『学園生活』7
目の前に佇むは大きな扉。ここだけは異質なほど他とは違う雰囲気が醸し出されている。
マサヒロはゆっくりと大きな扉に手をかけると、軋むような音を立てながら扉は開いた。
扉の先にいるのはもちろん学長。それも初心な少年をからかって遊ぶのが大好きな学長だ。
ここで何度か顔を赤くしたが、分かっているなら恐いものはないとマサヒロは堂々たる態度で学長室へと踏み込んだ。
「失礼します」
扉を開け入室するなりすぐさま上半身を前方へと傾け、お辞儀をする。
深々と礼をし顔を上げると「はーい」と女性の声が部屋に響き渡った。一拍置いて後ろの扉が閉まる大きな音が響く。
「いらっしゃいマサヒロ君」
「今回は普通に出迎えてくれるんですね」
「あら? 期待してたの? なかなかやらしいね」
「何もないなら良かったです。早速魔法の特訓を始めましょう」
何も無かったことに安堵したマサヒロは一息付く。
学長はそれを見て見計らったように小さく、マサヒロにぎりぎり聞こえる声で呟いた。
「(今はパンツ履いていないんだけどなぁ)」
学長とマサヒロの二人しかいないこの場ではその声は鮮明に聞こえ、耳を通過し頭の中に運ばれた言葉をほどなく理解するとマサヒロは「ふぇっ!?」と訳の分からぬ訳の分からぬ言葉を零し学長から少し距離を取る。
徐々に紅潮していくマサヒロを見て学長は吹き出した。
「冗談だよ、冗談。ふふふ」
「学長、そういう冗談は止めて下さい!」
「うーん。じゃぁいいよ」
学長はあっさりと了承する。
マサヒロもこれで本当に安心だと感じた束の間、学長の口が開かれ、
「マサヒロ君が私のことをちゃんと名前で呼んでくれるのならこういう冗談は少し控えてあげようかな」
と紡がれた。
だがマサヒロの思考にはただこういう冗談で学長にいじられるのから逃れたいという気持ちでいっぱいだったため、コクリと了承の意を込めて頷く。
「じゃぁこれからはよろしく、名前で呼んでね。私の名前はユナ=フロイデーン、ユナさんって呼んでくれればいいよ」
こうして二人の間に契約は結ばれた。
マサヒロが学長の「少し控えてあげようかな」と言った言葉に気付くのはもう少し後になってからだった。
◆◇◆
盛大な茶番劇が繰り広げられマサヒロは既に疲れ顔をしているが学長室に来た本題はまだ達成していない。
学長室に来た理由、それはマサヒロが学校に入学する条件として課された毎日ユナさんと魔法の特訓をするためだ。そして一ヶ月後にティホンと大きなリスクを背負った闘いをすることが決定してしまったマサヒロにはこの時間がとても大切なのである。
第一、マサヒロは元より魔法が使えないのだから。いや今となっては使えないのではない。扱えないと言ったほうが正しいだろう。
マサヒロは一日目の特訓で大気中のマナを感知することが可能になり、二日目の模擬戦でぶっつけ本番の詠唱魔法を放つ。ここまでは順調のように聞こえるが問題は既に発生していた。
魔法は使えるようになった。だが大気中のマナは膨大過ぎるが故に制御が出来ない。それが今日の模擬戦で起こったあの不可解な現象の理由だ。
普通基本魔法、それも加護も使わないただの詠唱魔法であそこまでの威力を出せるわけがない。なぜあそこまでの威力が出てしまったのか、それはマサヒロ自身が膨大なマナを制御出来なかったからである。
そして問題はもう一つある。魔法を使う際には相当な集中力が不可欠であるが、それがもし膨大な人知を超えたマナを扱う場合だったとしよう。勿論、何度もそんな強力な魔法を放てるわけがない。
しかし、マサヒロが大気中のマナを制御せずに魔力に変換して魔法を放つというのは、膨大なマナを使って強力魔法を何度も放とうとしているのと同位なのだ。
つまりマサヒロが大気中のマナを扱えたとして、強力な魔法を何度も放てるマナを無限に所持しているとしても、人知を超えたマナを扱うための器がないため意味がないということである。
