表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
贖罪編
93/246

贖罪編45 蜘蛛の姉妹


(苦しい……)

 最初に感じたのは苦しみだった。

(熱い……)

 次に感じたのは熱だった。

(眠い……)

 最後に、意識を手放そうと思った。

 しかし、今ここで意識を手放したら、きっと自分は二度と目覚めることは無いだろう。そんな確信が八雲にはあった。

 呼吸は、出来ない。

 自らの首を深く貫いた硬い感触により、どうやら自分の気道は塞がれてしまっているようだ。

 声を上げることも、出来ない。

 同様に声帯も潰されてしまったらしい。

(これは、ダメかな……)

 自分の傷は致命傷で、未だに命を繋いでいるのは奇跡的だと、八雲はそう思った。

 ボヤける視界には、自分を解放してくれた友人が姉と死闘を繰り広げているのが見える。

(逃げてよ、大地くん……)

 ネコメと悟志を連れ、今すぐここから逃げて欲しかった。

 自分のことも姉のことも放っておいて、自身の命を優先して欲しかった。

 しかし、この少年がそんな選択をしないこともまた、八雲は重々承知していた。

 そんな少年だから、縋ってしまった。

 そんな少年だから、掛けてみたくなった。

 そんな少年だから、恋い焦がれてしまった。

 しかし、無情にも少年は崩れ落ちてしまった。

 満身創痍、身体中無事な箇所が無い程に痛めつけられ、その命は風前のともし火だった。

(……嫌だ)

 八雲はほんの数日前まで、自らの死を願っていた。

 愚かで罪深い自分に、然るべき罰を与えてくれるよう祈っていた。

 でも、もう無理だ。

 もうそんな事は考えられない。

 八雲は知ってしまった、友達の温もりを。

 八雲は知ってしまった、本当の意味で自分の味方になってくれる存在を。

 だから八雲は、抗うことを誓った。

 絶対絶命の死地にあっても、最後まで足掻いてみせると決めた。

(もう……諦めたくない……‼)

 今の八雲の望みは、自分を罰することでも、自らの死でもない。

 ただ、仲間と共に生きること。それを心から望んでいる。

 他愛も無い、平凡なその望みを、諦められるはずがない。

(もう……何も諦めないッ‼)

 だから八雲は、手を伸ばした。

 自らの前にあった小さな石に、微かな望みをかけて。

(お願い……届いて……‼)

 異能の世界において、神の存在は大昔から否定されている。

 神の偉業と呼ばれたかつての奇跡も、異能のメカニズムが解明された現代においては、ただの異能でしかない。

 だから、心から神頼みをする異能者など存在しない。

 それでも。

(お願い……‼)

 コツン、伸ばした指先が石に触れる。

(届けぇ……‼)

 それでも、もし神がいるのなら、諦める者より諦めない者を救うだろう。

 指に挟んだ石を引き寄せ、八雲は首を貫く節足を引き抜いた。

「がっはぁッ……‼」

 せり上がってくる血を押し留める。今はえずいている時間さえ惜しい。

 鮮血が噴水のように溢れ出る首の穴に、手に取った石、姉の傷口から溢れた異能結晶をねじ込んだ。

(嫌いだったんだけどな……)

 八雲は自分の異能が好きではなかった。

 醜く、グロテスクな蜘蛛の異能。

 ネコメのように愛らしく神々しい異能がいいと、何度もそう思った。

 しかし、今はこの力が愛おしい。

 自分を動かしてくれるこの力が頼もしい。

 仲間を救うために振るえるこの力が誇らしい。

(もう一度、あたしと一緒に戦って……‼)

 異能結晶によって傷は塞がり、体には力が満ちる。

 無論、結晶の使用にリスクや副作用があることなど百も承知だったが、それでも構わない。

 強化された異能を発現した八雲は、跳ねるように起き上がって地面を蹴った。

 今まさに少年に振り下ろされようとしている凶刃。

 間に入って振り下ろされた節足を受け止めた八雲は、姉に向けて笑いかけた。

「もうお終いにしよう、お姉ちゃん」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