『学園生活』2
学園の周りを登校していた生徒達の声も段々と小さくなり、消えてなくなっていった。それは学園の始業時間が来た事を意味し、マサヒロが学園に転入する合図でもあった。
マサヒロはソワソワしながら学長に連れられ、一つの教室の前まで来る。異世界学園生活までは目と鼻の先だ。
「ここがマサヒロ君のクラス、しっかりやるんだよ」
学長は緊張するマサヒロに声をかけ、緊張をほぐすつもりだったのだが、それは逆効果だったらしくマサヒロは一層緊張で体を縮めこませてしまった。
「うわー、緊張してきた。転校生ってこんなに緊張するんだな、初めて知ったよ」
普通の転校生とは違う緊張感ではあるが、感じるものはそれと一緒だろう。
マサヒロは手汗を握りしめ、終始下を向いている。緊張感しすぎて前を見ることすらままらないのだ。
ドクン、ドクン、と心音が聞こえる程静かな廊下。
ドクンと最後の心音を聞き終え、――――ゴーーン、ゴーーンと高々と鐘の音が響いた。
それと同時にマサヒロの目の前の扉も開かれる。
開かれた扉の向こう側から勢いよく光が差し込み、マサヒロの目を刺激した。一瞬目を瞑ってしまったが、目を開けても目の前の光景は変わらず、40人ばかりの生徒がこちらを見ている。その中にはマサヒロの知っている顔も二つ程あった。
皆が注目するなか学長はマサヒロの先を堂々と歩き、教卓の前まで来る。マサヒロはそれに続いて肩身狭く着いていく事しか出来ない。いざ多数の人と面と向き合うには少しばかり勇気が足りなかったようだ。元々意思疎通は得意な方ではないため、皆の前に立ったところで何をすればいいのかなど全く分からないのである。
マサヒロは平々と自分に向けられている視線を受け止める事しか出来なかった。
「では紹介するね、今の状況を見て分かるようにこの子は転入生だ。まだ始まって間もないけど家柄の都合上こうなってしまったらしい、けれど仲良くしてやってね」
どうやら学長はこの違和感を感じせざる得ない転入を上手く理由をつけて誤魔化してくれたらしい。その点はマサヒロの難点でもあったためこれでスムーズに学園生活を始める事が出来る。
「じゃあ、次」と耳打ちをして学長からマサヒロへとバトンタッチがなされた。マサヒロは固唾と一緒に緊張感を押し込み、今まで培ってきたコミニュケーション能力を全力で駆使し、
「あ、ええと、マサヒロと言います。よろしくお願いします」
短い自己紹介を終えるとペコリと頭を下げた。
頭を上げると歓迎の拍手が送られる。そんな中、一人不機嫌そうに睥睨している者もいた。そんな彼はある意味目立つ存在で目は厳つく、何処か自分の力を矜持している感じが見受けられる。
そして彼は勢いよく立ち上がると、歓迎の波をひっくり返すように吠え立てた。
「今転入って、お前、本試では落ちたから転入試験で受かりましたーってか? ふざけんじゃねェ、こっちは真剣に取り組んできたんだ、それをお前はなんだ、平然とここに入って来やがって」
不機嫌な少年は牙をむき出しにしてマサヒロに突っかかった。言葉となった凶器がマサヒロの心という障壁を射抜く。確かに入学式の後日いきなり転入というのはおかしな話だ、不快に思う人がいてもおかしくはない。
「みんなは歓迎してくれるかもしれないが俺はまだ納得が言ってねェ。お前はどれだけ学長に媚をうって入ったんだ? 正直に言ってみたらどうだ、アァ?」
少年がマサヒロに威嚇を続けていると、違う場所で椅子を引く音が響き渡る。
「ちょっとその言い草は無いんじゃないかな? 学長もさっき家柄の都合上って言ってたんだし」
敵意を向ける少年に反論の狼煙を上げるのはクルネ。昨日の落ち込み具合からうって変わり、表情からは怒りの炎が煮えたぎっているのが分かる。