実際マサヒロも今日あの魔法を放ってみたことで、体が物凄く疲弊しているのが感じられたし、これは一発しか撃てないと身を持って感じていた。
そのため今日はこのマナの制御の仕方を学ぼうと思う。
「あのユナさん実は今日学びたいことがありまして」
とりあえず本題に入るための枕詞のようなものを言い切る。こういうのは出だしが肝心であり出だしをミスしてしまうとそれ以降は取り返しがつかなくなるものだ。
今のこの状況下においてはそこまで大事にならないにしても、自分のやりたいように出来なくなるという問題が発生するだろう。そうはならないためにもマサヒロははっきりとした言葉で啖呵を切った。
「うん、何を学びたいの?」
マサヒロの言葉に食いついたユナさんを見て、マサヒロは成功だとばかりに笑みを零した。これがもし商業ならマサヒロのペースに持ち込み有利に立った状態で契約が成立していたことだろう。
「それはですね、マナの制御というか魔力の扱い方というかそんな感じのものをですね」
上手く説明は出来ないのだが話の論点は既にマサヒロ有利に傾いているので少し伝わらない程度でもユナさんはそれを上手く解釈してくれるはずである。
事実、ユナさんは「うーん。なるほど」とマサヒロの言葉をユナさんなりに解釈しているわけで。
「つまりは一か十でしか放てなかった魔法の調整が出来るようになりたいということだね」
マサヒロの曖昧な説明から答えを導き出したらしくユナさんはマサヒロに同意を求めるように問いかけた。
マサヒロはそれが正解なのかどうか自分ですらよく理解していないため頷くことしか出来ない。
「よし、分かった。それならどういうことか見せた方が早そうだし、マサヒロ君一回魔法を撃ってくれる。詠唱はロイゼ君の授業で学習済みだろ? 安全を考慮して水魔法で頼むよ」
マサヒロは集中を張り巡らせ大気中のマナを感じ取る。淡く光った光たちがマサヒロの身体を包み込んでいく。
包み込まれる暖かさを感じ取ったマサヒロは目を大きく見開き今日学んだばかりである『水魔法』の詠唱を紡ぎ始めた。
「《秀才なる水よ、我に従え》」
身体を包み込んでいたマナ達は一気に霧散しマサヒロの詠唱を具現化させるが如く一点に集まり始める。大きな光を放ち巨大な水球が空中に現れた。やはり何度見ても幻想的だ。
マサヒロの詠唱によって創り出された水球は詠唱者の意思に反して目の前にいる学長を攻撃することもなく悠然と空中に浮かんでいる。
「《紅蓮なる炎よ、我に従え》」
ユナさんは自身の指に魔力を一転集中させ、極小の炎球を創り出した。マサヒロの水球と比べると最早羽虫のようなものだ。
ユナさんはその炎球を空中に浮かぶ巨大な水球目掛けて放つ。
ふわふわと炎球は空中を漂い水球の元まで辿り着いた。
ここで普通ならば炎球が水球に呑まれて終わりなのだが、魔法の世界では普通もなにも自然の摂理は成り立たない。
炎球は水球の中へと入っていくと爆発音を奏で、刹那巨大な水球は爆ぜた。空中には湯気が立ちこもり水飛沫の一つもない。
炎は水を全て蒸発させてしまったのだ。
「こういう事だよ。つまり君は全集中させた大気中の魔力を全て使って魔法を構築した、けれどそれは威力のないスカスカの欠陥魔法だったて事だよ。だからあんな小さな炎でも跡形なく弾き飛ばせる」
ユナさんは柔和に笑みを浮かべて今の現象を説明してみせた。
マサヒロは未だしっかりとは把握出来ていないようだが、おずおずと頷くとユナさんは説明を続けた。
ユナさんは説明をしながら学長室を徘徊しだす。マサヒロはそれを目で追った。
「魔力のコントロールっていうのは、意外と簡単だよ。というより最早これは慣れに近いよね。まだ魔法を扱い始めるようになって間もないマサヒロ君は魔法の扱いに慣れていないわけで、謂わば産まれたての赤子同然ってこと。魔法を使い続ければこの世界に馴染めるようにはなるだろうね」
