プロローグ2
「えーと、こうやってこう? いつも感覚でやってるからいざ教えるとなると難しいね。こういうときこそ、クルネがいればいいのに、なんで早く戻って来ないのよ」
セリアが自分で『魔法』を使って、マサヒロに示して見せる。
しかしマサヒロにとっては『魔法』が感覚で使えるほどの身近な物ではないので、見様見真似で『魔法』を使ってみろと言われても使えないのが事実。
マサヒロは『魔法』という存在を想い描いたらその通りになるもだとばかり思っていたがそう簡単でもないらしい。
セリアの説明を解釈するに魔法とは自己の魔力と呼ばれるマナに想い描く物をかけ合わせ初めて魔法が成り立つという事だ。
しかしそう説明されてもまだイマイチ、ピンとこないしそれ以前にマナという物が感じ取れない。
マサヒロは「ほらやってみろ」と言われいざ実践で簡単にこなせるほど『魔法』に長けた天才ではないらしい。
「(はぁ、異世界転移ものって普通チート持ちだろう)」
「なにブツブツ言ってんの、そんな暇があったら早く練習しなさい。あんたはまだ『魔法』のまの字もないわ。まったくマナを感じられないなんて初めて聞いたわよ」
セリアは全くマナを感じることも出来ないマサヒロに呆れている。
しかし、才能がないと分かったとしてもマサヒロを見捨てようとしたり、見下したりしないのはセリアの優しの現れなのだろう。
マサヒロはもう一度、セリアに言われた通りマナを感じるように目を瞑って集中力を張り巡らす。
しかし何度やったとしてもセリアの言う「なんか温かくてオレンジっぽい流れ」は感じる事が出来なかった。
普通ならばそんな物を感じなくても魔法の仕組みを説明しただけで感覚で出来るものなのだが、マサヒロにはその感覚が全く分からなかった。
これは今まで魔法に触れ合った事がないからなのか、それとも生きてきた環境によるものなのか、原因は不明だがマサヒロが魔法を扱うことが出来ないのはれっきとした事実である。
なかなか魔法が使えないのでマサヒロは疲れ果てたのかその場に仰向けで寝転び、全身の力を抜いた。
「やっぱり俺には魔法は無理なのかな……今までも使ってこなかったし使わなくても生きていけないことはないだろ」
マサヒロがそんな事を無垢に呟くとセリアは頬を膨らまして、赤く染めた。
「そうやって直ぐ諦めるのは駄目だよ! たとえあんたが良くても私は許さない。魔法が使えるようになるまで教えてあげるから、もうそんな弱気な事は言わないように」
今まで優しく接しいたセリアだがマサヒロの弱気な発言で、昔の弱気な自分を走馬灯のように呼び起こし自然と怒りが込み上げてきた。
そして目の前にいるマサヒロを自分と同じような運命を辿って欲しくないと感じ、怒りと同時に助けてあげたいという気持ちも込み上げてきたのだ。
「さあ、立って。もう一回やるよ。ほら早くしなさい!」
「ありがとう、セリア。俺が間違ってたね、もう弱気な事は言わないだから俺に魔法を教えて欲しい」
「うん、だからそう言ってるじゃない。全部あんたが間違ってるの、私は全部正しい。そう、だからあんたは私の言うことをしっかりと聞けばいいのよっ」
セリアは自分の言った事に少しの恥らいを感じているのか、それともマサヒロに頼っている宣言された事が嬉しかったのか、なぜ顔を赤らめているかは不明だが自己の感情を隠すためにわざと厳しい台詞を発したのだろうという事は分かった。
セリアは照れ隠しのように素早く立ち上がると、手を前に翳して生活必需魔法を使って見せた。
手から少量の水が蛇口を捻ったように流れ出す。
どうやらこの世界では数少ない水という資源を自ら作り出すというとても大切な魔法らしい。
「こうやって、こうやって、こう」
セリアは上手く説明しているつもりなのだろうが、それは全くと言っていいほどマサヒロには伝わっていなかった。
セリアの説明はこの世界の誰一人として、理解する事は出来ないだろう。
そんなセリアから『魔法』を学ぶというのはマサヒロにとっても無理があった。
「セリアは説明が下手くそですね、クルネが教えて上げますよ」
二人で四苦八苦しているところへクルネがやって来た。
