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場面14 初夜は闇鍋

「もう一回やるわ!!」


 憤慨ここに極めりといった様子で玄関に向かう芽衣子だったが、誠司がその足元を見ると泥だらけの素足だった。


「メイ姉!足拭いて上がれよ!おい!ちょっとぉ!――いや、ダメだな。あれは。」


 姉は既に頭に血が上って耳を貸さない状態だと分かった誠司は、俺が掃除するのかよと頭を抱えた。


「いっくぞー。シャザーーム!」


 先ほどと同じように叫んで芽衣子が飛ぶと、また同じように変身し、着地すると元の姿に戻っていたが、誠司は何かが引っかかっていた。


「何よこれ!時間制限って事?!数秒じゃ何も出来ないじゃない!」


 三度玄関に向かい、叫ぶ芽衣子。まるで同じ動画をリプレイしたようだったが、おかげで誠司には違和感の正体が分かった。


「――なぁ何で微妙に違うんだ?」


「何よ!文句?!」


 誠司の問いに対し、完全に喧嘩腰の芽衣子だったが、誠司は冷静に会話を続けた。


「服というか、恰好だよ。最初はメイ姉が叫んでたスーパーヒーローそのままかと思ったけど、よく見たら違うんだよ。こう――やっつけ仕事の衣装というか、ただ似せただけというか。一言でいうとニセモノ、パチモノ、バッタモノ、マガイモノ?」


「何が一言よ!4つじゃない!でも――言われたら、そんな気も…。ちょっとあんたのスマホで動画を撮りなさい。」


「いいよ。って、もう電池がヤバイ。親父のスマホ貸りるよ。」


「ああ、いいぞ。それで神父様。その王都という場所までルートですが――」


 芽衣子は心配なさそうだと判断し、スマホを誠司に渡した新之助はテーブルの上に放置されていたスケッチブックを取ると、王都までの道のりを神父とアンナから聞き取り始めた。




「キャア!!」


 しかし新之助の聞き取りは叫び声によって中断された。


 新之助たちが声の方を見ると、それまでは地面へ綺麗に着地していた芽衣子が地面にキスする形で体制を崩しており、全身ドロまみれになっていた。


「なんだどうした?!」


 新之助たちはガーデンテーブルから立ち上がって芽衣子の元へ駆け寄ると、呻き声しか出せない芽衣子に変わって誠司が答える。


「何故か分からないけど、変身時間がさっきよりずっと短くて――生身で落ちたみたいだ。」


 新之助が芽衣子の足を見ると踝から先が曲がっているように見えた。


「これは、医者に――いや、居ないのか!」


 掛かりつけの病院に運ぼうと思った新之助だったが、ここが異世界だった事を思い出し、妻を亡くした時の経験のせいか様々な光景が走馬灯のように脳内を駆け巡った。しかし、何の対策も思い浮かばなかった。


