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場面17 あの日、ボロ布の子と

 芽衣子が建設現場に到着すると、入口にはロープが張られており、そのロープには立ち入り禁止の札がぶら下がっていた。


 しかし芽衣子には注意書きよりも気になるものがあった。トレンチコートの二人組だ。建設現場内の様子を伺っていた。


 あれが目撃証言のあった変質者か?と思った芽衣子だが、その服装を見て("怪し過ぎて、逆に怪しく無い感"すら有る怪しさだ)と思った。


 車などの移動手段を持っていない様子だったので、イザとなれば自転車を駆って全力で逃げればいいと考えた芽衣子は遠巻きに観察を開始した。


 そんな芽衣子にトレンチコートの二人も気付いた。


「はぁい、お嬢ちゃん。何か御用かしら?」


 帽子を目深に被り、サングラスをかけていたので最初は分からなかったが、声によって片方は女だと芽衣子にも分かった。


 相手が女と分かると、変質者と言えば中年オヤジがやるものだと考えていた芽衣子は混乱した。


「…あなたたち、変質者じゃないの?」


 芽衣子は疑問をそのまま口にしていた。


 すると芽衣子に声を掛けてきた女の方が考えるポーズになり、かけていたサングラスを少し動かすと、裸眼で芽衣子をジロジロと観察し、手の平を拳でポンと叩いた。


「…なるほど!そういう事だったのね!つまり今日だわ!」


 意味不明な事を口走って一人で納得した様子の女コートは、もう一人のトレンチコートにボソボソと耳打ちし始めた。


 やがて耐え切れなくなった芽衣子が叫んだ。


「あなたたちは何者なのよ!」


「うーん…。なんだかんだと聞かれたら、答えてあげるが世の情けではあるけれど――あ!優斗君が来たわよ!!」


 女コートが芽衣子の背後を指さしたので、振り向く芽衣子だったが、そこには誰も居なかった。


「何よ!まだ来てないじゃない!」


 腹を立てながらコートの二人組の方向を見た芽衣子だったが。そこには誰も居なかった。


「何よあのオバサン!」


 ウソをついた女と釣られた自分、両方に腹を立てた芽衣子は地団太を踏んだが、ふと疑問に思った。


『見知らぬ怪しい大人がどうして優斗君の名前を知っていたのか。』


 二人組のどちらかが親戚で、実は知り合いなのかも?そういえば女コートの方はどこか母に似ていたような。だとしたら、母方の親戚かもしれない。そう考えていた芽衣子だったが、名前を呼ばれて思考は中断された。


「メイちゃん。久しぶりだね。」


 芽衣子が振り向くと、そこには優斗が今度こそ居た。


「優斗君!ごめんね、うちのバカ弟たちに付き合ってもらっちゃって!」


 満面の笑みで優斗を迎えた芽衣子の目には、優斗の後ろでやれやれといったポーズとしている誠司と次朗の姿は映って居なかった。


「それでココに何か居るかもしれないとは聞いたけど、よく分かっていないんだ。芽衣子ちゃんは何か知ってる?」


「ううん。あたしもよく分かんない。けど、弟たちだけで行かせたら危ないかなと思って。でもでもあたし一人だと心細くて優斗君にも来て欲しかったの。」


 急にしおらしくなった姉を見て、嘔吐のポーズをする誠司。その足を芽衣子は踏みつけて悶絶させた。


「そうだね。本当はよくないけど、放っておいて危険なモノを触って怪我されるより、僕らで見ておくのは良いアイディアだと思うよ。本当はちゃんと見学許可を取るべきだろうけど。」


