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場面16 初恋と策略


 抜けるような青空の下、藤田家の縁側に置かれたラジオは最近の出来事について話していた。


 先日の天体ショー、そして公営賭博場で連日連夜で払い出されている高額配当に話題が移ると、野球ボールの直撃を食らってラジオから流れる声が停止した。


 「えー止まっちゃったよ。ついに壊れた?…あ、電池が外れただけっぽい。」


 まだ小学生の誠司はラジオに駆け寄ると、裏蓋を確認して電池を再びセットした。するとラジオは交通情報について話し出した。


「セージ!やっぱり庭でキャッチボールは無理あるって!窓ガラスに当たったらヤバイって!」




 松井次郎。




 藤田家とは家族ぐるみで付き合いの有る松井家の次男で、今日は誠司の所に遊びに来ていた。


「コントロールしろって!仕方ないだろ!外で遊ぶなって先生に言われたんだから!」


 鬱憤を晴らすように拾ったボールを投げようとした誠司だったが、肩に無駄な力が入ってしまい、ボールは殆ど真上に飛んでしまった。


「おぉー。すっぽ抜けたのに結構上がったなぁ。割と良い肩してるのに、何でリトルに入らないんだ?」


 関心しながらボールの行方を目で追う次朗。


「少年野球かぁ。ああいうノリってちょっと合わないんだよなぁ。それに周りより少し良いってだけ。上には上が居るさ。」


 やがて落ちてきたボールは地面に当たるとバウンドし、藤田家の玄関の方へ転がった。


 次朗が駆け寄って拾おうとしたが、玄関から出てきた誰かにボールを踏みつけられた。


「ちょっと次朗!なんでウチに来てるのよ!小学校は外出禁止令が出てたでしょ?!」


 藤田家の長女で、誠司の姉。芽衣子だった。


「別にいいじゃーん。お隣なんだからさー。学校より近いんだよ?ていうかメイ姉こそじゃん。何で家に居るのさ。中学で部活に入ったとか聞いたけど?」


「部活は中止!早く帰れって言われたの!変質者のせいでね!」


 数日前から『不信な人間を見た』として、誠司達の通う小学校では集団登下校と、子供だけの外出禁止令が出ていた。


 そして目撃証言の多さから、芽衣子の通う中学校でも『部活動の禁止』と『下校時間の繰り上げ』が本日より実施されてた。


「次朗も早く帰りなさいよ!」


 まるで八つ当たりのように次朗へ命令する芽衣子だったが、彼女は彼女なりに心配していた。


「えー。やだよ。家にはユウ兄も居るけど、ずっと勉強してるからツマンナイしさー。それよりボール返してよ!」




 松井優斗




 松井家の長男で、次朗の兄。


 芽衣子とは幼馴染で、小学校では6年間ずっと同じクラスだった。


 しかし優斗は都内の進学校に、そして芽衣子は地元の公立中学に進学した為、現在は接点も薄くなっていた。


「え?なんで優斗君が家に居るの?学校は?」


「創立記念日だってさ。朝からずーっと家で本を読んでるよ。」


「へぇそうなの…。」


 他の男子と違い、『女らしく』といった話を一度もしない数少ない人間だったので、芽衣子は優斗が好きだった。


「あんたたち。ちょっと優斗君を呼んで遊びなさいよ。」


 弟たちが優斗君を呼んでくれれば自分は優斗と一緒に遊べる。以前と同じのように。そう考えた芽衣子は命令した。


「ええー。俺たちが?どうする?」


「どうするったって、オレたちが『遊ぼう』って誘っても兄ちゃんは絶対来ないよ。『二人で遊んでおいで』って言うに決まってら。にいちゃんはインテリなんだって父ちゃん言ってたもん。」


 インテリが何かよく分からなかった次朗だが、父の言葉をそのまま受け売りしていた。


「だったら何か理由を考えればいいでしょ!頭を使いなさいよ!」


「頭だったらメイ姉こそ使った方が――「なんですって?!」――ううん、なんでもない!」


 つい余計な事を言いかけた次朗を芽衣子は睨みつけた。


「そういえばジローが何か言ってたよね。建設現場で知らない子がどうこうって。」


 キャッチボールをしてる時に次朗が話してた内容を誠司は思い出していた。


「ああ、うん。父ちゃんと母ちゃんが話してた。地区外れのマンション建設現場があるだろ。もうずっとそのままになってるやつ。あそこで町会の誰かが子供を見たらしいんだ。でも見かけない子だし、日本人じゃないっぽいって。だからフロージ?」


 眉間に指をあてて、思い出すポーズをしながら話す次朗は馴染みのない言葉で詰まってしまった。


「浮浪児ね。不審者の話は聞いてたけど、それは初耳だわ。」


「そうそれ。でも『今の日本に浮浪児なんて有り得ないから見間違いだろう』って父ちゃんたちは話してたよ。」


「よし、それで行きましょう!」


 一人納得する芽衣子に誠司と次朗は呆れた。


「それってなんだよ。ちゃんと説明してくれよ。」


「そーだそーだ!ちゃんと説明しろー!」


「うっさいわね。説明するわよ。つまりこう。あんたたちはその子供を探しに行くと言って話を聞かない。このままじゃあんたたちだけで勝手に行きそうだから、あたしが監督になる。けどあたし一人じゃ不安だから優斗君も必要。っていう案で、どう?」


 腕を組んで名案でしょといったドヤ顔の芽衣子。


「おお、メイ姉にしてはちゃんとしてる。」


「そーだそーだ!メイ姉にしては名案だー!」


 話としてはおかしくないし、これなら優斗も来るしかないと思った誠司だが、1点だけ気に食わなかった。


「けど、完全に俺たちを利用してるよね。なんで俺たちがそんな事しなきゃいけないのさ。」


「そーだそーだ!オレたちに何かよこせー!」


「わかったわよ。じゃあ協力してくれたら、このボールを返します!」


 踏みつけていたボールを拾い上げて芽衣子は提案した。




 出された条件について、誠司と次朗はヒソヒソと相談を始めた。


「なぁコレってどうなんだ?」


「人のモノを返すて、それ当たり前じゃないの?」


「俺知ってるよ。こういうのをマッチポンプっていうんだ。」


「でも断ったらどうなるの?」


「ボールは永遠に没収される。そしてジローがウチに遊びに来てた事は学校に密告されるだろう。俺らの担任って、メイ姉の6年生の時も担任やってたからな。速攻だ。」


「チクリじゃないか!」


「条件を変えてもらうか?でも条件を変える為の別の条件を出してくるぞ。きっとだ!」






「オホン!」


 芽衣子の咳払いが庭に響いた。


「そろそろ相談はいいかしら?!」


 顔を見合わせる誠司と次朗は、ほとんど同時に頷き、芽衣子の質問に答えた。


「やるよ。」


「よし、じゃあ優斗君を呼んできて!あたしは先に行ってるから!」


 二人に命令した芽衣子は庭先の自転車に飛び乗ってマンションの建設現場に向かった。


 畑の間を自転車で滑走する芽衣子。その心は晴れやかだったが、空は暗い雲に覆いつくされていた。






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