「私が治します!一瞬だけ痛みますよ!」


 アンナが足の甲を持ち、正しい方向へ無理矢理ひねると芽衣子の顔が苦痛に歪むが、淡い光が足を包むと芽衣子の眉間に出来た皺も消えていった。


「ありがとうアンナちゃん!これで2度目ね!」


 アンナを抱きしめようとした芽衣子だったが、泥だらけの自身を見ると微笑むだけに留めた。


「いいえ、私に出来るのはこれくらいしか有りませんから。それよりも、気持ちは分かりますが無茶はいけませんよ?」


 子供を叱る母親のように優しく諭すアンナを見た誠司は、何か気恥ずかしさのようなモノを感じていたが、その感情が何なのかよく分からなかった。


「お父様方も。四大魔法以外の魔法を発動出来た人は、その性能や条件を確かめる為に無茶をしてしまうので、注意して見ていてあげて下さい。」


 いいですね?と目で訴えかけるアンナに、誠司と新之助は深く頷いた。


「芽衣子はとりあえず泥を落としてきなさい。風呂釜にはまだ昨日のお湯があったから。火が使えるなら沸かせるだろ

?」


 何度か風呂のリフォームを検討していた新之助だったが、この時ばかりは電力無しに追い炊き可能なバランス釜で良かったと思った。


「えー残り湯かぁ。まぁ仕方ない。ねぇ誠司。お風呂の水をどうにか出来ないか考えておいて?もしくは毎日井戸の水を入れておいて?」


 猫撫で声で半分無茶振りをする芽衣子に、誠司は変顔で応えると姉のチョップを食らっていた。


「ああ、それとお前の魔法を撮影した動画だけど、知り合いに見せてもいいか?」


 姉とその弟のじゃれ合いを無視して新之助が聞いた。


「別に公開したっていいけど?もう私の顔なんて名前で調べたら少しは出てくるから今更だし。でもどうして?」


 芽衣子に問われて遠慮がちに新之助は答える。


「神父様たちの前で言うのは憚られるが――医者や病院の無いこの世界に居続けるのはリスクでしかないと私は思っている。なのでこの際、手段は選んでられないというか…とりあえずは私の職場に何か手は無いか聞いてみる。」


「え?役場に?誠司どう思う?」


「警察と同じように信じて貰えないか、たらい回しにされるような…でも職場の人間からの話なら少し違うかも?親父もそう思ったんだろ?」


「ああ、とりあえず上司と同僚に相談してみる。これでも30年以上は真面目に働いているんだ。無碍にはされないだろう。…まぁ正気を疑われる可能性は有るけどな。でもお前たちの安全と引き換えには出来ないさ。」


「なによーお父さんカッコイイじゃない!」


 ヒューヒューと新之助を煽てる芽衣子に、まんざらでもない様子の新之助だった。


「ではそういう事で、俺は今で職場に電話してくる。神父様、アンナさん。本日はありがとうございました。私はこれで一旦失礼します。」


 深々と頭を下げると新之助は玄関に向かった。


「それじゃあたしもお風呂行ってくるわー。アンナちゃんまたね!神父さんも!」


 芽衣子も玄関に向かったので、残された誠司はどうしようかと考えた。ふと空を見上げると、もう夕焼けに染まっていた。昼飯を食べ損ねたから夕飯は豪勢にするかと考え、どうせなら新しいご近所さんも誘う事にした。