クルネは微笑ましくマサヒロたちを見つめ、説明に難句しているセリアをからかう。
そんなクルネのちょっかいに対してセリアは、
「う、うるさいわね! 私だって頑張ってやっているんだから邪魔しないでよね、ふん」
「でもセリアの説明で理解してくれた人は今までいなかったじゃないですか。それともセリアは成長したという訳ですか?」
「そ、そう。私は成長したの。だから今度はクルネの助けはいらない、マサヒロはちゃんと理解してくれるもの」
セリアは可愛らしくクルネのからかいに反抗する。
マサヒロはそんなセリアを見つめ、いちいちクルネに反抗しなければそこまで漬け込まれないと思うのに……と感じた、がこういうところがセリアらしい部分なので別にこれはこれでいいと思った。
「そうですか、セリアはもうクルネを頼らなくても生きていけるようになったのですか。それならクルネも安心です」
少し空気が凍った。
今までのクルネのからかいに比べて、今のクルネの発言が物凄く冷徹な言葉だったからだ。
「ど、どうしたの、クルネ。クルネはそんな事言う子じゃないよね……何…が言いたいの?」
セリアがクルネに疑問を投げかけると、クルネは言いにくそうに顔をしかめ、
「セリアにはもうクルネは必要ありません、だから一人で生きていって下さい。もうセリアはクルネと関わってはいけません」
「なんで……私とクルネはいつも一緒でしょ。約束したじゃん、どんな時も離れないって、どうしたの、急に、何かあったなら相談乗るよ?」
「もういいんです。あの約束だって幼い頃に交わした口約束、そんなものを今でも律儀に守り続けている方が可笑しいですよ。それにこれはセリアが関わっていい事でもありません、関わってしまってはセリアが困った事になってしまいます。クルネはもう一般市民と同じ身分なのですから」
セリアはクルネの言葉に驚嘆し、紡ぐ言葉が見つからなかった。
クルネはセリアに迷惑をかけまいと必死にセリアが近づくのを拒絶しているが、その顔は正直もので拒絶の表情は何処にもなく、どこか寂しそうな表情である。
「そんなの、友達を救う為だったら構わない。だから、私を一人にしないでよ。同じ気持ちを味わった仲じゃない、一人の寂しさを分かち合った仲じゃない、なんでそんな酷い事が出来るの!」
「もういいんですっ!」
それ以上は言うなと言うようにクルネの叫びがセリアの言葉を遮った。
クルネの頬に透明な雫が滴れ落ちる。
「もういいんです。セリアなら友達が直ぐに出来る、だから安心して下さい、一人にはなりません。だから、もういいんです……」
「あの、切り出しずらかったんだけど二人で仲良く解決とまではいかないのかな? 話し合いならそんな二人が不幸の道を歩む事はないんじゃないかな?」
マサヒロが完全に血が登った二人を宥めるように、話の話題を転換させる。
しかしクルネはその言葉をも否定するように……
「マサヒロには関係ない話です。ですが安心してください、マサヒロは同じ身分のクルネが守って上げます。だから素直に言う事を聞いてください」
「そんな無茶な話を聞いて素直に聞けと言われても、聞くことなんて出来ないよ。親との会話で何があったのか知らないけどこれはクルネと親の問題であって、クルネとセリアの問題じゃない。だからセリアと――――」
「何も知らないマサヒロが口出ししないで。素直に聞けばいいって言っているでしょうッ!」
クルネは完全に舞い上がりもう自分の感情すらもコントロール出来ていない。
マサヒロの提案もセリアの言葉もクルネには届いていないのだろう。
クルネにとっての悪感情が強烈な外骨格と化し、クルネを心の奥底に一人閉じ込めている。
このままではクルネは自我を無くして、そのままもぬけの殻な人間となってしまう、そう思ったマサヒロが取った行動はキツイ言葉を放ち心の奥底からクルネを這いずり出す事であった。
「素直には聞けないって言ってるだろッ。確かにクルネは貴族を剥奪されてセリアにとっては毒の状態かもしれない。だがな、セリアがそれで良いってんだからそれで良いだろ。セリアがもし貴族剥奪されてもそれはクルネと関わったセリアの責任だ。それに制限から抜け出せるなら剥奪されるのは逆に好都合だろっ。クルネ、お前はもっと自分の気持ちに素直になれっ。お前はもっと自分の気持ちを素直に聞いていれば良いんだよっ!」
