魔王ですが1000年ぶりに復活したら魔王城が『道の駅』になっていました
――魔王の復活――。
それはすなわち世界の終焉を意味する。
地下空間を揺るがす振動――。
渦を巻く闇の中で光るのは紅色に鈍く輝く心臓である。
「ウ……オォ……オァァ……!」
やがて闇はいびつな心臓を中心に背骨となり、筋肉となり、人を模した手足が形作られていく。
それが人とかわらぬ姿を現すと同時に、地下空間を咆哮が裂いた。
およそ1000年という永き時を経て、蘇りしは闇の主――。
古の大陸を支配せし魔王“カオス”の再臨である。
「……フンッ!」
魔王カオスの手のひらから放出された魔力の渦は、鍾乳石の一本を飲み込むと跡形もなくそれを粉砕した。
「……多少なまってはいるが、上々であるな」
魔王カオスは見る限り人間と変わらぬ手を握ると、己の中に渦巻く闇の魔力を確かめた。
1000年前、忌々しき勇者によって封じられた肉体は、ほぼ万全な状態で復活を果たしていた。
となれば、するべきことはひとつである。
「ククク……我が魔王城を拠点とし、再び世界を混沌の闇に沈めてくれるわ!!!」
大陸を縦に走るタラット街道。
通称バベル・ロードと呼ばれるこの道の果てに足を運んだことはあるだろうか。
そこにはかつて闇の皇帝と呼ばれ恐れられた魔王カオスの居城が、今も朽ちることなくそのままの形で残っている。
黒き稲妻を纏う不死の愛馬“シャドウメビウス”に跨り、魔王カオスは1000年ぶりにその地を訪れた。
城の主を迎えたのは巨大な立て看板だ。
そこには血のような紅い文字でこう記されていた。
『道の駅 魔王城』
「よかったら試食やってますんでねー。お兄さん食べてってねー」
魔王カオスがおばちゃんから手渡されたのは、紫色のよくわからない物体であった。
爪楊枝に刺された小さなそれは、薄く切られたパンケーキか何かのようであった。
カオスがそれをおそるおそる口にしてみると、控えめな甘さと濃厚なミルクの香りが口いっぱいにひろがった。
「うっま……」
「全部ねー、手作りなんですー。はい爪楊枝ここ捨ててねー」
棚を見ると滑らかな紙に包まれた四角い箱が並んでいた。
包装紙には『くらえ! 魔王必殺暗黒渦マキまんじゅう』と大きく印字されている。
明るく改装された魔王城のエントランスには、これでもかと民芸品が並べられていた。
魔王城ちょうちん、魔王城ポストカード、魔王天然水、魔王の角サブレ。
「……………………」
魔王カオスはそっと自分の頭を撫でた。
人間を模したそこには当然角など生えていないし、1000年前も生えてはいなかった。
そもそも魔王天然水とは何か。
魔王由来の水ということだろうか。
カオスがラベルを見てみると『魔王城の近くの山で採れた天然水(硬水)です』と書かれていた。
それはもう魔王天然水ではなく、ただの魔王城の近くの山で採れた天然水なのではなかろうか。
「よかったらねー、拝観無料ですからねー。見てってねー」
おばちゃんに促され、魔王カオスは魔王城エントランスの冷たい石階段を上った。
順路と書かれた看板があちらこちらに設置されている。
これは結界の類であろうか。
木製の扉は全て開け放たれ、部屋の中には毒々しい色をしたモンスターの人形が置かれていた。
魔王カオスの知る限り、ゴブリンはピンク色ではなかったように思う。
『魔王カオスの時代 ~暗黒の歴史~』
魔王カオスが座して勇者を待ち受け、死闘が繰り広げられた謁見の間にはそんな表題のプレートがかかっていた。
まるで博物館のように、当時魔王カオスが使っていたとされる血の痕がこびりついた拷問器具などが並べられている。
ただ少なくともカオス自身、1000年前にそういったものを扱った記憶はないし、部下にも使わせたことはなかったように思う。
魔王博物館の一角に『現存する書物』と題されたコーナーがあった。
「…………うわ……」
思わず魔王カオスの口から声が漏れた。