 優斗に褒められてご満悦といった芽衣子。優斗は続けて弟たちに注意を促す。


「それじゃあ次朗、誠司君。これから敷地に入るけど、建物の中には入っちゃダメだからね?それ以外にも、僕らの言う事が聞けなかったら――」


「聞けなかったら?」


 芽衣子のような屁理屈を言うのではと思った誠司と次朗だったが、優斗からの宣言は極めて現実的かつ厳しいものだった。


「お小遣いを無しにしてもらう。半年間。いいね?」


「「半年?!」」


 芽衣子よりもエグい条件を出された誠司と次朗だったが、鬼の形相になった芽衣子を見て、頷くしか無かった。


「よし、じゃあ入ろうか。」


 4人が敷地に入ると、そこは建設現場というよりも解体途中の廃墟だった。


 敷地の片隅にはクレーン車が放置されており、その車体は半分以上が砂に埋もれて、砂山に突っ込んだような状態だった。


 建物の方を見れば錆びて強度が落ちたのか鉄骨は所々歪んでいた。


「すげぇ!」


 次朗が声を上げると、建物の方から乾いた金属音が聞こえた。4人が音のした方を見ると、そこには鉄パイプが転がっていた。


 どこかから落ちたきたかと思った芽衣子だったが、違った。鉄パイプが転がってきた先には、何かが居た。


「あれは…子供?」


 優斗も気付いた。自分も子供とは分かっていたが、自分達よりも小さく見えたので子供と認識した。



 何故に疑問形だったのか。それは薄暗闇の建物内部だったからというのもあるが、その子は頭からボロ布を被っていたせいでヒトなのかすら怪しく見えたからだ。


「なんだお前!!」


 怖くなった次朗はつい叫んでしまった。


 次朗の叫びに驚いたボロ布の子は体をビクっと震わせると、建物の中央、吹き抜け部分に設けられた階段に駆け寄って、建物の上に行ってしまった。


「こら次朗。ダメだろう怖がらせちゃ。僕が見てくるから――芽衣子ちゃんは二人を見てて。」


 優斗は弟たちを芽衣子に任せると廃墟に駆け出して行った。


 兄からは滅多に怒られる事が無かった次朗は軽いショックを受けて固まり、誠司は砂山に興味を示していた。あの砂山の砂はどこから持ってきたのだろうかと。


「誠司!次朗!あんたたちはアッチの砂山の方に行ってなさい!ほら早く!」


 芽衣子は有無を言わせず弟たちの背中を押して建設現場隅に追いやると、優斗を追って駆け出した。


 階段の所に芽衣子が到着すると、床にはチェーンと南京錠が落ちていた。きっと以前は鍵がかかっていたのだろうと芽衣子は思った。


 階段は足場用の軽鉄骨を利用した簡易的なもので、すぐにでも崩れそうだった。


 しかし芽衣子はお構いなしに階段を上っていく。途中のフロアで降りられるように出入口が設けてあったが、それらは全て南京錠でロックされていた。


 結果的に芽衣子は屋上らしき場所。まだ鋼鉄製の支柱らしきものが生えて、一部天井のようなモノも残っているので、更に上層階が作られる予定だったのだろう。しかし今では建設も放棄され雨ざらしになっているフロアに到着した。


 発電機らしき大型の機械とドラム缶が放置されており、そこに優斗とボロ布の子は居た。


「芽衣子ちゃんも来ちゃったのかい?この子、どうも日本語も英語も通じないみたいだ。」


 その子は怯えていたが、一定距離を取ってコミュニケーションを取ろうとしていた優斗は芽衣子を責めることなく状況説明をした。


「ごめんなさい。でも二人は安全な場所に居るように言いつけたから。」


 優斗のチカラになりたい一心で階段を駆け上がったが、何も出来ない自分に気付いて呆然とした。


 優斗はそんな芽衣子の感情を知る由もなく、自分に出来る最善を尽くすべく、最近習い始めた外国語での会話を試していた。


 ハロー、ニーハオ、オーラ、ボンジュール。思いつく限りの挨拶を試す優斗だったが、その子は何の反応も示さなかった。


 そんな優斗を見て芽衣子も何かしなくちゃと考えて、胸を叩いて宣言した。


「メイコ!」


 するとボロ布の子は芽衣子の方を向いたように見えた。まだボロをまとっているせいで表情は分からないが、先ほどまでの震えは無くなったように見えた芽衣子は続けた。


「メイコ!」


 そういうと芽衣子は自分の胸をバシバシと叩き、自分の名前が芽衣子であると、伝えようとしていた。


「メイ?」


 ボロ布の子がそう呟いたので、コミュニケーションが取れそうだと安心しかけた優斗と芽衣子だったが、急に建物が揺れた。


「地震だ!芽衣子ちゃん頭を守って!屈むんだ!」


 優斗に言われて芽衣子は屈んだが、ボロ布の子はしきりに周囲を見渡していた。地震になれた日本人でも戸惑う大きさの揺れだった。地震の少ない国の出身なら焦るどころの騒ぎではない。


 始めは立っていた子だったが、急に揺れのが数段強くなり、やがて立っていられない程の揺れになった。


「危ない!!」


 優斗が子に駆け寄ってタックルすると、天井部分の一部が崩れてきた。


 揺れと共に様々な物が崩れたり転がる音が混ざり合っていたが、やがて揺れは小さくなっていった。


「ゲホゲホ!」


 土煙が舞っているせいで自分の居場所すら分からなくなった芽衣子だが、バチッという音と共に一瞬だけフロアが明るくなったのでおおよその検討がついた。


 建物の中央部分を見ると、登ってきた階段が無くなっていた。さらにはドラム缶が倒れて、中から液体が漏れ出していた。芽衣子はタマネギが腐ったような臭いを感じた。


「そんな…え、それより優斗君たちは?!」


 優斗達の居た辺りを見る芽衣子だったが、何も見えない。恐る恐る近寄ると、そこには大きな穴が出来ていた。


「ねぇ大丈夫?!」


 必死に声を掛ける芽衣子に、返事が返ってきた。


「大丈夫!この子もね!でも瓦礫に埋もれて閉じ込められた!誰か大人を呼んできて!」


 返ってきた優斗の言葉にホっとする芽衣子だったが、階段が無くなってしまったのを思い出した。


「そんなどうすれば…そっか、誠司たちにお願いすれば!」


 誠司たちの存在を思い出した芽衣子はフロアのギリギリに移動すると、砂場近くで伏せている弟たちが見えた。誠司の名前を叫ぼうとした所で轟音と熱風に吹き飛ばされて、芽衣子は意識を失った。