「よかったら夕飯をご一緒にどうですか?」


「有難い申し出ですが、マウロ――この子の弟をここに連れてくる訳にも参りませんので遠慮しておきましょう。」


 病気で臥せっている弟を完全に忘れていた誠司は己の配慮の無さを悔いた。


「もし何かあれば教会に来てくだされば、出来る限りの事は致しましょう。ではこれにて。」


「あ、はい。今日はありがとうございました。」


 神父とアンナを見送った誠司は家の中に飛び散った泥の掃除を始めた。




 掃除が終わると、次に食糧庫へ行くと冷凍庫から肉を取り出してバスケットに入れて、今度は台所に向かった。


 台所の冷凍庫からシーフードミックスや冷凍うどん、グラタンなどの傷みやすい冷凍食品等を詰めるとバスケットが食料で溢れていた。


「さすがに多いな…でも腐らせるくらいなら料理しちゃった方がいいよな。」


 誠司は無理矢理だが自分を納得させると、今度はカセットコンロなどの調理器具を取り出してバスケットに詰めて庭先のBBQコンロに向かった。


 持ってきた食材や道具を一度テーブルに置き、コンロの蓋と網と取ると、炭と一緒に入れておいたマッチとジッポオイルを使って手早く炭に火を付けた。


「おし、次は肉を切り出すか。」


 まな板に肉塊を置くと、適度に解凍されていて包丁がスムーズに食い込んでいった。


 肉を切り分けながら筋張った硬い部分を削ぎ落していった結果、まな板には美しいステーキ肉が並んでいた。




「わお、ダディクール!こいつなら三ツ星の店に出したって恥ずかしくないや!ああ、そうだろう。なんたってコイツは男の仕事だからな。」


 興が乗ってきた誠司は一人芝居を始めていた。


「しかしな。コイツはまだ完璧とは言えない。なぜか分かるか?ううん、ボクわかんないや。それはな、誠司サンの特製スパイスに包まれてないからさ!ハハハ!」


 小瓶から粉を手に取り、肘を立てつつ粉を顔の横に持ってくると、手を擦って少しずつ粉を落とすが、その粉は一度誠司の腕をバウンドしてから肉に降り注いだ。


「しかしこの魔法の粉でこいつらもネバーランドにひとっ飛びだぜ、グヘヘヘ!」


 危ないお薬の売人でモノマネを開始した辺りで誠司の後ろからオホンという、わざとらしい咳払いが聞こえた。








「あんた何やってんの?」


 誠司の後ろには風呂上りの芽衣子が居た。






「――えっと、夕飯の準備を…。」


「そんなの見てたら分かるわよ。さっきの粉のくだりは何?」


「あれは『塩振りおじさん』っていう人の――え?いつから見てた?」


「ダディクール!の所から?」


「ド頭じゃねーか!いいよもう!突っ立ってないで皿とラップを持ってきてくれよ!あと親父も呼んできて!!」


「へーい。」


 逆切れする事で羞恥心を吹き飛ばした誠司は肉をコンロに並べると、今度はカセットコンロにフライパンをセットした。


「さて、残ったコイツラをどうするか…。」


 バスケットへ雑多に詰め込まれた冷凍食品を睨んでいると、芽衣子と新之助がやってきた。


「おまたせー。」


「BBQなんて何年ぶりだろうな。」


 新之助もヤカンでお湯を沸かして身を清めてきたのだろう。妙にこざっぱりとしていて、その首には湯気の出るタオルが巻いてあった。


「悪いけど親父は肉を見ててくれないか。もう殆ど煙も出ないと思うからさ。メイ姉は座って皿にラップを巻いてくれよ。」


 災害時に皿洗い用の水を使わない工夫としてラップが用いられていたので、誠司は今回もその方法でいきたかった。


「――よし、とりあえず全部ぶち込んで炒めるか。」


 誠司はカセットコンロに火を付けるとフライパンを熱し始めた。


「わかってるわよ。触らないわよ。それよりフライパンで何作るの?」


 ガーデンテーブルに座ると、ラップを更に巻きながらバスケットを覗き込む芽衣子は不安そうに誠司に聞いた。


「うーん。シーフードクリーミー…色々炒めうどん。」


「ちょっと今の間は何?!」


「まぁまぁ芽衣子。誠司の作る食事ならきっと大丈夫さ。」


 心配する芽衣子だったが、新之助は肉の焼き面を返しながら笑っていた。


「不味かったら責任取りなさいよねー。」


「いいや、連帯責任を押し通しますー。」


 軽口を叩き合う子供たちを見て、新之助は『住めば都』という言葉を思い出していた。


「よし、肉が焼けたぞ。どうする?皿に乗せるか?」


「いや、皿の上でナイフを使って巻いたラップが切れたら皿が汚れるから、まな板で一口サイズに切ってから並べて欲しい。」


「なるほどな。了解。――おお、この肉って良い肉だろ?肉汁が凄いぞ!」


「そうなんだよ!俺のソロキャンで少しずつ食うつもりだったんだよ!自分へのご褒美だったんだよ!なのにー!あ、二人とも先に食ってていいよ。こっちはまだ終わらないから。」


 やけくそ気味にフライパンを振るいつつ、次々と食材を入れていく誠司を芽衣子が更に煽る。


「残念だったわね!じゃ頂きまーす!」


「すまんな。頂きます。」


 新之助もガーデンテーブルに座るとステーキを食べ始めた。



「「うまい!!」」





 芽衣子と新之助はあまりの美味しさにガツガツと肉を食べ始めた。


「当たり前だろ。A5ランクの和牛だっての。いつも食ってるアメリカンプライムの20倍は高いっての。――おし、こっちはもうこんなもんでいいか。」


 使い捨ての銀の大皿へフライパンで炒めていたものを注いでガーデンテーブルに置くと、着席した。


 テーブルの中央にドンと置かれた"料理らしきモノ"を見て硬直する芽衣子と新之助だったが、誠司は構わずにまずは肉を食べた。


「あーちくしょ旨いな、これ。ビールが呑みたくなるぞ!」


「まぁ今は非常事態だからな。それに冷えてるビールもないだろう。それより誠司。これは――味見はしたのか?」


 新之助が示す指の先には洋食か和食か、それ以前に食事か生ゴミかも怪しい物体が有った。


「味見はしていない!何故なら闇鍋状態だから!」


 威張るように開き直った誠司がそこには居た。


「え?お父さん闇鍋って何?」


 闇鍋を知らない芽衣子に新之助が説明を始めた。


「闇鍋というのは事前打ち合わせナシに各自が好きな食材を持ち寄って、暗闇の中でその食材を鍋に入れる料理――いや、料理ではないな。食べ物を大切にする日本人にあっては禁忌中の禁忌とされている悪行だ。」