「――――」
「ただ、そういうわけにもいかない。マサヒロ君は一ヶ月後には魔力のコントロールをマスターしなければいけないわけだ」
ユナさんは全てを把握したように事を進めていく。
学長室をぐるりと一周徘徊して再びマサヒロの前に戻って来るとパチンッと指を鳴らした。
「そこでだ、本当に地道な特訓をマサヒロ君には実行してもらう。というよりそれ以外の方法が思い浮かばないんだけどね」
ユナさんは学長室に入室して前方に見える大きな机へと移動すると、その隣に屹立する木で出来た押入れの引き戸を引いた。その中は押入れというよりは物入れのような感じで、大量の本や、瓶に詰まった薬品など、一見ごちゃ混ぜに見えるもの物々が綺麗に整頓された状態で置かれている。
ユナさんはその中の植物を取り出した。観葉植物なのだろうか、その植物は小さな木のようだ。しっかりと植木鉢に植えられ葉も綺麗に切りそろえられている。
「この植物はフレアと言われてね、聖火祭に使われるものなんだよ。どのようにして使われるかは――」
一旦言葉を止め一枚の葉を切り取る。そして次の瞬間、葉に赤い線が走った。その赤い線は風に煽られゆらゆらと揺れている。
丁度葉の脈部分だけに炎が灯され、赤と緑のコンツェルトが完成したそれは幻想的だ。
「綺麗だろ? そう、この葉は見ての通り炎を灯すんだ。だからフレアと名づけられた。だが、なぜこれがマサヒロ君の魔力調整の特訓に役立つと思う? まぁ、やってみたら分かるだろうけどね」
そう言ってユナさんは一枚の葉を切り取り、マサヒロに手渡した。
「その葉は魔力を流すことで炎が灯される、ほらやってごらん」
マサヒロは一度葉っぱに目を落とし、集中するように目を瞑った。
大気中のマナを集めて体を輝かせる。マサヒロが魔力を感じたところで目をかっと見開き魔力を『フレア』に流し込んだ。刹那、フレアはその名の通り真っ赤な炎を灯すが、そのまま深紅の炎に呑まれ灰も残さず消えてしまった。
「フレアは一定量の魔力に調節しないとそうやって燃え尽きてしまうんだよ。コツはフレアに流れるマナと同調させる感じかな」
ユナさんは『フレア』を詰めた布袋を押入れから取り出すと、マサヒロに押し付けるように渡した。
「無くなったら言ってね」
「了解しました」
ユナさんはうんと頷き、パンと手を叩いた。
そして場を繋ぐように言葉を紡いだ。
「それじゃぁ、今日の特訓を始めようか」
「へ!?」
マサヒロは虚を突かれたようにマヌケな声を漏らした。だがユナさんは真面目な顔で今度は冗談などではないようだった。
「マサヒロ君は一か月後には闘えなければいけないんだよ、一日一日を大切にしていかなきゃ。というわけで、入ってきて」
そう、ユナさんが呼びかけるとマサヒロの後ろにある扉が軋む音を鳴らしバタンと扉が閉まる大きな音が部屋に響き渡った。
「よぉお前さんが期待の新人か? 見覚えのある顔やの」
聞き覚えのある声に、見覚えのある顔。つい先ほどまでこの人の授業を受けていたのだ。
「ルネイドさん」
名前を呼ばれて振り返ったルネイドはマサヒロの顔を見て合点がいったような表情をした。おそらくマサヒロが先の授業にいた事を思い出したのだろう。
「お前さんはあれやの、赤髪と夫婦みたいな関係やったやつやの。剣術は然程優れていないように見えたが、なるほど、さてはあれか、魔術に特化した期待の新人っちゅうことか。ほいで、足りない剣術の方を学ぶゆうことやな」
「ふふふ、ルネイド君、マサヒロ君は別に魔術も優れてなどいませんよ、まだ、ね。そう、まだ未発達というわけ、魔術も剣術もね」
「せやから俺がこいつに剣術を教えろってか?」
