今世の離別
2018年、日本における自殺者数は2万人を越えている。
自殺者数自体は年々減少傾向にあるのだが、若年層の自殺者数は増え続ける一方だ。
今まさに、その数を1つ増やそうとしているのがこの男、佐々木優人である。
優れた人で優しい人になりなさい。
名前を付けてくれたのは父だった。
だが、父は優人が高校を卒業する頃に母と離婚し、現在は行方知れずだ。
唯一の拠り所である母も、2年前に病魔に襲われ、闘病の末に他界した。
優人は現在25歳。未だに定職にも付かず、日雇いやコンビニの夜勤をしながら糊口をしのいでいる。
恋人も出来た事は無く、これといって趣味や特技も無い。
単に死ぬ勇気も無いから、怠惰に緩慢に生きている。
ただ今日の優人は絶望の淵にいた。
母の元に行こうと決意する一週間前、優人は同窓会に顔を出していた。
久しぶりに見る顔ぶれ、結婚している者や子供がいる者、順調に出世している者など皆それなりに未来を描いているようだ。
優人は同窓会に参加したことを心底後悔していた。
自分と周りの違いが余りに多く、自分の人生は何てちっぽけで、無意味なモノなんだろうか。
言い知れぬ虚無感。
次第に優人はそれに支配されていた。
ビルの屋上の淵に足を掛けながら、優人は今までの人生を振り返っていた。
ああ…あの時にこうしておけば良かった…
考えても考えても、産まれるのは後悔ばかり。
「母さん、ごめん…」
優人は飛んだ。
「優人、起きなさい。優人」
気だるさと眠気の入り混じったふわふわとした感覚に、優人は違和感を覚えていた。
食パンの香ばしい香りとコーヒーの香りが、周りの空気を満たしていく。
「ここはどこだ…?さっきの声は母さんか?これが死後の世界ってやつなのか?」
優人は周りを見渡した。
見覚えのある机、ポスター、写真。
「間違いない…俺の部屋だ…。でも何故?俺はあの時飛び降りて死んだはず…」
身体を触ってみても、しっかり感覚はある。もちろん匂いだって感じられる。
「どうなってんだ…?とりあえず一度降りて確認するか。」
優人は足早に階段を下り、母と思わしき人物に声を掛けた。
「母さん…だよね?」
「何よいきなり?寝ぼけてんのアンタ?今日は高校の入学式なんだから、さっさと食べて着替えて来なさい」
傍らでは父が無言で新聞を読んでいる。
入学式…?優人の頭の中は疑問符が溢れ出んばかりに生まれている。
「母さん、今って平成何年だっけ?」
「やっぱり寝ぼけてんのねアンタ。今は平成
21年よ。ほら早く食べなさい!」
やはりそうだ。頭の整理がまだ追いついてはいないが、10年前に戻ったと考えるのが一番納得のいく答えのようだ。
「よく分からんが、また高校からやり直せるって訳か…。ならまず、眉毛を整えてワックスでも付けるか…。昔はこんな事気にして無かったけどな。」
優人は覚悟を決めた。
これは神様がくれたチャンスなんだ…と。
家族がバラバラになる前、母が死ぬ前、そして自分が道を踏み外す前に戻れた。
同じ過ちを繰り返さない為に、失敗した記憶も残ったままだ。
だったら精一杯抗って、未来を変えてやろう。
俺も、母さんも、父さんも皆が幸せになれる未来。
俺が作ってやる。