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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
贖罪編
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贖罪編48 傷だらけの凱旋


「ねえ大地、私言ったわよね?」

 グイッと首のチョーカーを引かれ、虚ろな双眸に目を合わせられる。

「な、何のことだよ……⁉」

 無表情の中に狂気の混じった怒りを孕ませるその人物、諏訪先輩に、俺は卒倒しそうな恐怖を感じた。

「今度私の作った腕をダメにしたらどうなるか……。ちゃんと言ったわよね?」

「ひっ……‼」

 スッと伸びる白い手が俺の左腕を掴み、グリッと思い切り捻られる。

 爪楊枝をへし折るような気安さで、俺の左腕の肘から先が外された。

「あ……ああ……⁉」

 腕があった所からは、鈍色に輝く無機質な管、銃身が現れた。

「ねえ、ちゃんと、言ったわよね?」

 愛でるように銃身に指を滑らせる諏訪先輩に、俺は目の前が真っ暗になり、叫んだ。

「俺の左手がサイコガンにッ⁉」

 ばっと毛布を蹴飛ばして飛び起きる。

「安静にしてなさいこのすっとこどっこいッ‼」

 べしゃっと体の上から凄まじい圧力に襲われ、起き上がった体が再び寝かされる。というか、叩きつけられる。

「……ワンちゃん、それ、どんな、夢?」

 頭上にクエスチョンマークを浮かべながら俺の顔を覗き込むのは、真っ白い髪に真っ赤な瞳の少女、マシュマロだ。

「ま、マシュマロ? それに、諏訪先輩?」

 首を捻って辺りを確認すると、車椅子に乗った諏訪先輩の姿もあった。

「ねえ、どんな、夢?」

「夢?」

 分からない……。何か恐ろしい光景を見ていたような気がするが、よく思い出せない。

「確か……左手が……」

 すぐに消えてしまいそうな夢の記憶を辿って左手に視線を向けると、俺の左手はミイラ男のように包帯でぐるぐる巻きになっていた。

「な、なんだこりゃ⁉」

 よく見ると左手だけでなく右手も、なんか息苦しいと思ったら首回りや顔、全身の至る所が包帯だらけになっていた。

 辺りを見回すと、白い壁に白いカーテン、俺が寝かされていたのは真っ白いシーツの敷かれたベッド。ここはまず間違いなく、もはやお馴染みの市内の総合病院、そこの異能者専用病棟だ。