なんせクルネはマサヒロの事情を知っているというよりこの学園に入学させた張本人だ。事情を知るが故によりあらぬ疑いをされているのに腹が立つのだろう。
クルネは吠え掛かる少年を窘めるように言葉を放った。しかし額に青筋を浮かべている猛獣は聞く耳など持たず、
「はっ、あんな分かりやすい嘘に引っかかりやがって。家柄の都合上? そんな訳あるかよ」
彼はそうクルネに吐き捨てると、首を半回転させて元の向きに戻り、「それに」と言葉を紡いで威嚇を再開させた。
「学長は、こいつを庇ったということはそれなりに気に入ってるって事だよなぁ? あんなご丁寧に嘘までついてくれちゃって」
少年は一言一言核心を突く。これ以上は何も言えず、皆終始押し黙った状態だ。段々と言葉が投げかけられ始めるが、ほとんどが少年に賛同する意見ばかり。皆の心に彼の言葉が浸透し始めていた。
「黙ってないで何か言ったらどうだッ! それとも俺の言っていることが図星だったかァ」
「……………………………」
言い返したくても言い返すことが出来ない学長は彼の言葉を受けて、押し黙ることしか出来なかった。彼にいや学園の生徒に正直に伝えれば鼻で笑われてしまいだろう。なんせ魔力はないだの、大気中のマナは扱えるだの異例尽くしだ、そんなものは御伽噺の世界だ、そう簡単に受け入れられる筈がない。
「おい、お前! 加護か固有スキルは?」
少年の矛先が学長からマサヒロへと戻り、ギロッとマサヒロを睨みつける。マサヒロはあまりの威圧感に戦慄し、一歩後退った。
彼はマサヒロの実力を問うているのだ。実力の無い人間はここから排除する、そんな目つきで。つまり自分より上の存在ならば受け入れる、下ならばバッサリ切り捨てる。単純明快な質問だ。
だがマサヒロにそんな力など存在しない。それを正直に伝えてしまえばこの学園全生徒を敵に回すだろう。だがここで嘘を吐き後からバレるのも後味が悪い。極力そういった事を避けたいマサヒロは魔力の事は棚に上げ、正直に答えた。苦渋の決断の末だ。
「加護と固有スキルどちらも持ってないよ」
「はっ? 平凡な生徒のくせに、なんでここに来てんだ? ここは特進クラスだぞ。おい、学長、ここは特進クラスだ。特進クラスは加護か固有スキル持ちでないと受付ないんじゃなかったのか?」
「そんなルールは存在しないよ、唯前例がないだけだ。まああながち間違いでは無いだろうけどね。まぁ加護なし、固有スキルなしでは着いていくのが大変だ、そういう事が言いたいんだろう? でも着いていく事が可能ならなんら問題はないよ」
「ぬかしたこと言ってんじゃねェ。どうせこいつは学長のお気に入りでどうにか入れて貰えただけど無能だろ。そんな奴が推薦かつトップで入学したこの俺に着いてこれるとは思わねェけどな。そこんとこはどうなんだよ学長?」
「マサヒロ君は強いよ、この私が保証するほど優秀な逸材だ。だから気に入っているし、過保護になる。まあそんなことは置いといて、マサヒロ君は君よりもそして学長である私よりも強いだろうね。まだ魔法を使い慣れていないけど、使いこなせるようになればこの世界をも凌駕してしまう程の実力は持っている」
「へッ、俺よりも強い……ねェ。この世界には俺より強いやつなんざ存在しねェんだよッ!」
少年は学長の言葉を渋々飲み込むように小さく呟いたが、納得がいかなかったのか目を血走らせ、自分の力を矜持するように吠えた立てた。少年の自意識過剰な咆哮はクラス全体を轟かす。
「そんなのやってみなきゃ分からないよ、ここにいるみんなだって実力で入ったんだよ。君だけが強いとも限らないよ」
少し前までは少年に圧倒され押し黙っていたクルネだが再び少年に対して声を発した。それは少年の意見に対するクラス全員の代弁だったのだろう。クルネの強い信念がこもった瞳と、少年の赤く燃え上がるような瞳がぶつかり合い、間に電撃が走る勢いだ。
