場面13 王国の制度と、発露した姉の魔法
今回は長めです。
「お父さんはちょっと落ち着いて。いくつかの民家が教会の向こうに見えましたけど、そこには誰も?」
誠司が庭に戻ってくると、新之助を落ち着かせながら芽衣子が神父に質問をしていた。
「この村は病気が流行ってしまった。逃げられるものは逃げ、今は我々しか居ない。あなた方も元居た場所に帰った方がいい。」
本気で心配する神父の顔には悲痛な叫びのように皺が走っていた。
「戻れれば我々もそうしたいのですが、方法が分からないので…。我々のような人間が過去に居た、といったお話をご存知ですか?」
一縷の望みを託して問う新之助だったが、神父は首を左右に降るだけだった。
「そうですか…。む?皆逃げたというお話でしたが、しかしあなた方はまだこちらにいらっしゃる。それは何故ですか?」
当然の疑問を投げかける新之助だったが、神父は諦めきった顔で答えた。
「我々はソラル教ですが、オラジャ教からの依頼を受けてこの村に来ています。オラジャ教は国から神事を任されていますが、このような辺境には別の宗教関係者に依頼して派遣するのです。オラジャ教には異動願いを送りましたが、返事は『国からの許諾が得られない』の一点張りで、動くに動けないのです。」
「え?オラジャ教?失礼、ちょっと話が良く分からないのですが――」
神父の説明に混乱する新之助だったが、誠司が助け舟を出した。
「つまりは多重派遣だろ。発注者が国で、1次受けが株式会社オラジャ。で、オラジャが2次受けのソラル社に発注したと。ここまではOK?」
「ああ、そういう事なら、まぁ。」
今度は神父は何の話か分からなかったが、目の前の青年が噛み砕いて説明をしようとしているのは分かったので任せた。
「で、問題が起きたから現場から上位会社に中止を求めたけど、発注側からのOKが貰えないから中止不可って感じだろ。」
新之助は道路課に所属していた時に責任の所在確認の為に作業者を長時間待たせた経験を思い出して納得し、頷いた。
「どうして宗教団体間で人材派遣という名前の奴隷商っぽくなってるのか。要は『どんなメリットが有るのか』が分からないけど。」
答えの予想は出来たが、不明点を神父に問う誠司。
「我々ソラル教はオラジャ教に協力することで邪教認定を免れているのです。また我々が派遣されれば協力金も得られる。しかし勝手に派遣先から逃げては多方面に迷惑がかかるのです。」
殆ど自身の予想通りだった誠司は余計な事を言ってしまう。
「どうせ"協力金"っていうのも国から貰った金からガッツリ上前をハネて、"残りカス"を渡してるんだろなぁ。」
「どうしてそれを!」
ずっと黙っていたアンナが驚きと怒りの混じった声を上げたので、誠司も思わず驚いた。
「こらアンナ!それはあくまで噂に過ぎない!」
諫める神父だったが、アンナは治まらずに立ち上がって叫んだ。
「しかし神父様!公然の秘密ではありませんか!なのにそれを訴えようとした司教様は――「黙りなさい。」」
荒ぶるアンナは神父の凄みのある声に竦み、再び椅子に座った。
「申し訳ありません。」
しゅんとして小さくなるアンナだったが、誠司は(現代日本も十分に中世レベルだよなぁ)などと考えていた。
「もしかしてアンナちゃんの弟が罹った病気って?」
教会で弟が臥せっていると聞いて気になっていた芽衣子が問うと、アンナは頷いた。
「はい。弟も病魔に侵されました。先週から症状が出ています。」
悔しそうに唇を曲げるアンナを見て一瞬迷ったが芽衣子は続けて質問した。
「その、看病はしなくても大丈夫なの?あなたたちしか居ないのよね。この村。」
「はい、これまで薬草など手は尽くしました。稀に回復する者も居ましたが、どうやら自らのチカラで乗り越える以外に無いかと。」
何も出来ない自らを責めるようにアンナはテーブルの上に置いていた両手を強く握り込んだ。
「それはあなたの治癒魔法でもダメなの?」
「何?治癒魔法を使ったのか!?」
突然神父がアンナを問いただしたが、その剣幕に違和感を感じた藤田家の面々だった。
「はい、こちらの芽衣子さんに中級治癒を。ごめんなさい」
「いや、中級なら良い。」
神父が納得すると、アンナは芽衣子の問いに答える。
「私の治癒魔法も試しましたが、症状は寧ろ悪化しました。」
涙目になりつつあるアンナを見て芽衣子も涙腺が緩んできたのを自覚した。