ユナさんは「いいえ」と小さく呟くと、ルネイドの方を見て力強く、
「ルネイド君には全力でマサヒロ君を痛めつけてほしい」
言い放った。
予想外な発言にマサヒロは勿論、ルネイドも口を開けて黙るしかなかった。最早どのような反応をしたらいいのかすら不明だ。
「ルネイド君には伝えておくよ。実はマサヒロ君、一ヶ月後に決闘を控えているんだ」
「決闘と言うと、あれか。特進クラスにのみ許されたデュエル。入学早々そんなもんに巻き込まれるたぁお前さんも災難やな。それでお前さんらは何を賭けた?」
入学早々決闘を行使した彼らの賭けたものがどれほどのものなのかルネイドは知りたかった。別に決闘が悪いとは言わない。だが入学二日目にして特進クラスの特権を振り翳してくるのはよっぽどの理由か、もしくは公的手段で互いの実力をぶつけ合いたかったという理由だろう。
ただマサヒロは今日のラストの授業を持った生徒であり、一年生がそこまでこの学園を熟知しているとも思わない。そして何よりの極めつけは担任がロイゼであること。彼なら生徒を唆しとてつもないことを企んだりしても別におかしくはない。
「特進クラス落ちと退学です」
「なっ!? ――やっぱロイゼか?」
「はい」
嫌な予感は的中していたようだ。賭けたものが大きすぎる。それほどの理由があったのかもしれないが、そこは触れない方がいいだろう。既になんとなくは分かっている。
「それでお前さんはどっちを賭けた?」
「退学の方です」
「やろうな、で相手は?」
分かっていたと言わんばかりに納得したような表情だ。しかしそれは突如として怪訝なものに変わる。
「ティホンです」
「あいつか……推薦入学一位のエリートやぞ。奴も奴で相当な賭けに出やがったな。ちっ、ロイゼの奴も質の悪いことをしてくれる」
ティホンとマサヒロ、彼らは曲がりなりにも将来有望なエリート学生特進クラスの人間だ。そう安々と手放していいような人材ではない。つまり退学にだけはさせられないというわけだ。したがってマサヒロ、彼には勝ってもらわなくてはならない。
「マサヒロと言ったな。お前相当キツイ特訓になるかもしれん。そんでも着いてくる気はあるか?」
「あります。もともと学園に入学するときから心には決めてあるのです。たとえ茨の道でも進んでみせると」
「ええ覚悟や」
ルネイドは険しい顔つきから一転、柔和な笑みを浮かべる。しかし目には覚悟が決まった状態だ。彼は一呼吸置くと小さく息を吸い込む。
「絶対に勝てよ、マサヒロ」
まさかそんな言葉をかけて貰えるとは思ってもいなかったマサヒロは一瞬硬直する。こんな自分に味方をしてくれる存在はたくさんいるのだと実感さえした。
マサヒロは一度心を落ち着かせ肝を据える。覚悟が決まった目を見開き、
「はい」
短く、心の籠もった返答を返した。
◆◇◆
観客も誰もいない大きな空間、闘技場。
「ふっ、はっ、うおぁっ!?」
「どうした、どうした! そんなんやと勝てるもんも勝てんくなるぞ。気ぃ抜くなよ!」
マサヒロに向かって銀色に輝く刃を持つロングソードが振り抜かれる。疾風の如き速さで振り抜かれたロングソードは戦闘経験皆無の拙い躱し方をするマサヒロの鼻先を掠めた。マサヒロは驚き後ろに尻から倒れ込む。
そこへルネイドがロングソードの切っ先をマサヒロに向けた。
「これで3本目やな」
「次こそ躱し切ります」
「うし、気合は十分。行くぞ!」
第四ラウンドが開始される。
因みにこのロングソードは幻影である。闘技場も同じく幻影だ。
――数分前
「それじゃぁここで始めるよ」
ユナさんが宣言すると学長室はみるみるうちに変形していった。そもそもここで特訓を開始するという事に驚いたマサヒロであったが変形する学長室にその上をいかれ言葉を発する事も出来なかった。