「クルネの言う通りだわ、私たちだって君に負けるとは思っていない。みんな自分が一番だと思っているんだから、それなら話が早いじゃない、成績で一番を取ればそれは一番強いという事になるのでしょう?」
セリアもクルネに加勢するように言葉を発した。
少年の視線がクルネからセリアへと移り変わり、額には更に青筋が浮かび上がる。
クラスの生徒もみんな一丸となって、クルネに加勢した。言葉の暴力に対する、数の暴力、少年の恫喝はもう誰の心にも浸透することがなく、確実に孤立している。この状況を作ったのは少年自身なのだから自業自得なのだろう、しかし数の暴力とはあまりにも酷だ。
この状況を止めようと、マサヒロはいろいろな手段を考える。自分のせいで孤立させてしまった少年をどうにか助けてあげたい、そんな気持ちで胸を詰まらせながら。
しかし何も思い浮かぶ術はなく窮地に陥っていた。そこへ雰囲気をぶち壊す一言が横を遮った。
「静粛に」
その声は学長の声でもなく、生徒の声でもなかった。低く、濁った声だが威圧感のある声だ。
マサヒロは口喧嘩をする少年たちから目を逸らし声のした方を見る。そこには図体の大きいファンタジーありありの剣士風な男が立っていた。先程まで彼はこの教室にはいなかったはずだ。
その男は厳つい顔でクラスを見回すと、声を荒げるでもなく、冷徹に、
「ここは学園だ、遊びがしたいなら今すぐ帰れ。嫌ならすぐ席に着け、授業を始める」
生徒たちは男を見た瞬間ビクッと身体を震わせ、いそいそと自席へと戻っていった。執拗に噛みついていた少年でさえもしかめっ面をしながら渋々着席をする。
男は静かになったクラスを見渡し、学長の方へと向き直ると、
「この子が例の転入生ですね。まああのクラスの騒ぎようからして発端はこの子についてでしょう、私も納得し兼ねるところはありますからね。しかし学長がそう言うのなら仕方がない事ですし」
「よろしく頼むよ、それと一つだけいいかな?」
「はい、何でしょう?」
学長は一呼吸置くと、
「あのティホンという餓鬼、実力があるのは知っている、だがしっかり躾けておけ。次突っかかてくるのならつぶすぞ――マサヒロ君今からは私ではなく、このロイゼが担当です。しっかりしごいてもらうこと、ではまた後でね」
学長は一瞬、物凄く厳つい形相、それもクラスを一喝したこの男ロイゼよりも厳つい形相になり、口調もいつもより鋭くなったが、すぐにいつもの学長に戻るとマサヒロに一言告げて教室を後にした。
マサヒロはロイゼという担任に預けられ、どうすればいいのか分からずキョロキョロとしていると、それを見兼ねたロイゼが、指でさして示し、
「あそこだ、あの空いている席がお前の席だ、早く座れ」
「あっ、はい」
いちいち声が恐いので親切に告げてくれているのに対しても戦慄し、ちょこちょこと小走りで席へと向かうとササっと席に着いた。隣には赤毛の少女がニコニコと笑顔を浮かべてこちらを見ている。マサヒロはドキッとしてしまい視線を逸らしてしまった。
ロイゼは席に着いたマサヒロを見て、
「授業を始める」
淡々と授業を始めだした。誰もがそう思った事であろう。
ロイゼは黒板に向けた体を翻し、踵を返すとクラスのメンツを見て、不敵に笑った。そして教卓を思いっきり叩くと、睥睨するようにクラスを見回し、
「俺はお前らがいけ好かない」
いきなりの告白にクラスは騒然とする。
「黙れ、俺は嫌いなんだよお前たちみたいな餓鬼が。まず、才能がない」
ロイゼは喧嘩を売るように啖呵をきり、全く教師らしからぬ態度で首をコキコキトと鳴らした。いや、もともと教師など唯の肩書であり、生徒に教えを説くつもりなどさらさらなかったのだろう。ここにいる生徒に教授すること自体、性に合わないと。
そんなロイゼに一人の少年は歯向かった。ティホンは怒り心頭に発し、