静かになってしまった場を仕切り直すように新之助は神父に質問を投げた。
「私たちばかりお聞きして恐縮ですが、この国や通貨などをお聞きしても?」
「ええ、動くに動けない者同士、何かお力になれるなら何でも聞いて下され。」
芽衣子の質問に笑顔で答える神父。
分かった事としては、藤田家が転移してきたのはエルエニルと呼ばれる世界だった。
星の名前かと聞いても神父が星の概念を解さなかった為、誠司らは星の名前がエルエニルとした。
今居る国の名前はマーロ王国で、通貨の単位もマーロであると分かり、覚えやすくて助かったと誠司は胸を撫でおろした。
どんな体制か、身分制度など有るのかと聞いた所で、貴族制度と、魔法による階級制度が有るとの事だった。
「火、水、土、風。これら4つの魔法を総称して『4大魔法』と呼んでおりますが、階級はこれが関わってきますな。」
「ちょ、ちょっと待って欲しい!ややこしくなりそうだからメモを取ってくる!」
誠司は再び納屋に向かうと、学生時代に使っていた文房具や教科書などを収めた箱を開けた。
そこからスケッチブックと筆箱を取り出すと庭に戻った。
「お待たせ!それじゃ続きをお願いします!」
誠司がスケッチブックを開いてキャンプチェアに座ると、アンナは物珍しそうに筆箱を見てスケッチブックを覗き込んだ。
現在のマーロ王国では国民が大きく分けると4段階の階級になっているとの事で、誠司はスケッチブックにまとめた。
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■上級国民[アッパー]
┣1等国民:本人が四大魔法のいずれかを行使可能かつ貴族
┗2等国民:本人が四大魔法を全て行使可能。もしくは貴族(魔法が一切使えなくても生まれが貴族なら2等よりも下に行く事は永久に有り得ない)。
■中級国民[ミドル]
┣3等国民:本人が四大魔法のいずれかを行使可能
┗4等国民:本人が何らかの魔法を行使可能
■下等国民[ボトム]
┗5等国民:両親のどちらかが何らかの魔法を行使可能
■非国民[アザー]
2代以上連続で魔法の行使不可能者。
もしくは一定年齢(30歳)以上に達していても異性の伴侶を作らない、または子を成さないヒト。
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「こんな所かな」
「そのうちVちゃんも"アザー"になっちゃうんじゃないのん?」
「うっせーわ。この定義ならメイ姉もチェックメイトの何歩か手前だろ。それにLGBTとかの人たちも"アザー"になりそうだな。」
内容を見返す誠司と、それを見て茶化す芽衣子だったが、アンナもスケッチブックも覗いて声をかけた。
「不思議な文字ですね。あなた方の国の文字ですか?」
「うん、日本語っていうんだ。けど色々な国の文字を吸収している言語だから、俺らの国の文字とは言い切れないか?」
改めて文字について考えたことも無かった誠司が考え込むと、芽衣子がツッコミを入れる。
「何言ってんの。4種類も普通に使って、書き言葉じゃそれぞれ微妙に意味が違うのに、合計で3000以上の文字を駆使しないと読み書き出来ないイカレた言語なんて、そうそう無いわよ!ああ、でも会話なら楽勝ね。でも外来語って何よ!昔はそんなの無かったみたいだし――」
ブツブツと言い続ける芽衣子だったが、何か嫌な記憶でも刺激してしまったと思った誠司は姉を放置しつつ、姉の言葉を聞いて気になった点を神父に聞いた。
「今は4段階の階級になっていると仰っていましたが、昔は違ったのですか?」
「――その、昔は特級国民という階級が存在しておったのです。上級治癒魔法を使える人間が該当しますが、今や使い手が現れず久しくなった為に制度としては形骸化しておるのです。」
神父の目が泳ぎ、アンナも目を伏せたので、もしやと思った誠司達だったが面倒事を避けるべく何も聞かなかった。
「オホン。そういえば『その他の魔法』ってどんなのが有るのかしら?」
わざとらしく咳払いをして質問する芽衣子の言葉に、チカラが抜けたのかホッとした顔のアンナが答えた。
「それが良く分からないのです。四大魔法や治癒魔法は念じるだけで魔力を使って炎や水を出せますが、その他の魔法は何を行えば何が起きるのか、また何を必要とするかさえ人によって異なるのです。」