そこに展示されていたのは魔王カオスが部下に宛てた手紙や、コツコツつけていた日記である。
ただ今までの展示物と違う点は、魔王カオスの記憶の中にばっちりと残っているということである。
「……………………」
その中でもひときわ大きく拡大印刷された“それ”を見て、魔王カオスは絶句した。
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『魔王カオスの直筆とされる書簡』
我輩は闇を統べる皇帝。
深淵から覗く者、魔王カオスなり。
哀れな民草よ、怯え、震え、そして慄くがよい。
これより地上は暗黒による支配のもとに置かれる。
闇こそが唯一の秩序であり。
死こそが唯一の安寧である。
世は常闇と混沌に包まれ、血と慟哭が大地を覆いつくすであろう。
讃えよ、我が名は魔王カオス。
(ここで一息)
犬猫でさえも魔王カオスの名にひれ伏すがいい。
↑これあんまり良くないかも
(高笑い)
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世界を征服したあとのことを考え、予行演習のために書いたメモだ。
ご丁寧に添削からト書きまで全て綺麗に残っている。
魔王カオスは両手で頭を抱え込んだ。
カオスを包み込むのは常闇でも混沌でもなく、どうしようもないいたたまれなさである。
深淵を覗きこまされた結果、怯えて震えて慄きたいのはこっちだ。
だいたい1000年の時を経たのだからもう少し風化していてもよかったのではなかろうか。
勇者との戦いでも一撃でこれほどのダメージを受けることはなかったように思う。
魔王カオスは瀕死の重傷を負いながらも順路を進んだ。
幸いにもエントランスに近づいている、終わりは近い。
足早に歩を進める魔王カオスであったが、ひとつの部屋の前ではたと足を止めた。
ここは確か魔王カオスの先代にあたる、魔王デイモスが書斎として使っていた部屋だ。
父であり偉大なる魔王であったデイモスは、カオスが最も尊敬する人物である。
その一室を覗いてみるとそこにはベッドがひとつと、『音声案内』と書かれたボタンが設置されていた。
カオスはその擦り切れてちょっと汚れたボタンを押してみた。
カチッという音が部屋に響くと、続いてボタンの下のスピーカーから女の声が聞こえてきた。
『こちらは魔王カオスの父、デイモスが使用したベッドです。大陸歴109年、デイモスは妻ヘリモアを娶り、このベッドで昼夜問わず愛を育んだとされています。そうしてヘリモアは魔王カオスを身ごもったので……』
「……………………」
よもや1000年の時を経て己の両親の性事情を教えられるとは。
魔王カオスは眉間に皺を寄せ、黙ってその音声に耳を傾けていた。
たぶん勇者に封印されたときもこんな顔はしていなかったと思う。
ベッドには小さなプレートが取り付けられていた。
『魔王カオスの両親が愛し合ったベッド(本物)』
見るに堪えない。
それがカオスの率直な感想であった。
「よかったらねー、ご入浴もね、無料ですから。入ってってねー」
順路を辿りある意味暗黒の歴史を振り返る羽目になったカオスは、待ち受けていたおばちゃんに促され温泉に入った。
温かな湯が全身を包み込み、魔王の1000年間凝り固まった身体を解きほぐしていく。
なにより心の傷に染みわたる。
そのほとんどが復活してから受けた傷だが。
「……あぁぁ…………」
カオスの口から嘆声が漏れた。
どうしてだろう、涙が止まらない。
もう世界征服とかどうでもいいから消えてなくなってしまいたい。
そんな気持ちでいっぱいであった。
「あんれ? さっきのお客さんどこいった?」
「あらー、温泉入ってったところは見たんだけどねー」
「帰っちゃったんかねー。また来てくれたらええねー」
湯舟にはタオルが一枚浮いていた。
温泉の効能にはこう書かれていた。
『魔王を封印した聖水の湯。肩こり、リウマチ、痔、魔王に効く』
よかったら連載作品『極悪怪人デスグリーン』も読んで感想聞かせてね!