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場面15 帰国当日

 芽衣子が首筋に温もりを感じて目を覚ますと、そこは布団ではなく、ベッドの上だった。


 ベッド横のテレビは電源が入ったままで、北米大陸の天気図を映していた。赤毛のニュースキャスターは棒で図を指しながら英語で解説している。


 ここはどこだっけ?と見渡す芽衣子だったが、自分が枕代わりにしている左腕にピントが合い、その手首に彫られた真円の黒い2個のタトゥーを認識すると、自らの過ちを頭痛と共に気付いた。


「あちゃー…なにしてんのよ。あたしは…。」


 ズキズキと痛む頭に手を添ながら芽衣子は身を起こし、昨夜の出来事を思い出そうとした。


「確かケヴィンにお別れを言おうとして――。その前に景気付けにバーへ寄って、お酒を飲んで。で…ダメ。思い出せない。」


 芽衣子が思い出せた光景といえば、バーのカウンターに置かれた複数のショットグラスだった。


 部屋の入口を見ると自分のキャリーバッグが有ったので、ほっとした芽衣子は裸で隣に眠る男、ケヴィンを眺めた。




 ケヴィン・マクドネル




 海兵隊の協力下で制作されたミリタリー映画。芽衣子はスタントマンとして参加し、ケヴィンは海兵隊の現場指揮官補として参加していた。ケヴィンからの猛アタックによって、二人は付き合うようになった。


 ケヴィンは若くして勲章を授与されており、同年代よりも上の階級に居たが、軍に興味ない芽衣子にはどうでもいい話だった。


 穏やかに寝息を立てるケヴィンを見て、小さな幸せを感じてしまった芽衣子は横顔から視線を逸らすと、鎖骨と首周りの痣が目に留まった。


 勲章授与の対象になった出動の際に受けた傷だとケヴィンから説明されたが、芽衣子には弾痕よりも、ずっと気になるものがあった。


 右肩に彫られた菩薩のようなタトゥーだ。


『ボクのエンジェルさ!よく覚えていないけど!キシモジンって言うらしいよ!それに少しメイに似ているだろう?』


 初めて見た時に嬉しそうに話すケヴィンだったが、芽衣子は『エンジェルなら羽の生えた赤子でしょ?それにあんた教会に世話になったとか言ってたし!だったら菩薩じゃなくて、なんでマリア様じゃないのよ。』とツッコミを入れていた。


 確かに少し自分に似ている気もした芽衣子だったが、それは菩薩特有の微笑――いわゆるアルカイックスマイル――ではなく、満面の笑みといった表情だからだと思った。


『あたしは子供の頃から髪はずっとロングにしてないし。』


 菩薩はロングヘアで、ショートな芽衣子とは全く違ったが、している時は自身の罪を見透かされているようで、芽衣子はつい掌で菩薩の顔を覆うのが常になっていたのを思い出した。


「これからはまた、あんたがゲヴィンを見守ってあげてよね。こいつ強いみたいだけど、抜けてるトコあるから。」


 言いながら菩薩の髪の毛の部分に指を添わせる芽衣子だったが、触れられてムズ痒くなったのかケヴィンは「うぅーん」と唸りながら寝返りを打って仰向けになり、目を覚ました。


「おはようメイ。コーヒー飲むかい?」


 目を擦りながら上体を起こすケヴィンはハグをしよう腕を広げたが、芽衣子に手で制止された。


「じゃあいつものでお願い。ねぇ、それより昨日あたしたちって――。」


「OK、デカフェだね。何も無かったよ?その証拠にほら。シワになるといけないから服は脱がしたけど、メイの下着はそのままだろ。」


 ハグを拒否されたケヴィンだったが、さして気にしなかった。広げた両腕をそのまま伸ばして大あくびをして、そのままベッドサイドのスリッパに足を通した。


 芽衣子は自分の胸元を見た。そこには確かにFカップサイズのブラに収まった自分の胸が有り、腰に手を回せばショーツも履いたままだった。


「それにしても昨日はどうしたんだい?メイにしては珍しくアルコールを飲んてきたみたいだし。ウチに来るなり『帰る!』って繰り返して。あれはまるで壊れたレコードプレイヤーだね。」


