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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
贖罪編
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贖罪編43 その声は届かない


 地下の隠れ家から地上に出て、診療所の廃屋から外に飛び出す。

 すでに日が暮れており、街灯の無い田舎は闇に包まれていた。

「どこ行った⁉」

 辺りに藤宮や奈雲さんの姿は見えず、俺はキョロキョロと周囲を伺う。

 まだ逃げられてからそれほど時間は経っていないが、負傷者だらけの俺たちよりも異能の節足で移動できる奈雲さんの方が遥かに速い。

 方向の特定に時間を掛ければ逃げられてしまう、そう思って焦る俺に、ネコメとトシが同時に同じ方向を指差す。

「こっちだ‼」

「こっちです‼」

 サトリの読心とケット・シーの聴覚。二つの異能が同じ方向を示したということは、まず間違いない。

 俺たち四人は頷き合い、即座に駆け出す。

 先頭を走るのはスタンガンのダメージから回復してきた八雲。その後を僅かながら異能で身体能力が強化されているトシが続き、片足を引きずるネコメとリルを抱えた俺が並んで走る。

「オイ、これ追い付けるのかよ⁉」

「無駄口叩いてねえで走れ‼ 逃げられたら終わりだぞ‼」

 不安そうに振り返るトシにハッパをかけるが、正直追い付ける保証は無い。

 でも、今逃げられたら本当にお終いだ。

 いずれ霊官の捜査で藤宮を逮捕できたとしても、恐らく奈雲さんは間に合わない。

 だから、走るんだ。

 例えこの先に何が待っていようとも、今は走るしかない。

 舗装された道路を抜け、山道に入ったところで視界が一気に悪くなった。

 広範囲に渡って藤宮たちの思考が聞き取れるトシを先頭に据え、俺たちは昨日の雨でぬかるむ山道を駆ける。

「罠張られた‼ あとちょいで木が飛んでくるぞ‼」

「何だと⁉」

「……今だ、伏せろ‼」

 トシの号令に俺たちは半ば反射的に身を屈めた。

 すると一瞬前まで俺たちの体があった位置を、巨大な丸太が横薙ぎに通り抜ける。

 轟音と共に後方に飛ぶ、木を雑に切っただけの丸太に蜘蛛の糸を繋げたトラップ。

 トシが思考を聞いていなければ今ので全滅だったかも知れない。

「思考を読む異能、サトリ。思った以上に厄介ね」

 声のした方を向くと、暗闇の中から藤宮が現れた。傍らには節足を剥き出しにした奈雲さんの姿もある。

「逃げねえってことは、観念したのかよ?」

「逃げる? この私が?」

 心外だ、とばかりに藤宮は鼻を鳴らした。

 まあ、あんな殺しに来てる罠を仕掛けておいて観念しているなんて思ってないけどな。

「雪村ましろが相手ならともかく、私がお前たちみたいなガキ相手に逃げるなんて冗談じゃないわ‼」

 つまりマシュマロには勝てないって自覚があるんだな。自慢すんなよクソババア。

「……まあ、そうは言っても手間がかかるのは間違いないわ。という訳で八雲、お母さんの味方になってくれない?」

「あ?」

 何言ってやがんだ、この女?

 言うに事欠いて、今更八雲に味方になれだと?

「藤宮、テメエ……‼」

「お前には聞いてないわよ、大神」

 憎々しげに睨みつけながら、藤宮はピシャリと言葉を遮ってきた。

「八雲、あなたの望みは奈雲でしょう? お母さんの味方になってくれれば、奈雲の体を治してあげるわ」

「ッ⁉」

 藤宮の言葉に、八雲は明らかに反応を示した。

 奴の言う通り、八雲の目的は奈雲さんの救出だが、それは何も俺たちの側に付いていなければ出来ないことではない。

 現に八雲は奈雲さんの身柄を盾に藤宮に従っていた訳だし、改めて奈雲さんの安全と治療を保証されるなら俺たちの側にいる理由はない。

「八雲……」

「八雲ちゃん……」

 俺とネコメは、そっと八雲の名前を呼んだ。

「…………」

 今ここで俺たちの中で一番戦える八雲が再び藤宮の側に付けば、戦況は決する。

 俺たちには、逆転の目が無くなる。

「……本当に?」

 吐き出すような八雲の問いに、俺は瞠目し、藤宮は笑った。

「もちろん本当よ。さあ八雲、こっちに来て頂戴」

 歓喜の表情で手を差し伸べる藤宮に向け、八雲はゆっくりと近づく。

「おい、やめろよ八雲ちゃん‼ そんな奴の言うこと信じるのか⁉」

「来ないで‼」

 制止しようとするトシに、八雲はハッキリとそう告げた。

(これは……)

 思考が読めるトシが、八雲を制止しようとした。

 つまり、八雲は……。

「ふふ、良い子ね八雲」

 自分の隣に立ち、俺たちと相対した八雲を、藤宮は後ろからそっと抱きしめた。

 そして、これで決まりだとばかりに八雲に命じる。

「さあ八雲、アイツらを殺しなさい‼」


「やなこったッ‼」


「ッ⁉」

 八雲はクルッと反転し、口から大量の糸を藤宮に吐きかける。

 八雲の動きを合図にし、俺たちは一斉に駆け出した。

(ああ、信じてたよ。疑うもんか……‼)

