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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
贖罪編
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贖罪編47 幕引き


「あは、あははははッ‼」

 藤宮が笑う。

 自らの体内に異能結晶を取り込み、変質していく自らの肉体に凶悪な笑みを浮かべる。

「っの野郎ッ‼」

 咄嗟にトシが手にしていた木の枝を振り被るが、藤宮はそれを易々と受け止め、トシの腹に拳を打ち込む。

「っがぁ‼」

 体をくの字に曲げて地面に倒れ込み、トシは激しく咳き込む。

 そんなトシを悠然と見下ろし、変質を遂げた藤宮はうっとりと自分の頬を撫でる。

「ふう……。こんな感じなのね、異能混じりって。いくつになっても新しい発見や体験は、心踊るわ」

 髪の色が黄色と黒の縞模様に変わり、禍々しい赤い瞳で一同を見回す。

「さてと、これで本当に、終わりよッ‼」

 そう言って腕を振り被る藤宮に、

「ええ、これまでです」

 背後から、声を掛ける者がいた。

「え?」

 素っ頓狂な声を漏らす藤宮の四肢を、背後から黒い槍が貫いた。

「いっぎゃああああっ⁉」

 四肢を貫いた四本の黒い槍はそのままぬかるんだ地面に突き刺さり、悲鳴をあげる藤宮を這い蹲らせるように縫い付ける。

「ッ⁉」

「な、なんだよ、どっから現れたっ⁉」

 瞠目するネコメに、狼狽えるトシ。

 八雲は奈雲さんの体を背中に庇うような体勢になり、突然現れた奴らを見据える。

(なんだ、どういうことだ……⁉)

 俺はといえば、ただただ理解が追いつかなかった。

 突然現れた謎の連中は、全部で五人。

 その全員が同じようなデザインのローブのような物を着込み、すっぽりとフードを被って顔を隠している。

 そしてその全員が、いつのまにか藤宮の背後にいた。

 異能を発現させたままの俺とネコメに、イヤリングを外したトシ。感知に優れた者が三人もいて、誰一人としてこれだけの大人数の接近に気付かなかった。

(しゅ、瞬間移動でもして来たってのかよ……⁉)

 藤宮を背後から攻撃した以上、藤宮の味方ではなさそうだが、俺たちの敵ではない保証は無い。

 これだけの大人数で、しかも俺たちに気付かれることなく接近できるだけの手練れ。

 もし敵なら、今のボロボロの俺たちじゃ、万に一つも勝ち目は無いぞ。

 どう動くべきかも分からない俺たちに向かって、フードの中の一人、先ほど藤宮に声を掛けた人物が一歩前に出た。

「安心してください。皆さんに危害を加えるつもりはありません」

 フードの人物の言葉に、俺たちはビクリと体を硬くした。

 これは一応敵ではないって宣言だが、鵜呑みにするほど俺たちも馬鹿じゃない。

 何よりフードの人物の声は、変声期でも当てているかのような奇妙な声で、とても信頼できるものじゃない。

「我々の目的は、この人の始末です。藤宮さん、貴女は我々の仲間としては不適格です」

 フードの人物は悠然と藤宮を見下ろし、感情の読み取れない声でそういった。

「ふ、ざけるなッ‼」

 地面に縫い付けられたままの藤宮は顔だけをフードの人物に向け、赤い瞳を見開いて叫んだ。

「私を……私を誰だと思っているの⁉ あなた達を見込んで仲間にしてやったのは他でもないこの私なのよ⁉」

(藤宮の、仲間だと⁉)

 このフードの連中は、藤宮の仲間、俺たちの敵なのか?