唐突な厳しい言葉にクルネは怯えたような表情を見せ、一歩後退った。
そして顎を引いて、
「うっ……うう。ごめんなさい、セリア。クルネが悪かったから、許して。クルネはやっぱりセリアが一番だから……」
ようやく我に戻ったのかクルネは心の深く暗い場所で眠っていた本音を吐き出した。
セリアはその本音を聞けたからかどこか嬉しげな表情を浮かべ、
「私もクルネが一番だから。厳しい言葉を言ったのは許して。これからも一緒だよ」
「うん」
マサヒロはそんな二人の愛情を見守りながら淡い笑みを浮かべた。
いつものセリアならツンツンした態度で片っ端から自分の恥じらいを隠していくのだが、今のセリアはクルネと同様、自分に素直になり穏やかな表情をしている。
二人はそのまま熱りが冷めるまで抱き合いながら涙を流した。
◆◇◆
あれから数時間が経ち、二人は泣きつかれたのかそのまま眠りに入ってしまった。
二人の寝顔にはもう不安の表情はなく、安らかである。
マサヒロはそんな二人を呆然と眺める。
呆然と眺めるしかない。
安らかに眠る二人を起こす事も忍びないし、またこの二人の寝顔をずっと眺めていたいという願望もある。
しかしその願望は直後に虚しく散り落ちた。
「ん…んー。おはよう、マサヒロ」
クルネが先に目を覚まし可愛い声で呟くと両手を上に上げ、大きく伸びをする。
その声に釣られて起きたのかセリアもまた目を覚まし、辺りをキョロキョロと見渡すと状況を理解したらしくクルネと同じように伸びをした。
先程まではもう一緒にはいられない、一人で生きていくなど、辛辣な喧嘩をしていた二人だが、泣き疲れるまで泣いたら何かが吹っ切れたのかもう元通りの仲良しに戻っている。
マサヒロはそんな二人を見て、セリアとクルネは二人でいる方がずっとか楽しそうで、一人よりも二人セットで彼女たちなのではと思った程だ。
「おはよう、二人共。それでだけどこれからどうする?」
マサヒロの問いかけに二人は頭を抱えて思考を張り巡らせるが、寝起きで思考回路がよく回らないのかなかなかに苦戦しているらしい。
必死に思考回路を回転させ目をうつろにさせながらクルネは何かが思いついたのか堅い表情から力が抜け柔和に微笑んだ。
「クルネに考えがあります。ですがそれにはマサヒロに学園へ入学してもらう必要があるのですが、マサヒロはいいですか?」
「そういうことね。つまりはマサヒロを学園へ入学させ、学園の学生寮を使わせて貰うとそんな感じか」
「学園に入学かぁ。でも俺には魔法の才能もない、剣も握ったことない、今まで運を頼りに生きてきたような落ちこぼれだよ? それなのに俺が学園に入学ってのもなぁ」
「大丈夫です! マサヒロは魔法を使えるようになりますよ。使えなかったのはセリアの説明が下手だったからです。だから安心してください、学園で一緒に暮らしましょう」
こんなに可愛い女の子に一緒に暮らしましょうなんて言われたのは初めてで、いやまず家族としか一緒に暮らした事がないのに誰かと一緒の屋根の下に暮らすというのは流石に躊躇する。
それに初めての同居生活が女の子と来たもんだ、マサヒロはそんな勇気などない。
「一緒にってのはちょっと……」
マサヒロはこの話題から逃れようと糊塗するが、無垢に発言している彼女たちには彼の思いなど微塵も届かず、セリアは首を捻ると、
「何? マサヒロは女の子と一緒ってのが恥ずかしいの?」
恥ずかしいに決まっていた。
今ですら緊張で倒れそうな勢いだというのに、いきなりの同居は流石にレベルが高すぎる。
「そ、そうだよ。流石に俺でも女の子と一緒に暮らすのは……」
「意気地なしね、それだから駄目なのよ。さあ、行くわよ」
何が駄目なのかはさっぱり分からなかったが、マサヒロに有無を言わせない態度で事を進めていくセリアに圧されて結局学園へ向かうことになっってしまった。
セリアはバッと立ち上がると手をこちらに伸ばし、マサヒロの手を掴み取った。
クルネも負けずともう一方の手を掴むと顔を赤くしながら、引っ張り上げた。
