転生先はドはまりしていたRPGの世界だったーー
「…………え?」
彼女――水光 涼香――が重い瞼をあけると、驚くほど青く澄んだ空が視界に広がった。
(どこ?え?私なにしてたんだっけ?)
懸命に脳を回転させる。
確か、仕事終わっていつも通り終電逃して歩いて帰って…
車が、迫ってきたんだった―――
ムクッと上半身を起こす。
少しクラっとするが、すぐに収まった。
それから、どうなったのか思い出せない。
キョロキョロと辺りを見回す。
自分がいたはずの場所とは程遠い、自然溢れる景色だった。
いや、溢れるというか、手入れされてるとは言い難い自然しかなかった。
「……こんなとこ、あったっけ?」
涼香が住んでいた場所はいわゆる都会で、地下鉄や路面電車が整備され人で溢れかえる場所だった。
いくら自然がブームとはいえ、ここまで広い公園など見たことも聞いたこともなかった。
(でも……ここ、知ってる?)
そう。確かに見覚えがあった。
この青い空も、草が生い茂る光景も。
ただ、どうしてなのか思い出せない。
とにかく、ここでじっとしているわけにはいかない。
ゆっくりと立ち上がり、もう一度辺りを見回してみる。
360度、全て草木に覆われそれ以外は何も見当たらない。
突然の状況に、徐々に不安が込み上げる。
とりあえず歩いていれば、建物か人が見つかるはず。
そう言い聞かせ、歩き始めたその時―――
『グオォォォォォォォォォッ!!』
聞いたこともない恐ろしい声が頭上に響いた。
あまりの大きさに咄嗟に頭を抱えてしゃがみこむ。
(え!なに!?ライオン!?熊!?それとも……不審者?)
怖い。
心臓がバクバクとうるさく響く。
怖い怖い怖い。
何かわからない恐怖。何も考えられず、ただその場に震えてしゃがんでいることしかできなかった。
ドシ……ンッ!!
地面が揺れた。
ザワザワと木々がざわめき、風が起こる。
「……あなたをお待ちしておりました。竜の子よ。」
凛とした、少し低い声が頭に響いた。
「え……?」
驚いて顔をあげる。
目の前に佇む巨大な白銀の竜の姿に、ヒッと小さく息を飲む。
「これから始まる旅は、過酷なものとなるでしょう。
多くの試練を乗り越え、竜の子として覚醒し闇の王を打ち倒すことができるのは、あなただけなのです。」
目の前の光景がまだ信じられず、ただ頭に流れる声に耳を傾けていた。
竜の子…?闇の王…?どこかで同じことを……
(あッ!!!!!)
思わず手で口を押さえる。
そうだ、そうだそうだそうだ。
思 い 出 し た !!
これは…あの『ゲーム』だ!
見覚えのある景色。
白銀の竜。
竜の子と闇の王。
そう、涼香がドはまりし毎日空き時間にやり込んでいた、人気RPGの世界そのものだったのだ。
確か主人公は『竜の子』として選ばれ、様々なイベントを経て出会った仲間と共に世界を支配しようと目論んでいる闇の王を倒すという王道RPG。
王道ながら緻密に作られたシナリオと豊富なキャラデザインが秀逸で、常にランキング上位に輝く人気ゲームだった。
休みの日は外出もせずゲームにのめり込み、課金せずゲームをクリアしたときは思わず声を出して喜んだ。
が、しかし――まだ頭が追い付かない。
ゲームの世界?そんなバカな話がある?
だってあれは架空の世界で、ゲームの中の物語で、現実には……
しかし目の前の竜は、じっとこちらの様子を伺っている。
そうだ、これはプロローグだ。
ここで主人公の名前や見た目を変えて、ゲームがスタートするんだっけ。
「……お主の名前は何と申すか?」
…きた!ほんとにきた!名前きめるやつ!
「…涼香です。」
「ふむ。涼香よ、此度の使命のために、我の力を授けよう。
我の名を呼べば、一時だが竜の力を使うことができる。
『竜モード』と言い、その間攻撃力が増加する。」
しっかりとモードの説明までしてくれている。
本当に、本当にあのゲームの世界なのだろうか。
「まずは、オルクスの町へ向かうと良い。道中魔物が出てくるから、気を付けて進みなさい。念のためにこの『ポーション』を渡しておこう。」
そう言うと、ポウッと光につつまれたフラスコが竜の懐から現れた。
青色の液体がはいったそれは、こちらにフワーッと飛んできて―――消えた。
「え!?」
どこに消えたかとキョロキョロしていると、
「持ち物は『アイテム』と唱えればリストが見れる。
魔物を倒したり宝箱を見つけると、武器や回服薬等のアイテムが手にはいる。」
そういえば…そんな感じだったような。
まだ目の前で起きていることが信じられず、固まったままの私に気づいているのかいないのか、「それでは、またいずれお会いしましょう」という言葉と共に竜は消え去った。
残された私は、ただぽつんと、その場に立ち尽くしていた―――。