「やっぱり魔力なのね。何か魔力を数値化するアイテムとか有るの?」
「いいえ。過去に他人の魔力総量などを読み取れる魔法を持った人は居たそうですが、そういったアイテムは有りません。」
「ちなみに、お二人は四大魔法は?」
芽衣子は神父とアンナに問うが、アンナはかぶりを振った。
「ワシは火と水が使えますな。」
神父が答えると、誠司は(つまり二人ともミドル。ただし神父は3等国民で、アンナさんは4等国民か。)とスケッチブックを見ながら考えた。
「良かったら魔法を見せてもらえませんか?芽衣子と誠司はアンナさんの魔法を見たそうですが、私はまだ見た事がないので。ご迷惑でなければですが。」
半信半疑といった新之助が願うと、神父は快諾した。
「ほっほっほ。もちろん構いません。では簡単なウォーターボールを、ホイっと。」
神父は座ったまま振り向いて腕を家とは逆方向に向けて、一瞬ちからを入れると、次の瞬間には拳サイズの液体が彼方に飛んでいった。
「「「おおー」」」
口を揃えて感嘆の声を漏らす藤田家の3人はまさしく血の繋がった家族と見えて、失われた村の活気が戻ったように感じた神父は嬉しそうに歯を見せてニカっと笑った。
「これでよろしいかな?」
「「「ありがとうございます。」」」
またも声を揃えてお礼を言う藤田家の3人だったが、新之助はテーブルの上においてあったスマホを手に取ると動画撮影モードを起動した。
「申し訳ない。もう一度お願いしても?」
「もちろん構いませんとも。」
快諾して水の塊を再度飛ばした神父を見た誠司は、異世界人にスマホについてどんな説明をしたのか気になったが、今は魔法の方が気になった。
「でも、四大魔法以外の魔法、つまり『何らかの魔法』が何をどうしたら発動するのか分からないなら、本人も魔法使いか否か分からないのでは?」
誠司の質問にアンナが答える。
「はい。一説には『全てのヒト種は魔法が使えるが、その術を知らないだけだ』というのも有るそうです。しかし『発動出来ないのなら、魔法が使えないヒトである』と見なされるのが一般的です。」
「じゃあ四大魔法以外を使ってるヒトは、どうやって発動方法を知るのさ。まさか色々な方法を試すとか?」
「その通りです。何かを願うか、唱えるか、何かの触媒や条件、代償が必要なのか、とにかく試すしか有りません。」
「なんだそりゃ!ただの運ゲーじゃないか!」
「『ウンゲー』というのが何か分かりませんが、そうなっています。しかも――」
「まだ何か仕様が?」
「子供の頃に得たいと願った現象が不発でも、大人や老人になってから再度願ったら発動したという例も有るそうです。」
「取得タイミングも不明って事か。こりゃ完全に『クソゲー』だろ。ん?まさか四大魔法が重宝される理由って――」
「はい。発動や効果も分かりやすいからです。またこの世界を創造した神の得意とした魔法こそが四大魔法と考えられているというのも有りますね。でも――」
「うん?でも??」
「こら誠司!詰め寄るのを止めなさい!ごめんね、アンナちゃん。この子なんか変に焦ってるみたいで、悪気は無いのよー。」
この世界の魔法仕様に苛立つ誠司が問いただし、アンナが怯えた所で芽衣子が庇った。
「あ、ごめん。つい。」
芽衣子に言われて、はっとした誠司はアンナに謝った。
「いえ、大丈夫です。これは異端とされかねない考えですが、四大魔法以外の魔法は条件こそ難しいけれど、その分だけ強力な効果を得られるいう話も有ります。」
「なるほど、困難な分だけ見返りもデカイと。ちなみにお二人は四大魔法以外に、どういった魔法をご存知ですか?」
納得いった誠司の問いにアンナは首を振るが、代わりに神父が答える。
「ワシが知る限りでは、魔力を使って物体を移動させる魔法、魔力不使用だが特定条件下の相手しか効果のない記憶を読み取る魔法、陽の光に当たると火傷を負うが強大な筋力を得る魔法。こんなところですな。」
神父からの追加情報をスケッチブックに書き込むと誠司は芽衣子に聞く。
「なぁメイ姉。これって―――」
「ええ。魔法というより念能力みたいね。」
「いや、違うよ。ん?言われれば確かにそうだな。――って、俺が言いたいのはそうじゃなく、最後の魔法ってバンパイアっぽくないか?」
「あ、そっち?そうね、ニンニクがダメなら確定ね!」
急に興味を無くしたように素っ気なくなった芽衣子はガーデンテーブルの椅子から立ち上がると、家と逆の方向に歩き出した。
