高校生活 序盤
優人が再度通うことになる南成高校は、優人の家から自転車で15分ほどのところにある。
優人がこの高校に決めた理由の一つが、家から近いことだった。
昔からの悪い癖のようなもので、優人は遅刻、寝坊を繰り返していた。
そのせいで、かつて中学時代は生活指導の教師にかなり手を焼かせていた。
母親が頭を下げに来た事もある。
優人は、その過ちを繰り返すまいと近場の高校を選択したのだった。
まぁ結局、高校に入っても遅刻癖は治らなかった訳だが…
「じゃあ、母さん。行ってくるよ。」
「行ってらっしゃい。気をつけてね。道に迷っちゃダメよ。」
「大丈夫だよ。受験の時にも行ってるんだから(というより3年も行ってたんだから迷う訳ないんだが…)」
そう心の中で呟きながら、優人は家を出るのだった。
軽やかな足取りで自転車を漕いでいると、周りにも今日から登校すると思わしき新入生がちらほらと確認出来る。
不安げな彼らとは対照的に、優人は登校後の事を思案していた。
(まさかまたココに通うことになるとはな…でもどうせ通うんなら前とは全く違う事をするか。とりあえず部活に入ろう。陽キャの多そうな軽音楽部あたりが狙い目か…)
1周目を帰宅部で過ごした優人は、2周目は軽音楽部に属する事に決めた。
所定の場所に駐輪すると、優人は掲示板には目もくれず1年1組に向かった。
(もういるかな?雅人)
雅人は優人の無二の親友となる人物であり、同じクラスの前の席だった事から仲良くなった経緯がある。
優人は教室の引き戸を開けると、自分の名前が貼られた机に座った。
まだ雅人は来ていないようだ。
(なんだよ…まだ来てねーのかよ。しょーがねーな、教科書でも整理するか)
優人はおもむろに教科書を取り出すと、パラパラと文字に目を落とした。
現国、数学、化学、地理歴史。
その中でもとりわけ優人が苦手だったのが地理だった。
世界地図など日本とオーストラリアくらいしかわからない。
(そういえば寝てばっかりだったもんなー…地理の授業中は。よし、今のうちにノートに世界地図でも書いて予習してみるか。)
優人は学生時代、ろくに勉強もせず遊び呆けていた。
自主的に勉強机に向かう事はほとんど無く、やる気も全くといっていいほど無かったのだった。
ところが社会人になって、たまたま英語を勉強する機会があり、その時になって初めて優人は、勉強の楽しさや知識が増える事の喜びに気付いたのだった。
(あの頃の俺からは考えられねーな。こうやって自主的に予習するなんてな)
ノートに世界地図を描きながら、優人は自嘲気味に笑ったのだった。