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場面18 藤田家跡地

~これまでの転移一家~

家ごと異世界転移した藤田家の人々は警察に通報したが相手にされず、唯一地球に残された長男の博史に助けを求め、博史は実家に帰る事を約束した。

庭のコンテナと仏壇から出てきたリングはまだ不明点だらけで、転移先の開拓村は疫病で壊滅状態。

開拓村の神父からはウサギを貰うが、藤田家は完全に忘れていた。

 東京都練馬区光が丘。


 大江戸線の光ヶ丘駅から徒歩10分の距離に有る分譲マンション。その一角に藤田博史は所帯を持っていた。




「あなた。本当に今日じゃないとダメなの?!」


 博史の妻、知秋だった。キッチンで娘の朝食を用意しながら、夫の博史に対し、質問という皮を被せた非難を投げつけていた。


「だから昨日も言ったじゃないか。あの親父が頼んで来たんだぞ?それに千葉へは暫く帰省してないんだ。それに、休みは明日だって有るだろう?」


 コーヒーを飲みながら妻からの非難を甘んじて受け入れていた博史だったが、そろそろウンザリしていた。


「だって今日はあの子の、絵奈の幼稚園の面接に着て行く洋服を見に行く約束だったじゃない。それに明日はピアノの発表会でしょ?」


 まさか忘れてないでしょうねと、振り返った千秋は博史を睨みつけた。千秋は娘の絵奈をエスカレーター式に大学まで進学可能な幼稚園に入れるつもりだった。


「忘れる訳ないだろ。でもな、発表会で丸一日使う事もないだろ。お、そうだ!なんなら3人で行くか?千葉にも服屋は有るぞ。帰りに寄っていけばいいさ。」


 我ながらナイスアイディアと考えた博史は一気に飲みかけのコーヒーを飲み干した。


「いやですよ。あなたのお姉さんハリウッド帰りだか何だか知りませんけど、ガサツで苦手です!それに二子玉の高嶋屋じゃないとノンファン・ドゥ・ノルカの新作はもう売ってないんですからね!」


仕事でも横文字は普通に使うが、服のブランド名となると、まるで呪文だなと博史はどこか他人事だった。


しかしそんな博史の態度は『完璧な週末計画』としてプランを練っていた千秋にとっては逆鱗に触れられるも同じであり、自分の夫が可愛い娘の将来計画すら潰そうとしている存在にすら見えてきていた。


 不穏な空気を感じ取った博史は、そそくさとコーヒーカップを流しに置くと、それ大丈夫か?と、煙を出し始めていたフライパンに妻の注意を向けると、テーブルのスマホを取り、上着を羽織った。