「んだよ、その言い方は。教師として失格だろうがよっ、それにこの俺に才能がないだァ? 笑わせるな、俺に才能がないわけねぇだろ、俺はこの学園一だ。もしかしたらおっさんより強いかもなァ」
「自信過剰も度が過ぎると引いてしまうよ、それとお前が才能あるだァ? こっちこそ笑わせるな、お前には才能の欠片のこれぽっちも見当たらねぞ。自分を矜持している負け犬にしか見えないな」
「んだと、コラぁ」
ティホンはロイゼに敵意を示し、憤懣やるかたないといったように拳を振り上げて、ロイゼへ立ち向かった。我を忘れかけているティホンに対し、ロイゼは冷静に行方を見守り、
「そういうところが才能ないって言っているんだよ」
真っ向から立ち向かったティホンに向かって大きく足を振り上げる。爆音のような風を切り抜ける音が聞こえる、しかし流石は学園一と吠えるだけあり戦闘には慣れているのか、今の一撃を見切っていたかのように横へ身体をずらすと足を振り上げた状態で無防備となったロイゼに拳を突き付ける。
だがロイゼは遅いというかのように隙をついた筈のティホンに一撃を見舞った。振り上げた足はこの攻撃の伏線とでもいうかのように足を振り下ろし、ティホンを上から叩きつけた。
振り上げた足は相手に隙と見せかけ次の攻撃をするのに呼び込む演技。ティホンとの違いは一手先を読むのではなく二手、三手先をも瞬時に把握してしまうところだろうか。学園一でも学園の教師には勝らないと。ロイゼの戦闘センスは計り知れない。ティホン自身もそう感じた事だろう。
しかしティホンも諦めが悪い。彼には諦観の心という物は存在しないのだろう。いつどこであろうと自分の力を矜持して、自分が一番であろうとする。彼の弱点でもあるその欠点に今彼が直面していた。
「目覚め」
ティホンが絞り出すような声で唱えた途端、彼の手が炎で纏われるように炎が複雑に絡みついた。ティホンの手からプロミネンスが突出する度に熱風がクラス中を吹き荒れる。
ティホンが行ったのは加護持ちである人物が誰でも扱うことが出来る術、自分の魔力を最大限に引き出し、加護の魔法を強化するいわばブースト、バフみたいなものだ。ティホンの腕に纏わりつく炎は加護の目覚めを行った証拠。
加護を引き出したティホンを見てロイゼは、哀れむような顔で彼を見る。
「今の一撃でも俺に勝らないことが分からないのか、全く。性懲りもなく俺に歯向かったところでかすり傷一つもつけられないだろうに。これだから才能がないって言っているんだよ」
足で抑えつけていたティホンを解放すると、ティホンは勢いよく立ち上がり、ロイゼの蹴りが腹に直撃した。ティホンは熱風をまき散らしながら吹き飛ぶ。
ティホンは本能的に不味いと感じたのか足に力を入れ、床と摩擦させながら勢いを殺し立ち止まった。そして一旦距離を置くと、空気中に数十個の炎球を出現させる。
「その炎で何をするつもりか知らないが、俺には届かないぞ」
ロイゼがそう言った途端、炎は破裂したように全て消えた。ロイゼもティホンも両者とも一歩も動いていない。
「なっ?」
ティホンは何が起こったのか分からず驚愕し、ロイゼは不敵に笑いながら、
「ほら言っただろう」
「どういうことだっ!? 今何をした」
「それを簡単に教えるとでも思っているのか? いう訳がないだろう、一つ言っておくとすれば才能の差だ」
ロイゼは嫌味でもなくはっきりと才能の差というもの見せつけた。ティホンの耳に才能という言葉が通過し、歯ぎしりをする。今まで無敗の天才として生きてきた彼にとっては厳しい現実だったのだろう。
「才能、才能ってうるせェんだよッ! だいたいお前には才能があんのか、アァ?」
ロイゼは直ぐ突っかかってくるティホンを見て、呆れたようにため息をついた。