「その通り!この非常事態にあって選り好みをする余裕などない!ただ腐らせてしまうなら全て混ぜて食ってしまおうという事だ!皆の衆!さあ食うぞ!!!」


 見切り発車で闇鍋になった現状に責任を感じた誠司は切り込み隊長として"料理らしきモノ"に挑んだ。


「いいじゃないのさ!その勝負乗ってやるわよ!」


 誠司のノリに同調した芽衣子もフォークとスプーンを突き刺すと大量に自分の皿へと取って食べ始めた。


「アハハハ。分かったよ。父さんも付き合おうじゃないか。」


 新之助も箸で自分の皿に料理モドキを取ると、食べ始めた。








「「「………」」」







 3人とも一様に苦悶の表情を浮かべていた。


 最初は咀嚼していたが、次第に顎の動きが緩やかになり、やがて止まった。


 何とかして飲み込もうとする意思を持つが、体が拒否反応を起こしていた。





「「「ゴクン」」」




 体の拒否反応を強引に抑えて飲み込んだ3人の額には脂汗が浮かんでいた。


「ちょっと誠司なによこれ!くっそ不味いじゃない!どうやったら!こんな!味に!なるのよ!」


「いやぁ――すごいなこれ。何か未知の化学反応でも起きたんじゃないかってくらいに不味いでやんの。ナッハハハ!」


「ナハハじゃないのよ!どうすんのコレ!この量!」


「藤田家ファイ!」


 芽衣子の詰問を無視した誠司は2口目に取り掛かった。


「まぁ毒じゃないんだ。なんとか食べようじゃないか。」


「ちょっと誠司に甘くない?…分かったわよ。食べるわよ。」


 苦しみながら食べる子供を見ながら新之助は妻がまだ生きていた頃を思い出していた。そういえば昔もこんな事が有ったな、と。


 家族を守る為、必死に働いてきたつもりだった新之助だったが、落ち着いて振り返ってみると、妻が死んでからは家族の思い出を作って来なかった事に気付いた。


 特に末っ子の誠司は幼かったのも有ったが、我慢を強いる場面も多かったのでは?そう思った新之助から自然と謝罪の言葉が出ていた。


「誠司すまん。」


「いや、謝らずに親父も食ってくれよ。まだこんなに残ってるんだぞ。」


 父の言葉の意味を知る由も無かった誠司は食事の続行を促すだけだった。


「ああ、そうだな。珍しく失敗作になった誠司の料理を思い切り食おうじゃないか。」



 こうして後に姉が『史上最悪の失敗作』として永遠のネタとする料理を、3人は何とか食べ切った。



 もう外は暗いからという理由で食事の後片付けは明日に回された。


 家の中も暗かったが、誠司は台所のヤカンでお湯を沸かすと風呂場に持っていき、頭を洗うとタオルで簡単に体を拭き取った。


 何かしようにも暗くてはどうしようも無いとの結論になり、早々に就寝が決まったが、異世界に転移という非常事態初日なので全員が集まれる居間で寝る事になった。




「みんなで枕を並べて寝るって何年ぶり?なんかテンション上がるんですけどー。修学旅行みたいな感じ!」


 誠司が横たわる布団の先。ランタンの明かりに浮かぶ芽衣子の顔にはキラキラと子供のような瞳が輝いていたが、疲れ切った誠司は適当に返事した。


「先生に怒られるぞー。早く寝ろー。電気も消すぞー。親父も消していいかい?」


「ああ、いいぞ。」


 誠司を挟んで芽衣子とは反対側の布団で、殆ど意識を手放しかけていた新之助は返事をした。


 枕元のランタンを消そうと、誠司はうつ伏せになって腕を伸ばすした。するとパジャマ代わりのシャツの裾が持ち上がり、誠司の背中が露わになった。


 その背中には『藤田新之助』という名前がタトゥーのように刻印されていたが、薄暗さもあって誰も気付く事が出来なかった。


 パチっと音がするとランタンの明かりは消えて完全な暗闇になり、壁時計の中で進む秒針だけがカチカチと音を響かせていた。


「おやすみ」


 誠司は再び仰向けになって布団を掛けると、その両サイドから「おやすみ」と声が返り、3人とも眠りにつくと、芽衣子は過去の記憶を夢に見た。

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