 裏切りと見せかける一連の動きは、全て奇襲のための八雲の演技。

 恐らくそのために、八雲は『私が本気で裏切ると思ってる演技をしろ』とトシに向けて念じていたのだ。

 俺もネコメも、誰一人として八雲の裏切りなどあり得ないと確信していた。八雲もそれを信じていたから、この奇襲は成功したんだ。

「くっ、このっ‼」

 へばり付いた糸の塊に戸惑う藤宮の顔を、至近距離から八雲のつま先が捉えた。

「ぎぃ⁉」

 潰されたカエルのような悲鳴を上げる藤宮に、ネコメが追撃の回し蹴りを見舞おうとした、次の瞬間、

「足を潰せ奈雲‼」

 鋭く響いた藤宮の命令により、奈雲さんが動いた。

「ぃぎっ⁉」

「ネコメちゃん⁉」

 蹴りの体勢を取っていたネコメの両足を、素早く伸びてきた奈雲さんの節足が貫く。

「ネコメ⁉」

「ネコメちゃん‼」

 驚愕する俺たちの眼前で、両足を一本ずつ節足で貫かれたネコメが逆さ吊りにされる。

「あ、ぎぃ……‼」

 節足が開くのに合わせて両足を大きく開かれ、穿たれた両足から鮮血を滴らせながらネコメの表情は苦悶に染まっている。

「やめて……やめてお姉ちゃん‼」

 八雲の懇願に、奈雲さんは眉一つ動かさない。

 本当に、言葉が届かないんだ。

「舐めたマネ、してくれたわね……‼」

 憎悪の声を漏らしながら、藤宮は八雲に蹴られた顔をさする。

 白衣の袖で流れ出る鼻血を拭い、歪んだ笑みで逆さ吊りにされたネコメを舐めるように見回す。

「まず一人、潰れたわね。あらあら、無様な格好。男子の前で下着まで晒して、恥ずかしくないのッ⁉」

 侮蔑の言葉を浴びせながら、藤宮はネコメの足の傷をグリグリと指で抉る。

「ぎぃあぁッ‼」

 蹂躙されるネコメの悲鳴を聞いて、俺は我を忘れて飛び出した。

「ヤメロォォォォッ‼」

 左腕でリルを抱えたまま、指が折れて力が入らない右手で藤宮に殴り掛かる。

 しかし、そんな単調な動きでどうにかなるほど藤宮は甘くなかった。

 激昂した俺の拳は簡単に躱され、代わりに胸にスタンガンを押し当てられる。

「がぁ⁉」

 全身に走る衝撃と、体の力を無理矢理霧散させる電撃に、俺は抱えていたリルを落としてしまい、膝から崩れ落ちた。

「これで、二人ッ‼」

 倒れた俺に、藤宮は懐から出した小型のナイフのようなものを突き立てた。

 ズブリと右手の甲に沈み込んだ冷たい感触は、俺の体の血液中に溶けた鉄を流し込んだような痛みの奔流を起こす。

「があぁぁぁぁッ⁉」

 なんだ、このとてつもない痛みは⁉

 ナイフの刀身から、まるで灼熱の温度を持った猛毒が全身を巡っているような錯覚を覚えるほどの激痛だ。

「純銀のナイフよ。効くでしょう?」

 銀だと?

 異能混じりに対する必殺の武器である、銀の得物まで用意していたのか。

「もうやめろぉ‼」

 宙吊りにされたネコメとのたうち回る俺を見て、八雲が異能を全開にして走り出した。

 蜘蛛のような前傾姿勢を取り、泥を跳ねながら藤宮に接近する。

「奈雲、構わないから殺しなさい‼」

 すかさず藤宮は奈雲さんに迎撃を命じた。

 命令を受けた奈雲さんは吊り下げたネコメの体を揺らしながら、残った二本の節足を八雲に向ける。

 槍のように降り注ぐ二本の節足を回避するたびにぬかるんだ地面に穴が空き、八雲の接近を許さない。

「お願い、止まってお姉ちゃん‼」

 右へ左へと反復横跳びのように節足を回避する八雲は、やはりと言うか何と言うか、奈雲さんを攻撃出来ないようだ。

 奈雲さんの体に気を使うせいで、自身を狙う節足さえ迎撃出来ずに回避に専念している。

 無傷で奈雲さんを無力化できるとすれば粘着性の糸を使うしかないが、節足の猛攻を回避するのに精一杯で糸を吐く余裕がない。

 あれではジリ貧だ。

「八雲ちゃん、糸が来る‼」

「ッ⁉」

 思考を読んだトシの警告を受け、八雲は奈雲さんの正面から逸れるために方向転換した。

 八雲も奈雲さんも、糸は口から出す。

 粘着性の糸は普通の糸と違って携行に適さないため、戦闘で使用する場合はその都度口から生成する必要がある。

 つまり、相手の口に意識を向けていれば直撃するを食らう可能性はグッと低くなるのだ。

 自分でも糸を使う八雲はその特徴をキチンと理解していたため、糸の回避は容易に思えた。

 その判断が、致命的なミスだった。

「ッ⁉」

 トシの警告通り奈雲さんの口から吐き出された糸を、八雲は回避した。

 しかし、奈雲さんの顔の向きにのみ意識を割いてしまった八雲は、足元が疎かになった。

 昨夜の雨でぬかるみ、節足でボコボコになった地面の穴に足を取られ、ほんの僅かに体勢を崩してしまう。

 その一瞬は、コンマ一秒も隙を作れない実戦の中において、自ら死地に飛び込むほど絶望的な一瞬だった。

「八雲ォ‼」

「八雲ちゃん‼」

「ダメだ‼」

 俺たち全員の絶叫も虚しく、伸ばされた節足は、糸で保護されていない八雲の喉を貫いた。


だいぶ間が空いてしまいました


申し訳ありません

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