マサヒロはそんな二人に仕方なく立ち上がると嬉々として駆けていく二人を後ろから着いていくように歩き出した。
◆◇◆
街の頂点とも言える場所に威風堂々と屹立する巨大な建物。
――学園
「で、でかい」
先ほどのクルネの屋敷、大豪邸ですら凄いと感じた彼だが、目の前にはそれの数十倍以上もあるだろう学園がある。
「ここがクルネとセリアが通っている学園、フロイデーン学園だよ。確か学長の名前がフロイデーンだからフロイデーン学園って名付けられたらしいけど……そんな事はどうでもいいや。まずこの学園を端的に説明するけどここは剣術、魔術に長けたエリート生が集まる学園なの。だからもしマサヒロがここに入学するのなら相当な茨の道を歩く事になると思う、それでも私たちに付いてきてくれるかな?」
クルネは学園の説明の中にちゃっかり自分はエリート生ですアピールを交え、その実力をマサヒロに知ってもらうようにとんと自分の胸を叩く。
マサヒロは朝彼女に会ったときからあの強力な魔法を目にしているため彼女の実力は十分に承知している。
そして自分が魔法を使えずにこの世界で苦しい思いをするだろうという事を。
そんな茨の道と分かっていてこの先を率先して進もうとするような事は今までのマサヒロならしなかっただろう、今までの臆病で世間知らずのマサヒロなら。
だが今は目の前で上目遣いをし、「付いてきて」と懇願している美少女がいる、それだけでマサヒロは今までの自分の殻を割ることが出来た。
「あれだけ私と魔法の練習をしたんだからここに入学して魔法を覚えて貰わないと私はあんたを殺すわよ」
一見物騒な言葉に聞こえるがその表情には言葉とは似つかわない頬を赤く染め照れ隠しのようにそっぽを向くセリアがいる。
その言葉にマサヒロは後押しをされるように、
「うん、ここに入学する。これからずっとクルネとセリアに着いていくよ。どれだけ茨の道だったとしてもね」
マサヒロ自身も恥ずかしい台詞で彼女たちの想いに応えた。
クルネは照れ隠しのように、いそいそと学園の門に歩み寄り取っ手に手をかける、セリアは依然としてそっぽを向いたままだ。
こんな事で恥ずかしがっていてはいけない。
これからはもっと恥ずかしいような生活を送るだろうから、一つ屋根の下で同居するというのに今更こんな女心にたらしこむ台詞がなんだというのだ。
クルネは門をギイと軋む音と共に押し開けた。
目の前に映るのは西洋ではよく見かける半螺旋状に巻かれた大きな階段に校舎の上に取り付けてある教会のような鐘。
日本の大学とは比べ物にならない別世界、そしてここが異世界の中でも優等生ばかり集まるというフロイデーン学園だ。
「じゃぁクルネたちに着いてきてね」
「う、うん」
マサヒロは別世界の中に引き込まれてしまい、返答が曖昧になる。
彼女たちには日常的な風景なのだろうが彼にとっては人生に一度見れるかどうかの景色だ、引き込まれてしまって当然である。
「マサヒロさっきの私たちにずっと着いてくるっていう台詞はどこにいったのよ。早くしないと置いていくぞ、このバカ」
セリアはいつまで経っても着いてこようとしないマサヒロに対して痺れを切らしたようにキツイ言葉を投げかける。
だがやはり彼女は根は優しいのでキツイと言っても可愛らしいものだ、置いていくというお仕置きも何だか可愛い。
「こんな大きな建物初めて見たからもう少し……」
「さっきクルネの屋敷を見たでしょうが、あー、もう知らないからっ」
マサヒロの対応にムカムカし、セリアはマサヒロを置いて先を行ってしまった。
マサヒロはようやく我に戻り、先を行くセリアが相当怒っている事に慌て、
「ま、待って、ごめん。今、行くからっ」
全力疾走で追いかけた。
しかしそれだけでセリアの怒りが治まるはずがなく、
「知らないっ」
マサヒロの言葉など完全無視で学園内を歩く。
螺旋状の階段を上り終えると、大きな木製の扉から校舎ないへと入った。
マサヒロもセリアに続くように扉を開け校舎内に入る。
すると待ち構えていたセリアが彼の尻に一発蹴りを入れた。
「痛っ」
マサヒロはもがき苦しむように縮こまり尻を抑えてその場に転がる。