「驚いたかい? これは幻影魔法と言ってね幻を見ているだけなんだよ。まぁこの学長室に設備された幻影魔法はそれなりに高度なものなんだけどね」
そうこうしている内に内装は学長室から一変、見た目や臨場感ほぼ現実に近い闘技場が幻影魔法によって作り出された。
「けど幻影ってことは学長室にあったものはそのままそこにあるっていうことですよね?」
幻影ということはつまり幻だ。部屋を変えたのではなく違う雰囲気を催したものに見せたの方が正しいだろう。そう、マサヒロの感覚では。
「さっきも言ったとおりこの幻影魔法は高度なものなんだよ。上手く説明は出来ないけどイメージとしては異空間を創り出した感じかな? だから大丈夫だよ。安心して存分にやり合いなさい。あ、それと緊迫感を強める為にロングソードも用意したから、幻影だけど」
もう魔法ならなんでもありなのだなとただただ感心する。
――そして今に至る。
因みにだが幻影だからといって侮りその攻撃を体で受ければ相応のダメージ(幻影)を食らうこととなる。つまるところ幻影にも関わらず現実と大差ないということだ。まぁ受けた傷、壊れた闘技場は一回一回勝敗が決した後に回復がなされるのだが。
ルネイドがずっしりと重みを感じるはずのロングソードを軽々と振り回す。その証拠に闘技場の至るところがルネイドによって破壊されクレーターが出来上がっていた。かの巨腕は伊達じゃない。
ルネイドが横に一閃する。
そのスピードも異常でマサヒロには目で追うことも出来ない。反射的に後ろに避けるがマサヒロには一瞬何かが線で通り過ぎたようにしか視えないのだ。
パシュッと遅れてマサヒロの鼻先が開き血が溢れ出る。
「……ッツ」
この空間は全て幻影な筈なのだがしっかりと痛みも感じる。現実を再現するために痛みまでも再現してくれる始末だ。
マサヒロは痛みに一瞬気が取られたが手で血を拭うと真っ直ぐルネイドを見る。ありがたいことにルネイドは剣を構えながら待っていてくれる、それはマサヒロの救いでもあった。
「次こそっ!」
「おうよ!」
幻影の世界は再構築される。
粉砕された瓦礫などは新品同然の床に代わり、血が溢れ出ていたマサヒロの鼻先は跡形もなく治っている。
そして再び開始される。
ルネイドが駆ける。
瞬く間にマサヒロの前に現れ剣を縦に振り降ろした。マサヒロは体を横に捻り躱す。が、ルネイドが身を翻すと斜めに蹴りが炸裂する。
マサヒロは咄嗟に手で頭部を護り、勢いで後ろから引っ張られているかの如く滑っていくがなんとか耐え凌ぐ。
だが、耐え凌いだところまでが作戦のうちとでも言うのか、ルネイドは既にマサヒロの間合いへと踏み切っていた。
――速い!
ルネイドの人間離れした速さに驚愕するものの、今まで上手く視認出来ていなかったルネイドが今はしっかりと目で追えている。
慣れ、それは人間にとって最大の武器かもしれない。初めは到底無理だと感じるものも幾度となく続けるうちに慣れる。つまり進歩する。――人間は神に似せてつくられたとさせる。故に『慣れ』とは人間が一歩神に近づくために与えられた力なのかもしれない。
ルネイドは剣を振り下ろした。目にも留まらぬ速さで。ただそれは常人にとっての話。今のマサヒロには視えている。
咄嗟に手を地面につけると手と足を上手く使い後ろへ跳ぶ。
剣は空を斬る。
床は粉砕。
「ほぉ、成長したな。やるやないか」
「ありがとうございます」
「基本はクリアってとこやな。そろそろこっちも本気でいってよさそうやなぁ」
ルネイドが啖呵を切る。剣の切っ先をマサヒロへ向け、少し腰を落とした。刹那、ルネイドから威圧感を感じ取る。背後に獣でもいるかのような威圧、いや殺気。ここは幻術空間、そのため死ぬことはない。故に彼は本気で斬りに来ている。
マサヒロも小さく身構えた。先程の速さは目で追う事が可能になったが次はそれ以上が来ると確信を持って言える。
「いくぞ、マサヒロ」