「ちょっとあなた!朝ごはんは!?」


 慌ててフライパンで黒焦げになったホットケーキを処理する千秋はダイニングから出て行こうとする博史に更なる非難を重ねた。


「途中でコンビニでも寄るさ!それじゃいってくるから!」


 博史は逃げるように玄関に向かうと、靴箱から車のキーを取って上着に入れた。


 玄関の鍵を閉めてエレベーターに向かう博史の足取りは軽かった。エレベーターに乗り込むんだ博史は、そういえば一人で出掛けるのはいつ以来なのか…と考えていた。


 博史はエレベーターから降りて駐車場に入ると、初めてのボーナスを頭金にして購入したドイツの高級車に乗り込んだ。


 グレードこそ低いが、成功者の証として認知されていた愛車のブランドは正しく自分の努力を証明するようで、博史はエンジンをスタートする度に誇らしい気持ちを持っていた。


「でもお前とも、近いうちにお別れか。」


 駐車場から出て信号待ちで止まると、博史はハンドルを愛おしそうに撫でた。妻の千秋からはもっと広くて大きい車に買い替えて欲しいと、せがまれていたのだ。


 同ブランドのSUVを提案したが「車にお金を使うなら子供に使って!」と一蹴された。


 インターの手前でコンビニに寄り、サンドイッチとコーヒー、ついでに雑誌を買った博史はそのまま外環道に入ると、すぐに松戸に着いた。






 渋谷や丸の内あたりなら直ぐに街並みが変わるが、松戸では何が変わるという事も無く、それが博史には無性に嬉しかった。


 しかし実家の近くまで来た博史は違和感を感じていた。


「なんだ?そうか、家が…無いからか?」


 周りは特に何か建造物がある訳でもなく、遠くからでも実家が見えるハズなのに、今は家を囲う塀しか見えなかった。


 やがて家に近付くと敷地の入口付近から中の様子を伺う人影が見えたが、その顔に博史は思い当たる人物が居なかったので、とりあえず声を掛ける事なく敷地の中に車を進めた。


 中にはコンテナが有り、それをしげしげと見つめる別の人物が居たが、そちらは知った顔だった。誠司の幼馴染の次朗だった。


「やあ。おはよう。松井次朗君…で合ってるよね?」


 見慣れない車、しかも外車が藤田家の敷地に入ってきたのでビビる次朗だったが、外車のドアからは見知った顔が現れたので安心した。


「そうですよ。博史兄さんですよね。お久しぶりです。」


「そうだね、いつ振りだろうか…今は何の仕事を?」


「はい、半分システムエンジニアで、半分農家ですね。どっちもフリーランスなので、…まぁ気楽なもんですよ。博史兄さんは商社でしたよね?最大手の。凄いなぁ。」


「ははは。『会社のカンバン』が大きいだけさ。まぁ仕事もデカいから責任も大きいけど…いや、今はそれはどうでもいいか。君も誠司に呼ばれたのか?」


「いえ、そういう訳じゃないんですけど…あの、家をどうしたんですか?離れとかも無くなってるし、代わりに庭にはアレが有るし。」


 次朗が指した先にはコンテナが有った。


「コンテナ?前に来た時はあんな物は無かったけど、しばらく来てなかったからな…。次朗君はアレがいつから有るか知ってるか?」


「あれは先々週に来た時は絶対に無かったですね。でも一昨日までは家屋と納屋も有ったハズです。昨夜、うちの母が『藤田さんの所の家が無くなってる』って倒れちゃって。で、こうして様子を身に来たら、ほんとに家が無くなっててビックリしちゃましたよ。移築した…とかですよね?」


「いや、俺も知らないんだ。親父からは『実家の場所に来てくれ』と言わて来ただけで…そうか、とりあえず親父に連絡するか。」


 次朗の母の心中を察した博史だった。しかし自分には何も出来ないので、出来る事をと思い自分スマホを取り出し、通話アプリから父の名前を探すと通話ボタンを押した。






「博史か?今どこだ?」


 スマホからは父の声が聞こえたので、次郎にも聞こえるようにスピーカーにするか博史は一瞬迷ったが、次郎も知る権利があるかもしれないと思い、スピーカーにして答えた。


「ああ、今は松戸の――実家が有った場所にいる。ここには次朗君も居てスピーカーにしてるよ。」


 実家が無いのに、実家に居ると答えるのも変だと思った博史は現状をそのまま伝えた。


「次朗って、ケンの――松井のか?」


 他に次朗を知らなかった新之助だったが、確認の意味で尋ねた。


「あ、おじさんどうも。松井次朗です。父がいつもお世話になってます。」


 自分の名前が出ので次朗は挨拶した。


「おお、そうかそうか!いや、お世話になってるのはこっちだよ。畑の世話もしてもらってるしなぁ。」


 藤田家が離農してからは、荒廃して周りに迷惑をかけないように松井家に畑の管理を任せて、固定資産税程度の貸し賃をもらう状態になっていた。松井家は収穫物を好きにして良いとなっており、互いに持ちつ持たれつの関係だ。


「ちょっとお父さん!そんな話はいいから!」


「そうだよ親父。とりあえず向こうがどうなってるか見せてもらおう。」


 博史の持つスマホからは誠司と芽衣子と思しき声もしたので、次郎は博史に疑問をぶつけた。


「あの、通話先のみんなって何処に居るんですか?」


「あー。その…なんだ。親父が言うには異世界に居るらしい。」


 音声通話モードから動画通話モードに切り替えようとスマホを弄る博史だったが、そんな博史の言葉に次朗は理解が追い付かなかった。


「え…?異世界?!」


 真面目なイメージの有る博史と、その父の新之助がそんな冗談を言うと思えなかった次朗は黙って成り行きを見守った。


「芽衣子見えるか?」


 言いながら博史はスマホで回りの景色を映し始めた。


「おお!見える見える!ウチは無いけど、ウチだわコレ!」


 芽衣子は父の持つスマホに映し出された景色、まだ1日しか経過していないが、妙に懐かしく感じる景色を見て興奮していた。


「あ!向こうにもコンテナが有る!という事は…誠司!あんたのスマホであたしに電話掛けて!早く!お父さんも!コンテナの所に行くよ!」


 博史の持つスマホからはドタバタと音がしていたが、それとは別に微かに音楽が聞こえた。


 博史と次朗が辺りを見渡すが、二人ともコンテナで視点が止まった。


「なぁ。コンテナの中から何か音がするけど、あれって開けても「いいから開けちゃって!!」」


 念のため父の許可を取ろうと思った博史だが、言い切る前に芽衣子が開けろと促してきた。


「すまん。次朗君。あのコンテナを開けてくれないか?」


 スマホで片手が塞がっている博史は申し訳なさそうに次朗に頼み、次朗は二つ返事で音の鳴るコンテナの扉を開けた。


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