こんな可愛い子の一撃がここまでも強烈なのかと少し恐怖を感じたが、この学園は『剣術』と『魔法』に長けたエリートというクルネの言葉を思い出しセリアの一撃強烈なのが納得というのと共に学園中にこんな凶暴な女性が沢山いるという恐怖がさらに植え付けられた。
「次はないからね」
「はい、すいません」
マサヒロは日本の謝罪の宝刀『土下座』で深々と頭を下げた。
そんな間の悪いときにクルネとそれに付き添うように現れた清楚な感じの美女が現れる。
クルネはマサヒロが何をしているか分からないっといったような目で彼を見つめ、しぶしぶ彼の方を指差すと、
「あの方がマサヒロという先程私が申し上げた人物でございます」
「ふーん、あの変なポーズをしている男の子が……」
「は、はい」
冷酷な目でマサヒロを見る学長に彼は怖気づき直ぐ様立ち上がるとビシッと綺麗な気を付けをして深々と礼をした。
「わ、わたくしはマサヒロと申しこちらの方の知り合いです。どうかお見知り置きをっ」
「ははは、何だか君は面白い子だね。さっきの変なポーズといいこの切り替わりの早さといい、うん合格だよ。いいよー、この学園の寮なりなんなり好きに使ってちょーだい。あとそんなかしこまらなくていいですよ」
学長は軽々しく言い放つとテクテクと足早に去っていく。
これで一件落着の筈、筈のように見えるのだが彼にはまだやらなければならない事がある。
立ち去っていく学長に向かって彼は問うた。
「あ、あの俺、魔法が全く使えないんですが……」
「へ」
学長はありえないと言いたげな顔で彼の方に振り返り、口をへの字に曲げた。
しかしマサヒロにとっては事実でしかなく、どうしようもない事なのだ、だからこそ聞かなくてはならなかった。
「俺に魔法を教えて下さい」
「は、はぁ」
学長にとっては初めてのことだった。
今までこの学園にそんな生徒が入学してきた事は一度たりともない。
当たり前だ、この学園は剣術、魔法に長けた優等生しか入学出来ないのだから。
しかし今目の前にいるのは全く魔法が使えないという少年。
「魔法が使えないってどれくらい?」
「生活必需魔法が使えないくらいです」
「はい!?」
魔法を苦手とする生徒は今まで沢山見てきた。
しかしその生徒は全て最低限の魔法は使えた、なのに目の前にいる少年は生活必需魔法も使えないという。
そんな生徒は見たことがなかった、いやそんな人物を見たことがない。
そう目の前の少年は異例なのだ。
「君それは本当なの?」
「は、はい」
学長は疑うように側にいる二人に視線を泳がすが二人とも頷きこくるだけ。
そしてそんな反応を見て学長は、まさかなと彼を疑うような目で見る。
彼女が疑っているのは、おとぎ話にある一説である。
突然現れた正体不明の男は魔力を持たず、それにも関わらず強大な魔法を行使してこの世界の魔導士として君臨し続けたという話である。
この話はおとぎ話、逸話に過ぎないと彼女は思っていたのだが、今こうして目の前にいる少年からは本当に魔力のオーラを感じられない。
彼女はふと口角を持ち上げ微笑んだ。
「大丈夫よ、君は魔法を使える。この学園に入学することを許すわ、ただし条件付きでね」
その言葉にクルネとセリアは喜びを分かち合う。
だがマサヒロはしっかりと話を最後まで聞いていた、その条件が何なのか分からない以上喜ぶことなど出来やしない。
「条件とは?」
不安にまみれた形相で声を震わせながら問う。
学長は笑みを絶やさないまま、
「放課後、私と魔法の練習をすることよ。私自ら君に魔法の神髄を叩き込んであげる」
「「えっ?」」
先程まで喜びにまみれていた彼女たちから表情が抜き取られたように笑みが消え、目を丸くしている。
学長自ら教えを乞うなどありはしない事実に驚愕しているのだ。
「君は大魔導士としてのセンスもあり、この学園内では一番の期待生でしょう。そんな君を手放さないためにも私があなたに魔法の教育をするだけの事」
「それで俺は魔法を使えるように?」
「はい、なれますよ。君がこの学園に入学するのならね」
「はい、入学します!」
マサヒロは間、髪入れずに返答した。
そんなマサヒロを見て学長も深く頷く。