また何か下らない事を思いついたのだろうと思った誠司は芽衣子を放置して考え始めた。
「もし仮にバンバイア伝説の元ネタがこっちの世界の住人だとしたら、こっちから地球に渡った存在が居るって事だよな…。」
「そうか!そういう事か!」
独り言を聞いた新之助も誠司の意図が分かった。
「神父さん。過去の伝承などを集めた書物などお持ちでは有りませんか?!」
期待を込めて誠司の言葉に答える神父を見る新之助だったが、期待はあっさりと裏切られた。
「いえ、書物は値段が高いので申し訳ないが。」
「そうですか…」
悲痛な顔で落ち込む新之助を見て神父は頭をフル回転させた。
「しかし王都の図書館に行けば、そのような書物も保管されているかもしれませんな。」
「なるほど!図書館!それは近くに?!」
僅かに見えた一筋の光のような情報に新之助は明るくなった。
「歩きと馬車で2ヶ月といった所ですな。」
「2ヶ月?!」
新之助の希望が再度打ち砕かれると、芽衣子の声が辺りに響いた。
「ウォーターボール!」
虚空に向かって呪文を叫ぶ芽衣子がそこには居た。
しかし何も起きなかった。
「何よ!あたしも魔法が使えるかもしれないじゃない!色々試すしかないんでしょ!?」
4人からの視線を感じた芽衣子は弁解した。
「あの、あっちは気にしなくていいので無視してください。」
振り向いて芽衣子を見たアンナと神父に放っておくように誠司は言ったが、芽衣子はそのままアイスストーム、ダイヤキュートなどと適当な呪文を叫び続けていた。
「歩きは分速80メートルとして、誠司。お前は馬車の速度って知ってるか?」
王都の距離を概算でも算出しようとしているのだろうと新之助の意図を汲み取った誠司は考えを巡らせた。
「観光牧場で見た馬車は人間の1.5倍くらいの速さだったかなぁ。いや、もう少し遅かったか?うーん、もう直接神父さんに距離を聞いた方が早いんじゃ?」
「ここから王都までの距離ですかな?それはワシも知らなんだ。申し訳ない。」
「って事は、もしかして地図とかも?」
「簡単な地図は有りますが、地形を基準にした方角と位置しか書かれておらんので、距離といったものは…。」
「なるほど。そうだよなぁ。俺のバイクなら燃費はいいけど、帰りのガソリンが厳しそうだしなぁ。そもそもこの世界の文字を読めるのか――あれ?メイ姉が静かだな。何処に行った?」
先ほどまで思いつく限りの呪文を叫んでいた芽衣子だったが、庭にその姿はなく、静かになっていた。
誠司達は周囲を見渡すが、ふいにギターの音が聞こえてきた。
「なんだっけ?ああ、ドリルを武器にして戦うロボットアニメのオープニングテーマだ。」
ふと上を見上げた誠司の目にはベランダの柵の縁で仁王立ちして踏ん反り返る芽衣子が見えた。
芽衣子がギターを弾いてないなら、この音楽は芽衣子の部屋のスピーカーから流れているのだろうと誠司は冷静に分析した。
「ちょっと見てなさいよ!アンナちゃんに治して貰ったこの足!あたしはあたしの可能性を諦めたりしない!!」
「おい、何してるんだバカ姉!アホな事してないで降りて来いよ!」
「そうだぞ芽衣子!せっかく治ったなら危険な事はもう止めるんだ!!」
慌てる新之助と誠司だったが、アンナと神父は似たような状況を経験済みなのか、落ち着いていた。
「あたしは信じる!あたしを信じるあたしをね!だから見てなさい!」
鳴り響くギターのBGMも有って、ベランダは舞台で、見上げる家族たちは観客。芽衣子はそう感じていた。
そして芽衣子はベランダの縁から飛び出して、叫んだ。
「シャザーーーーム!」
姉を思うなら落下地点に駆け寄るべきだったが、誠司はそのフォームに美しさすら感じ、見入ってしまった。
次の瞬間、空から走ってきた稲妻が当たり、煙に包まれた芽衣子だったが、飛べはしないものの、そのまま綺麗に着地した。
着地した芽衣子は顔こそ芽衣子のままだったが、その服は赤いタイツにマントといった姿になっていた。
「ウワー…お?」
自らの姿に感嘆の声を上げかけた芽衣子だったが、すぐに体も服も元に戻ってしまった。
「ちょっと誠司どういう事よ!!」
「え?俺?俺が知る訳ないじゃん…。」
詰める芽衣子にドン引きする誠司だったが、誠司としても目の前の光景を信じられなかった。
しかし父やアンナ達も驚愕の表情だったので、自分の見間違いではなかったと誠司は分かった。