「確かに俺には魔法の才能はないかもしれない、だから教える事も不可能だ、しかし諦めない根性を持つと共に一種の諦観も兼ね備えている、いわば状況判断の才能は優れていると確信している。そしてまさにお前にはその才能が欠けている。確かにお前は魔法の才能はあるだろう、加護を貰い世界には恵まれている。しかし恵まれた才能だけでは、自身の才能とは呼べない」
長々と弁明するロイゼをティホン睨みつけ、
「それで何が言いたい?」
「世界に恵まれている才能だけで自惚れているやつはいけ好かないって事だ」
ロイゼは自分が世界に恵まれていないと言いた気に呟いた。
先程の闘いを見るにロイゼにもそれなりの恩恵という物は存在しているのだろうが、彼は納得がいっていないのか加護持ちをやたらと卑下して遠ざけようとしている。
ロイゼはティホンから視線をずらすとマサヒロの方を見て、「それに」と言葉を紡ぎ、
「恩恵もなく、才能があると矜持している輩も嫌いだ」
マサヒロはその言葉が自分に投げ掛けられている事を理解できた。というより恩恵を授かっていない者などここにマサヒロ以外いない。
ロイゼは遠回しに恫喝すると、教卓の前まで戻った。未だ炎が消された事が納得できていなさそうなティホンなど眼中にも留めず淡々と話を進めた。
「それでだ、さっきからお前がピリピリしているのはあいつが原因だろう。お前みたいなプライド高い奴なら排除したくなるのも当然だしな」
先程のティホンの行動から大体の事は把握したらしい。ロイゼはあの場にいなかったのだからマサヒロとティホンがいがみ合っていた事など知る由もない。
「そこで俺に良い提案がある。無能を排除したいロイゼに無能でない事を証明したいマサヒロ。ならばその信念を決闘にぶつけてみろ。だが、決闘と言ってもルールはこちらが決める」
「はッ、分かりやすくて何よりだ。それでルールってのは?」
ロイゼは待っていたとばかりに口角を吊り上げ、
「ティホン、お前が勝てばマサヒロを除籍処分、マサヒロ、お前が勝てばロイゼは特進クラス剥奪だ。つまり互いにリスクを持って闘えという事」
「のった」
間髪を入れないティホンの返答。それは初めから分かっていたのかロイゼは終始マサヒロの方を向いて話していた、返答を待つ今もマサヒロの方を見ている。
「一つ質問をいいでしょうか?」
「アァ?」
「言ってみろ、質問によっては返答してやる」
「俺とティホンのリスクの差はなぜでしょうか?」
ロイゼは質問に対してハッと嘲るように鼻で笑い、そんなことも分からないのかという視線で訴えかけた。ロイゼの言ったことを齟齬しきれていないマサヒロは返答が返ってくるのを期待して、ロイゼをまじまじと見つめながら待っているだけである。そしてロイゼは呆れたように、
「才能の差だ。無能を残す利益はないが、加護持ちのこいつを残す利益はある。それだけだ。それとも負けるのが恐いのか? この決闘に無理強いはしない、つまり断ってもいい。さぁどうする?」
ロイゼの言う通りここで止めておくのも賢明な判断だろう、だがここで逃げたところで抱えるリスクは変わらない。まず除籍処分など教師が勝手に行っていいものなのか、自分たちを試しているだけではないだろうか。マサヒロは今判断できる材料だけで真実を暴こうとする。
「余計な詮索は止めておくといい、この決闘は学長に許可を得てからするつもりだ」
学長なら反対してくれるだろうか、だが今日ここで見た学長を見る限り反対はしそうにない。それに学長とも会ってまだ二日だ、それ相応な信頼関係などないのだから除籍処分ならそれでバッサリ斬りおとされる方が高いかもしれない。マサヒロは考えれば考えるほど結論から離れていく。