 ケヴィンは首を回してゴキゴキと鳴らすと、ハハハと笑いながら立ち上がった。


「そんなに酔って…よくココまで来れたわね。あたし。で、その後どうしたの?」


「水を飲ませようとキッチンに行って、戻ってきたらメイはベッドで寝てたよ。」


 ケヴィンは微笑みながら芽衣子の頭をクシャクシャと撫でると、キッチンに向かった。



 芽衣子は自分が何故ケヴィンの家に来たか思い出した。右足をベッドに投げ出した。そこには大きな稲妻のような傷痕が有った。




 よく有る話。



 そう、よく有る話だった。芽衣子はスタント撮影の最中にバイクでスリップした。立て直そうとしたが車体は横滑りしてハイウェイの側壁にバイクごと激突した。


 壁とバイクに挟まれた右足だったが、足は幸いにも切断は免れた。その後はリハビリの成果も有って日常生活が送れるまでに回復していた。


 しかし以前のようなアクロバティックな動きやバイクのブレーキ操作といったスタントに必須な動きは不可能になっていた。芸能事務所からも『スタント以外の道を模索しなければ契約打ち切り』と最後通告が出てしまった。


 どうするか悩みに悩んだ末に、芽衣子は最初から分かっていた答えを出した。




「はい、デカフェの砂糖無しだよ。」


 キッチンから戻ってきたケヴィンは両手にマグカップを持っていて、片方を芽衣子に差し出すと微笑んだ。


 その笑顔を直視出来なかった芽衣子は受け取ったマグカップから立ち上る湯気を見ていたが、意を決して話し始めた。


「ケヴィンあのね。…お別れを言いに来たの。」


「まだ付き合い直してなかった思ったけど、また別れるのかい?いいよ。これで何度目だろう。いや、何度だって構わない。ボクはまたココでメイを待っているから。」


 別れてはヨリを戻してを繰り返していた二人だったので、ケヴィンは毎度の事と考えて、ゆっくりとコーヒーを味わい始めた。


「ううん。今回は違うの。あたしね、やっぱりダメみたい。だから帰るの。日本に。」


 泣きそうになっている自分の震える声に気付いた芽衣子は、誤魔化すようにコーヒーに口を付けた。


 これまで見た事が無い程に小さくなっている芽衣子と、その右足を見たケヴィンは何と声をかけていいのか分からなくなってしまった。


「リハビリも、もうこれ以上は良くならないって言われた。エージェントからは契約打ち切りだって。ビザも無くなるから、この国には居られないの。だからケヴィン。あなたにお別れを言いにきたの。」


