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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
贖罪編
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贖罪編51 交錯しない思い


「飽きた……」

 ボフッと枕に頭を乗せ、俺は目を瞑って意識を投げ出そうとした。

「ダメだよ。ほら、起きて」

 ずるっと枕を抜かれ、崩れるジェンガのように頭がマットレスに沈む。

「……もう嫌だ」

「怒るよ?」

 ムッと凄まれ、俺は渋々体を起こす。

 ベッドに備え付けられた簡易テーブルの上には、筆記用具とノートと参考書、つまり、勉強道具が揃っている。

「……本当に嫌だ。もう飽きた。外に行かせてくれ」

「ダメに決まってるでしょ。まだまともに歩けないんだし、そもそも今日雨だよ」

「じゃあせめて寝かせてくれ」

「時間は有効活用するの」

 そういってベッドの横のパイプ椅子座るに八雲は、俺にシャーペンを押し付ける。

「……大日本帝国異能軍、奴等は一体」

「現実逃避しない。そういうのはプロの霊官に任せて、学生には学生のやることがあるでしょ」

「…………」

 六月も終わりに差し掛かった今日この頃、未だ明けない梅雨に気分も沈む中、俺は病室で勉強に勤しんでいた。

 理由は単純明快、もうすぐ異能専科の期末テストなのだ。

 異能専科は異能者の管理と育成を目的にした学校だが、一般的には普通の小中高一貫学校。それもそれなりの名門校である。

 一般大学に進学する者も多いこの学校は、異能者としてだけではなく、普通に学生としての学力も求められる。

 しかし普通の高校よりも特殊な事情を抱えている生徒が多いことを考慮され、回数は年に四回と決まっており、七月、十二月、二月の学期末と四月の実力テストのみ行われる。

 中学の頃からまともに勉強しておらず、編入直後から厄介事に巻き込まれることも多かった俺は勉強が遅れ気味で、こうして入院期間を利用して勉強を見てもらっている。

 講師を買って出てくれた八雲は四月の実力テストで学年二位を獲った秀才で、先日まで休学していたにも関わらずその学力は俺より遥かに上だ。

「大体俺たちは今回の事件で結構活躍したんだから、テストくらい免除してくれても良さそうなもんじゃないか?」

 まともに持てないシャーペンを苦心しながら包帯の間に挟み、何とか字を書けるようにしながらボヤく。

「結果的には事件を解決できたけど、命令違反と報告義務違反、その他諸々でとんでもない処分が下るところだったんだよ?」

「そりゃそうだけどよ……」

 そうなのだ。

 俺は自室謹慎を破り、さらに資格を凍結されていたにも関わらず勝手に動いたことも相まって、二週間の追加謹慎と百科事典でも作れそうな量の始末書を書かされた。

 トシは独断行動と報告義務違反で厳重注意、ネコメは責任のある正規の霊官という立場を考慮されて減俸になってしまった。

 それでも諏訪先輩が庇ってくれたおかげで軽く済んだもので、本来なら全員ブタ箱行きでもおかしくなかったほどのことらしい。

 一応顔を隠していたことでマシュマロは無関係ということになったが、庇ってくれた諏訪先輩は藤宮を死なせてしまったことと、俺たちに対する監督不行き届きで支部に呼び出しまで食らったそうだ。

 そして、八雲は……。

「……そうだよな、八雲の方が大変だったもんな」

「……そんなことないよ。あたしは平気。もともと自分の意思でなった訳でもないしね」

 八雲に下された処分は、霊官資格の剥奪。早い話が霊官をクビになった。

 事情を考慮されて法的な措置は免れたが、五月の事件と今回の件を鑑みて霊官として相応しくないと判断されてしまったのだ。

「……不躾な話だけど、今後はどうするんだ? その、生活とか……」

 八雲には今のところ頼れる大人がいない。

 親と言える藤宮は死んでしまったし、金銭的な意味で生活が危ういのは想像に難くない。

「うーん、異能専科に通ってる間はそんなにお金かからないし、霊官のお仕事の貯金も結構あるから、大学出るくらいまでは余裕だよ」

「そうは言っても、住むところとかだって……」

 異能専科は全寮制だが、夏休みなどの長期休暇には寮が閉まってしまう。その間の宿代だけでも、バカにならない金額だろう。

「夏休みとかはネコメちゃんのとこに泊めてもらうんだ。ネコメちゃん、実質一人暮らしだから」

「一人暮らし? 柳沢さんと住んでるんじゃないのか?」

 ネコメの保護者、柳沢アルトさん。霊官の中部支部の支部長で、ネコメの名付け親でもある人だ。

「ネコメちゃんは別に柳沢さんの養子って訳じゃないし、年頃の女の子だからって中等部の頃から別々に暮らしてるんだよ。ネコメちゃんはちょっと寂しそうだったけど」

 なるほどな。二人は一見して親子って感じには見えないし、柳沢さんにも世間体とかあるんだろう。

「それにしても、夏休みか……」

 期末テストが近い。つまり、夏休みも近い。

 サボりがちだった中学時代やフリーターをやっていた時期は休みって感覚が曖昧だったけど、考えてみるとやっぱり楽しみだ。

「夏休みにさ、皆んなでどこか行かない?」

「どこかって?」

「どこでもいいよ。海とか、キャンプとか、お祭りとか」

「散財する気満々じゃねえかよ」

 多額の負債を抱えている身で言えた義理ではないが、遊びっていうのはとにかく金がかかるものだ。

 余裕があるというのは嘘ではないと思うが、いいのかよそんな心持ちで。

「……じゃあ、大地くんが霊官で偉くなって養ってくれる? 永久就職ってやつ」

 上目遣いでそんなことを言ってくる八雲から顔を背け、俺は突き離すように否定する。

「……何で俺がお前を養うんだよ。霊官以外でも働きようはあるだろうが」

「あ、あは。そうだよね〜」

 ばつが悪そうに笑う八雲だが、俺は笑う気にはなれなかった。

(……悪いな、八雲)

 心の中で謝りつつ、俺は誤魔化すように参考書に視線を落とした。

 目が覚めた日の翌朝、俺は病室で八雲の残り香を感じた。

 リルを問い詰めても何も言わなかったが、夜中のうちに八雲が俺の病室に来ていたのは明白だ。

 そして、ほんのわずかに俺の顔からも、八雲の匂いがした。

 その残り香が何なのか、八雲がどういうつもりでそんなことをしたのか分からないほど、俺も鈍くはない。

 しかし、俺には八雲の気持ちを受け入れるつもりはない。

 今の八雲はどこか浮ついていて、俺への感謝と好意を間違えている可能性だってある。

 それに、もし八雲が本気だったとしても、悪いが俺は誰かと交際するつもりはない。

(……本当に、ごめん)

 今も胸の奥に残る、数年前の思い出。

 楽しく、優しく、暖かかった。

 しかし同時に、思い出すだけで怖気のする記憶。

 あの出来事を忘れられない限り、俺は、誰とも付き合ったりできないのだろう。


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