「学長なら止めてくれるとでも思ったのか? とんだ筋違いだな、学長はお前を気に入っていると本当に思っているのか? だとしたらとても愚かなものだな。確かに学長はお気に入り生としてお前をここに入学させた、だがな学長は金の卵を見つけ自分の手の内に収めておきたかっただけなんだよ。お前は学長に守られているんじゃない、学園で束縛されているんだよ」
確かにロイゼの言う事は筋が通っていた、だが納得できない点もあった。
ロイゼの言う通り手の内に収めておきたいだけなのなら毎日自ら教えを説く事などするだろうか。はたして自分の教え子をそうバッサリと切り捨てることなど出来るものなのだろうか。これは全てロイゼの挑発、手のひらで転がされているのでは。
「早く選べ」
マサヒロは歯噛みして考える。だが、ここで証明しなければあれだけの事をしてくれたクルネ、セリア、学長に申し訳が立たない。それならば負ける事などに怖気づいている暇はない、マサヒロはいつだって背水の陣なのだ。
「その決闘にのる、そして絶対に勝って見せる」
マサヒロはクラス全員を前にして学年トップに勝利宣言をする。クラスは唖然としていて、ロイゼとティホンだけが口元を緩ませていた。
ロイゼはマサヒロの宣言に牽制を入れることもなく、すんなりと受け入れる。
「一か月後だ。一か月後に全力でつぶし合え」
「はっ、これで無能は消える。短い学園生活だなァ」
ティホンはもう勝ったような口ぶりで、席へと戻っていった。
これで有耶無耶だった件も落ち着き、クラスには沈黙が訪れる。息をするのも躊躇われるクラスにロイゼの足音だけが高々と鳴り響いた。
ロイゼはさっきの一件が何もなかったかのようなに平然と、
「今度こそ授業を始める。まずは――お前たちの才能を計らせてもらう。十分後に闘技場に集合だ」
「「「はい」」」
◆◇◆
学長は教室を出た後、ロイゼがどのような方針で行くのかを確かめるため廊下の壁にもたれかけ、教室の声を聴いていた。
しかしロイゼには珍しくすんなりと授業を始めだした。そう思ったのも束の間ロイゼは世界に対する、生徒に対する皮肉をべらべらと溢す。それに痺れを切らしたティホンが襲い掛かり、返り討ちに遭った。
そしてロイゼが提案したものは生徒にとって厳しい条件での決闘。
「やっぱりこうなってしまったか……」
ロイゼは口では任せろといったものの内心はマサヒロの事をよく思っていない。学長もそれには気づいていた。それでもロイゼの言葉を信じて任せてみたのだ。結果は見事に裏切られてしまった。
どうせこの提案にケチをつけたところで「二人は俺の生徒だ、俺の生徒に何しようと俺の勝手だろ」と言い出すのが目に見えずとも分かっている。
「だけど、これは、これでいい。マサヒロ君を鍛えるきっかけにもなるし、それにあの餓鬼を一回つぶすことだって出来る。まったくロイゼは面白い事を考えてくれたね」
大変な事態となっているのにも関わらず笑みを絶やさない。絶やさないのではなく絶えないのだろうか。
学長はもたれかけていた背中を起こすと踵を返して、学長室へと向かった。その後ろから誰かが来る気配を感じ取り、後ろを振り返る。そこには黒髪のがたいのいい教師が仁王立ちしていた。
「学長、聞いていたんですね。なら話が早い。俺はこの方針を変えるつもりは微塵もない、それにあの二人がどうなったところで知ったことはない」
「分かっているよ、君の好きにするといいさ。この事に関して私は一切口出ししないでおくよ」
「ならいい」
「フン、全く君はもう少し言葉遣いを直せないのかい?」
「直すつもりなど微塵もない」
「分かったよ」
決闘の許しを得たロイゼは颯爽と姿を消し、廊下にはまた静かな空間が訪れる。
学長はロイゼのいなくなった廊下に一瞥もくれず、ただ前だけを見て歩いていった。
ブックマーク、感想などなどよろしくお願いします。
誤字報告など貰えると助かります。一応自分でもチェックはしているつもりなのですが、抜け落ちている部分とかあったりするので……