「では君は今から学園の生徒です、そんな格好をして学園に入るのは許されません、私の部屋に来てください。制服を譲渡します」
「じゃまた後でね、寮で待ってるから」
マサヒロは「じゃぁ」と言って別れを告げると学長の部屋へと向かった。
マサヒロが向かった先はもちろん学長室。
学長に入学の印として制服等を貰うためだ。
だが制服を着るとなるとこの私服はどうしたらいいものか、となるものだが捨てるのも忍びないというよりまだ買いたてほやほやの新品だし、なにしろあの二人に買ってもらった服なのでどこかには活用したいと思っている。
私服を着れる場所といったらやはり寮の自室くらいだろうか。
二人にしたって自分たちが贈った服を着てくれていると目で分かった方がいいに決まっている。
マサヒロは学長室の前で立ち止まる。
ここに足を踏み入れればマサヒロは晴れて学園入学であり、異世界での学園生活の幕開けなのである。
緊張感や不安が昂ぶりを示した。
「早く入りなさい、別に緊張することはないわ」
「は、はい」
緊張することはないなどと言われてもマサヒロにとっては緊張するのだからどうしようもない。
何に緊張しているかは明白である。
マサヒロは顔を真っ赤に染めて、下を向いたままだ。
学長は自室という事もあってか、肩、へそ出しの露出の高い薄着一枚に艶やかな太ももをさらけ出したショートパンツ一枚の格好となかなかラフな格好である。
そうマサヒロが緊張しているのは、これから始まる学園生活への期待などではない。
この美人な女性の学長、しかも露出の高い格好をした美少女と密室で二人きりになるという事にだ。
女性との関りが少なかったマサヒロに取っては物凄くレベルの高いこの状況、どうにか打破できないものかと考えてみたもののやはり何も思いつかなかった。
マサヒロは目の前にいる美少女に発情しないように出来るだけ無表情を装い、学長室に足を踏み入れた。
学長は机に腰を掛け、膝を組んでいる。
学長が履いているズボンがショートパンツなだけあって太ももがより鮮明に浮かび上がっていた。
マサヒロはそれをちらりと見ると、無表情を装った顔は見事に砕け散り、赤面すると共に顔をそっぽに向けた。
そんな一貫性のない動きをするマサヒロを見て、学長は顎をさすりながら、
「何を赤面しているのですか? 別に恥ずかしがるような事はしていないでしょう。まあ、いいわ、じゃあこっちに来て」
学長は自分の隣に置かれた制服をトントンと叩いて示すと、手招きをして呼びかける。
マサヒロは心の中で無関心、無関心と呪文のように唱え、恐る恐る足を前へと踏み出した。
ようやく学長の目の前まで来ると顔を上げ、学長と目を合わせる。
学長は隣にある制服を掴み取ると、丁寧に両手で受け渡した。
制服が学長からマサヒロの手へと伝わる。
「これで君はここの学生よ。厳しいこともあるかもしれないけど頑張ってね」
学長がマサヒロの肩に手を置き、満面の笑みでエールを送る。
マサヒロはまたしても赤面した。
刹那、マサヒロの気持ちなど知らず美人な女性の顔が近づいてきた。
「ふへっ?」
マサヒロ口から思わず変な声が漏れ出る。
学長はマサヒロの耳元で顔を制止させると、
「期待しているよ」
マサヒロの耳元に学長の吐息が吹きかかる。
そして彼は余計に顔を赤らめ、化学でも証明できないなぞの発熱反応が起きた。
学長は呟くなりすぐマサヒロの耳元から顔を引き離し、満面の笑みで彼を見送った。
マサヒロは「失礼しました」と丁寧に礼をして、学長室を後にする筈だったのだが、
「あ、そうだ、マサヒロ君。また後でここに来てくれないかな。少しくらいは魔法の練習をしないと、ね?」
学長は「じゃ、また後で〜」と手をひらひらさせてマサヒロを送り出した。
今度こそ本当に、学長室からの退出だ。
学長室を退出する際に深々と礼をし、視界に入った手にはしっかりとこの学園の制服が握られている。
マサヒロは無意識に笑みを溢した。
これから始まる学園生活の青写真を思い浮かべ、期待に胸を詰まらせたのだ。
マサヒロは学園内の廊下を胸張って歩き、クルネとセリアの二人がいる寮を目指した。
――こうしてマサヒロの学園生活は幕を上げた。
ブックマーク、感想などなどよろしくお願いします。