 芽衣子の持つマグカップの水面が揺れた。


「なんだ。問題ってそんな事かい?」


 呆れ顔のケヴィンをみた芽衣子は無性に腹が立った。自分はこんなにも悩んでいたのに!と。


「そんな事って何よ!そもそも私がどんな気持ちで此処に来たと思って――」


 怒ってベッドから立ち上がろうとした芽衣子だったが、メヴィンは自分の口に人差し指を立てて、『お静かに』といったポーズをして芽衣子を制止した。


 そして持っていたコーヒーをベッドサイドテーブルに置き、その引き出しを開けて小箱を取り出した。


 ケヴィンは片膝をつき、小箱を開けた。



「結婚して欲しい。」



 小箱にはダイヤの指輪が収まっていた。



「え、プロポーズ?!何を言っているの。あなた正気?これまでそんな…話した事なんてなかったじゃない。」


 芽衣子とケヴィンの間では結婚の話など一切無く、それ故に芽衣子は半分は遊ばれているのかもと思っていた。


「何を言っているんだい?結婚の話を露骨に避けてたのは芽衣子じゃないか。テレビのブライダル特集が流れれば、すぐにチャンネルを変えてたし。」


 言われて確かにそんな事をしてたような気もした芽衣子だった。自分には結婚をする権利など無いと思っていた。しかし何故このタイミングなのか芽衣子は分からなかった。


「本当は次に付き合った時に、メイの誕生日でプロポーズするつもりだった。今はビザを気にしてるみたいだけど、ボクと結婚すれば永住権が手に入る。気長にリハビリをしながらシネマの世界に戻れるように頑張ればいいのさ。だろ?」


 なるほどと芽衣子はケヴィンの提案に納得し、二人の将来に思いを馳せたが、どうしても受け入れられなかった。


「ありがとう。とても嬉しいけど、でもダメなの。」


 どこか悲しみのある芽衣子の微笑みにケヴィンの胸は締め付けられた。


「何がダメなんだい?ボクが昔、男と付き合ってた事が気になるの?メイと知り合ってからはメイしか目に入らないのに。」


 ふとした事でケヴィンがバイセクシャルと知った芽衣子だったが、それは大した問題じゃなかった。


「それを100%気にしてないと言ったらウソになるわね。でも過去にどんな人と付き合っていたかは気になるものでしょ?そんなレベル。」


 ケヴィンの指輪を持った腕は枯れた樹木のように垂れ下がり、この世の終わりといった表情になっていた。


 芽衣子も持っていたコーヒーをベッドサイドテーブルに置くと、ケヴィンに近寄って抱きしめながら告げた。


「あなたの事は大好きよ。それは信じて。大好きで大切だからこそ、あなたとは対等で在りたいの。今ここであなたのプロポーズを受けたら、それはあなたから施しを受けるのと同じになってしまうと思うの。それにあたしは多分子供が出来ない体だし、幸せになる資格も…。」


「やっぱりまだ()()()()を気にしてるのかい?何度も言うけど、あれはメイのせいじゃないよ。」


 真剣な眼差しをしたケヴィンの青い瞳に、芽衣子は子供の頃の光景を思い出していた。










バイセクシャルのケヴィン登場です。


「バイセクシャルって何?」という方の為に補足しておくと、この世界の中では『肉体、精神、服装の全てが同一の性で、恋愛対象となる性別は男女両方』としていますが、言い方も含めて乱暴な定義になっているので、くれぐれもリアルと混同しないで下さい。


ケヴィンを例にすると、『ペニスを持ち、男性と自認し、ネクタイを締めて、男性も恋愛対象になる』となります。



今後も何人かLGBTのキャラクターが登場します。彼らを蔑む愚者キャラは登場させるつもりですが、作者である私の意図として、リアルのLGBTの方々をバカにするつもりは一切有りません。


むしろ「ヒッチコックってどうなの?」とか思っています。


私の知識としては薄いです。

しかし「厚い知識を持たなければ創作してはならないか」と問われれば、それも違うと思っています。


私は創作活動をする人間として生後2ヶ月のヒヨッコです。これはあくまでもフィクションです。

しかし「だから許して」と開き直るのも違うと思っています。


とは言え物語にとって起承転結は必要なので、『起』や、『承』だけで判断されるのも違うと思っています。


この物語の主人公である誠司のテーマは"信頼"になっています。


なので、作品の中で「それはダメでしょ」と思われる表現が有った時は、もし可能なら私を"信頼"し、物語の『結』までお付き合い頂き、その上でご判断を頂ければ幸いです。




しかしこれはあくまでも私の希望です。


もし「どうしても我慢ならん!」という時は、該当する表現の場面にて【感想を書く】をクリックし、ご意見を投稿ください。

全てに応える保証は出来ませんが、プロットに外れない限りは善処する所存です。

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[一言] 続きが読みたいです。更新を楽しみにしてます。
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