 俺が自分の置かれた状態を確認していると、先ほど蹴り飛ばした毛布の下からもぞもぞとリルが這い出して来た。

「リル!」

『起きたかダイチ‼』

 いつものように飛びついてくるかと思って手を差し伸べると、あろうかとかリルは包帯だらけの俺の手に噛み付いた。

「痛っ⁉ 何しやがんだリル‼」

『うっさいバカダイチ‼ 無茶しすぎだ‼』

「な、何だとコンニャロ⁉」

 くるるる、と喉を震わせて怒りを露わにするリルにたじろぎながらも、俺は噛まれたお返しにほっぺをぐりぐりする。

『やめれ〜‼』

「怪我の上から噛むような奴はお仕置きだ‼」

「やめなさい!」

 諏訪先輩の制止の声と共に、俺の頭の後ろでバスンッ、と空気が弾けるような音と衝撃が起こる。

「リルはずっとアンタの側で心配そうにしてたのよ? イジメるんじゃないわよ」

「側って、そりゃ離れられないから……」

「心配そうにすり寄ってたの。まったく、可哀想に……」

 そう言って諏訪先輩は労うようにリルの顎を優しく撫でる。その優しさを一割でいいから俺に向けてくれませんかね。いつも思ってるけど。

「リルちゃん、だけじゃ、ないよ? わたしも、ネコちゃんも、としくんも、あやめも、やくもんも、みんな、ワンちゃんのこと、心配してた」

 ゆったりとしたマシュマロの言葉で、ようやく俺は何で自分が病院のベッドで寝かされていたのかを思い出した。

「そうだ……。あの後……」

 あの後、『大日本帝国異能軍』とやらが藤宮を殺害して俺たちの元を去った後、俺たちはマシュマロが要請したという応援の霊官たちに保護された。

 山道に入れない救急車に一人一人別々に担ぎ込まれ、車内で俺の記憶は途切れている。

「どうなったんだ⁉ みんなは無事なのか⁉」

 ネコメは重傷を負っていたし、八雲や奈雲さんは言わずもがな。トシだって無傷じゃなかった筈だ。

「悟志は軽傷。ネコメは重傷だったけど、もうほぼ完治しているわ」

「完治って、あれから何日か経ってるのか?」

 ネコメの傷はどう見ても一日二日で治るようなものではなかった。

 諏訪先輩が治療したとしても、そう簡単に完治するとは思えない。

「今日でちょうど一週間よ。ちなみに今は午後四時」

「一週間か……」

 それはまた、えらく長いこと寝込んでしまった。

 しかし、一週間もあったというなら、俺のこの包帯まみれの姿は解せない。

 確かに重傷だったが、諏訪先輩なら一晩もあれば治してくれそうなものだ。

「……アンタが何考えてるのか何となくわかるけど、この際だからはっきり言っとくわ」

 自分の手をしげしげと見つめる俺に、諏訪先輩は呆れたように語りかける。

「私は確かに医術を嗜んでいるし、傷の治療をする異能術も使える。でも、ゲームみたいにコマンド一つで傷が全回する訳じゃないのよ?」

「そ、そうなのか?」

 喪失した腕をすげ替えられるくらいなんだから、てっきりこの程度の治療なんて朝飯前なのだと思っていたのに。

「腕をすげ替えるなんて、そんな大掛かりな手術がホイホイ出来るわけないでしょ。肉体への負荷もあるし、拒否反応の可能性だってゼロじゃない。もう治らないって箇所にだけ行う、最後の手段なのよ。ネコメのアキレス腱とか、今回のあんたの肩関節とかね」

「そうだったのか……」

 ということは、俺のあのグッチャグチャになった指はまだ治療可能だったってことか。異能を扱うだけあって、この病院の医療も普通の病院とは違うのかもな。

「リルは、大丈夫なのか?」

 諏訪先輩の膝の上で不貞腐れているリルは、一見普段通りに見える。

 しかし、あの原因不明の不調の直後に無理矢理異能を使わせてしまったのだ。体にどんな負荷が掛かったのか想像もつかない。

「宇藤先輩の見立てでは、もう大丈夫なはずよ。もともとリルの不調は、半異能特有の成長痛みたいなものだから、アンタが異能を使って発散させたのが、結果的には良かったみたいね」

「せ、成長痛?」

「そうよ。放っておくか、発散させればそのうち治るものだったの」

「じゃ、じゃあ……‼」

 何でそれを教えてくれなかったんだ、と言いかけてやめた。

 あの時の俺は冷静ではなかったし、そんな事情を知ったところで大人しくしていたとは思えない。

「……八雲は?」

「…………傷は、私が診察する前にほぼ完治していた。喉に埋め込んだ異能結晶も摘出したわ」

「やっぱり、あいつは異能結晶を……」

 目の前で見ても信じられなかったが、異能結晶には傷を癒すような効果があるようだった。

 それがもともと絡新婦の異能混じりであるところに絡新婦の異能結晶を使ったからなのかは分からないが、ともかく致命傷を負った八雲が戦線に復帰したのはそういう訳だったんだ。

「じゃあ、奈雲さんは……?」

「…………」

 俺の問いに、諏訪先輩は言葉を詰まらせた。

 そしてしばらくの間考えるように俯き、やがて口を開く。

「会ってみる? となりの病室にいるわ」



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