思った姉弟だったが、扉は僅かに開いただけで停止し、薄暗い扉の奥には辛うじて瞳と思われるものが二人を覗いていた。
「何者ですか」
外は春の陽気だったが、声は氷のように冷たく、その拒絶の色に対して誠司は防御反応とも言える速度で(面倒だな)という態度を表明していた。
そんな弟の態度を見て(また悪い癖が出てきたな)と察した芽衣子は、誠司とは正反対の人懐っこい笑顔を浮かべつつもクッキー缶を奪いながらマシンガンのように話出した。
まるでお手本を示すように。
「あ、どうもこんにちわー!何かよく分からないけど多分今日から引っ越してきた藤田と言います!私は姉の芽衣子ですね!こっちでモジモジしてるのが弟の誠司ってダメな奴なんですよーもう困っちゃって!ホラ!あんたも挨拶して!って、頭さげるのよ!ホラホラ!」
言いながら誠司の頭をグイグイを下げようとする誠司は母親を思い出しながらも、やめてくれるようクチだけは抗議した。
「あ、それでほら、これ!引っ越してきたらね、『ご近所さんとして宜しくねー』って事でお菓子を配るのが私の地元の習慣なんですけど、この辺ってそういうのやってないんですかねー!このお菓子はうちら兄弟も大好きで子供の頃なんか取り合いしたりで!ねぇ小学校の時に取り合いしたよね?あの時の私の決まり手って何だっけ?足払い?」
若干の脱線をしながら『兄弟仲の良さ』をアピールする事で人畜無害さの演出を狙っていると分かった誠司も合わせ始めた。
「あの時はコブラツイストで――」
「――あ、もしご迷惑だったら、ごめんね!このまま帰るんで、それじゃバイバーイ♪」
手を振りながら踵を返しつつ、誠司の袖を引っ張って帰ろうとする芽衣子だったが、後ろからギギギと扉の開く音がした。
「人間なのですね?」
そこにはシスターのように黒いワンピースに白いフードのようなもので頭を覆っている少女が居た。
「大変失礼しました。もうこの村には我々以外に誰も居ないと思っておりましたので。宜しければ中にどうぞ。」
「お邪魔しまーっす!」
明るく返す芽衣子だったが、一つだけ気になった事があったので建物に入るタイミングで誠司に聞いた。
「ねぇあんた英語出来なかったよね?」
「ああ。話すのと聞くのは全然。読むなら中1レベルなら何とか行けるくらいかな」
誠司は勉強が出来ない方では無かったが英語だけは高校でも補習で何とかしていたレベルだった。
「だよねー。おっかしいなぁ」
何がおかしいのか聞こうとした誠司だったが、中に入ると、想像していた教会とは程遠い質素さに驚愕して何を話していたのか忘れてしまった。