発電機の横のドラム缶にガソリンに引火し、爆炎が発生していた。








 先ほどの地震とは違う種類の揺れと、轟音を聞いた誠司は伏せていた顔を上げると、バスンという音と共に、目の前の砂山へ何かが降ってきた。


「え?メイ姉?」


 上へ登ったハズの姉が何故ここに?と混乱しかけた誠司だったが、芽衣子の後ろ髪が燃えているように見えたので、慌てて近寄ると砂を掬って髪の毛に掛けた。


「何してるの?」


 誠司が何をしているのか、次郎には分からなかった。


「火を消してるのさ!」


 何故すぐにそうしたのか、どこで知ったのか分からなかったが、砂で火が消せると知っていた自分を誠司は褒めてあげたかった。


「メイ姉!メイ姉!!」


「起きてよ!メイ姉!」


 弟たちが必死に声を掛けても芽衣子は目を覚まさなった。しかし、やがて振り始めた雨粒が彼女の額に当たると、彼女は目を開けた。


「誠司…?」


 芽衣子は混乱していた。先程までは建物の上から誠司と次朗を見下ろしていたハズが、今は目の前に二人が居る矛盾。


「え?ここはどこ?」


 さっきまで建物の上から誠司と次朗を見下ろしていたハズが、今は二人が目の前に居る矛盾に芽衣子は混乱した。


「よく分かんないけど、メイ姉は降ってきた。」


 その言葉にフロアで瓦礫が降ってきた光景を思い出した芽衣子はガバっと立ち上がった。頭からは砂と、燃えた髪の毛と一緒にサラサラと落ちてきたが、そんな事はどうでもよかった。


 先程まで自分が居た辺りを見ると、そこは断続的な閃光が走り、豪雨を物ともしない炎に包まれていた。


「そんな!だって!だって、まだあそこには!あそこにはまだ優斗君とあの子が!!!」


「え?ユウ兄が?!」


「お願い!誰か!誰か助けて!お願い!!誰か助けてよ!!!!」


 助けを求める芽衣子の声は激しい雨音に埋め尽くされて、誰にも届くことは無かった。








「誰か助けて!!」










 芽衣子は汗だくで叫びながら飛び起きた。


「え?ここは?」


 見渡すとそこは藤田家の居間だった。隣には心配そうに芽衣子を見る弟の誠司が居る。小学生の誠司ではなく、今や芽衣子の身長も追い抜いた誠司だ。


「メイ姉。大丈夫?またあの日の夢を?」


 自分が居間で寝ているのは分かったが、なぜ誠司の隣で寝ているのか考えた所で、ようやく芽衣子は異世界に飛ばされたのを思い出した。


「ええ。久しぶりに見たわね。きっとコレのせい。」


 顔の汗を拭うと、枕元に置いてあった口紅ケースを手に取って誠司に見せながら笑った。


「あの日、髪の毛が燃えて男の子みたいな髪型になっちゃったでしょ?それでみんなにイジられて、学校に行くのイヤだって言ったの。そしたらママが『このままでもキレイだよ』って。初めてメイクしてくれたのね。これ、その時の口紅ケースなんだ。」


 愛しい我が子を撫でる聖母のように口紅ケースを撫でる芽衣子だった。


「へぇ。…そういえばあれからずっとショートだったのに、今はメチャロングだよね。ショートが信条かと思ってた。」


「それは――ヘアサロンに行くのが面倒だっただけよ。もういいから寝るわよ。明日はヒロ兄からの連絡も来るんだから。」


 布団に身を投げだしてバスと音を立てる芽衣子だったが、誠司もヘイヘイと言いながら芽衣子の真似をして布団に倒れ込んだ。


 父の新之助は姉の叫びに起きなかったのかと気になった誠司が横を見ると、そこにはスマホで匿名掲示板に書き込んでいる父が居た。


 スレッド名は『ウチが家族丸ごと異世界に来ちゃった!』だった。









以上でシーズン1の第1話「やってきたのは異世界ですか」が終了です。


お付き合い頂き、ありがとうございました。



もしも「気に入った!」「続きが読みたい!」という方がいらっしゃいましたら、ブックマークを頂けると作者の励みになりますので、閲覧履歴からの読者様方もお手数とは思いますが御一考の程、何卒宜しくお願い致します。

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