 緊張する俺たちを他所に、フードの人物はこれ見よがしなため息を吐いた。

「確かに、我々を集めて組織したのは、他でもない貴女です。しかし、我々は貴女の思想には共感しましたが、貴女の信徒になった覚えはありませんよ?」

「なっ⁉」

 フードの人物の言葉に、藤宮は明らかに狼狽する。

 激昂し、異能の糸を吐こうとする藤宮の口に手を突っ込み、フードの人物は続ける。

「この国を異能大国に。異能の軍事利用をもって、日本を再び大国と渡り合える強い国に。その理念は素晴らしいです。しかし、それがどうして彼等のような若い異能者を殺めるという結論に至るのですか?」

 諭すような言い分に、藤宮は目に涙を溜めてえずきながらも、抗議しているらしい。

 しかし、フードの人物はまるで聞こうとしない。

「彼等こそ我々が導き、次の時代の国を担うに相応しい人物に育て上げるべき存在。それを殺めるというのは、我々の理念とはまるで違う」

 ぐりぃ、と喉の奥に腕をねじ込み、内側から首を捻る。

 わずかに跡が残っているだけの首の傷を圧迫し、そこに収まっていた異能結晶を無理矢理摘出した。

 異能が解けて苦しそうにもがく藤宮など意に介さない様子で、フードの人物は言葉を続ける。

「今の貴女は、自分の思った通りに事が運ばず癇癪を起こしているだけの愚か者だ。そんな人物は、我々の仲間には必要無い」

 摘出した異能結晶を指先で弄びながら、フードの人物は藤宮の口に突っ込んでいた手を引き抜く。

「えっおぇ……‼ か、くごは、あるんで、しょうねっ⁉」

 えずきながらも睨みを効かせる藤宮に、フードの人物は「覚悟?」ととぼけて見せる。

「私がいなければ、異能結晶も人工異能者も作れない‼ 私の研究がどれだけッ……‼」

 言葉を最後まで紡げないうちに、ぐるん、と、藤宮の首が一回転した。

「大義と私情を取り違えるなよ」

 目にも止まらないスピードで藤宮の首を捻り上げたフードの人物は、静かに怒るようにそう言った。

 ビクンビクンと痙攣する藤宮を一瞥し、後ろに控えていた四人のうちの一人の肩を叩く。

 肩を叩かれたフードの人物はローブの中から日本刀と思しき刃物を取り出し、大きく振り上げる。

「失せろ、老害」

 指示を出した人物の言葉を契機に、銀色の刃は振り下ろされた。

 まるで豆腐でも切るようにすんなりと刃が通り、ぬかるんだ地面に藤宮の頭が落ちる。

 首の断面からは噴水のように鮮血が噴き出し、辺りを赤一色に染め上げた。

「研究の情報は、そうですね、ここだけあれば取り出せますかね」

 フードの人物はそう言って地面に落ちた藤宮の頭を、髪の毛を掴んで持ち上げる。

 見開かれたままだった両目を閉じさせ、後ろに控えていた中の一人に頭を渡す。

 あまりにも呆気なく、藤宮は死んだ。

 俺たちの目の前で、簡単に殺された。

「……さてと、皆さん、ご迷惑をおかけしましたね。申し訳ありませんでした」

 そう言ってフードの人物は恭しく頭を下げる。

 今まさに人一人殺した直後とは思えないほど平坦な態度だな。

「我々の存在を明らかにするのは本意ではありませんが、皆さんは既に無関係とは言えない状態ですので、致し方ありません」

 後ろに控えていたフードの一人、先ほど日本刀を振ったのとは別の人物が藤宮の手足を貫いていた四本の槍を抜くのを待ち、先ほどから喋っている、どうやらリーダー格と思われる人物が名乗りを上げる。

「我々は『大日本帝国異能軍』。かつての強い国を現代に蘇らせるために集った、真にこの国の異能と未来を憂う、異能者の集団です」

 大日本帝国、異能軍。

 それがこいつらの、藤宮が組織した集団の名前か。

「他言無用、とは行かないことは百も承知です。またいずれお会いしましょう」

 そう言ってフードの集団、大日本帝国異能軍とやらの連中は踵を返した。

「さようなら、若き異能者諸君」

 こうして、一人の女の妄執によって起こった事件は幕を閉じた。

 しかしこれは、俺たちと『大日本帝国異能軍』の、長い、長い戦いの始まりになる。

 長くて苦しい、戦いの。



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