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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
贖罪編
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贖罪編40 異形


 体が動かない。

 縛られていることとは無関係に、四肢に力が入らない。

 手足や折られた指どころか、まぶたや口さえ全く動かなくなった。

(蜘蛛の、毒……⁉)

 奈雲さんの異形の牙によってつけられた傷が異様に熱く、そこから全身に麻痺毒のようなものが回っているのを感じる。

「伝達物質を壊す、絡新婦の毒よ。八雲は使えないから、知らなかったでしょ?」

 絡新婦のモチーフになった節足動物のジョロウグモは、毒蜘蛛の一種である。

 といっても、その毒はタランチュラのような猛毒とは違って非常に弱い。普通は人間が噛まれても何ともない。

 しかし、毒や薬の効き目とは体重に比例する。

 大きくても手のひらサイズの蜘蛛が持つ毒など人間にとっては一滴二滴といったところだが、人間サイズの蜘蛛に噛まれでもしたらどれ程の毒が流し込まれるか想像もつかない。

 結果として、俺は動くどころか、声を上げることもできなくなってしまった。

「これでようやく静かになったわね」

 はあ、と鬱陶しそうにため息を吐き、藤宮は俺の元に寄ってくる。

「やっと手に入るわ、究極の異能が……‼︎」

 その表情を狂気と恍惚の入り混じったそれに変え、藤宮は懐から布に包まれた刃物を取り出し、俺の頭にある獣の耳にあてがう。

「……ッ‼」

 咄嗟に異能を解除しようと試みるが、毒のせいでそれもできない。

 体に冷たい異物が入り込む感覚と拷問のような痛みが頭の先から全身を巡り、俺の片耳が切り取られた。

「ああ、痛いでしょうね。その毒は麻痺ではなく体を弛緩させるだけだから、痛覚はそのままなのよ」

「……‼ ……‼」

 藤宮の言う通り、痛い。

 痛くて痛くてたまらないのに、声を上げて痛みを緩和することさえできない。

 気が狂いそうだ。

 頭から流れた血が頬をを伝って垂れ、床にどす黒い点を作る。

「さてと、これでもう君に用は無いわ」

 以前ネコメの耳を保管したのと同じ容器に俺の耳を入れながら、藤宮はそう言って俺の顔を蹴り飛ばす。

「君は私の計画の邪魔をして、オマケに私の娘まで誑かしてくれた。たっぷりお礼をしてから殺してあげるわ」

 藤宮は嗜虐心に満ちた顔で俺の顔を踏み躙り、胸ポケットから出した煙草を一本咥えて火を付ける。

「ほら八雲、よく見ていなさい」

 痺れて動けなくなっている八雲の髪を引っ張り、煙を吹かしながら床に倒れる俺の顔を覗き込ませる。

「だ、いち、くん……‼」

 俺の惨状を見て、歯を食いしばり涙を流す八雲。

 でも、毒で動けない俺は情けないことに慰めの言葉をかけてやることもできない。

「八雲、これからあなたのお友達が死ぬわよ。あなたが縋ったせいで、あなたのために死ぬのよ。気分はどう?」

「ッ‼」

 八雲は瞬時に異能を強め、瞳を赤く染めて髪を縞模様に変える。

 痺れている体で無理矢理首を捻り、口から大量の粘着性の糸を藤宮に吐きつけた。

「っこの‼」

 咄嗟に藤宮は煙草を落としながら左手で顔を庇うが、かなりの量の糸を浴びせることに成功した。

「大地くん‼」

 八雲は最大限まで異能を強め、痺れた体を強引に動かして俺の手を掴む。

 異能を強めた八雲なら動けない俺を連れて逃げ出すことも可能かもしれないが、やはり痺れが残っているのか、動きがぎこちない。

 そのぎこちなさが、致命的だった。

「ガキを殺せ、奈雲ッ‼」

 糸を引き剥がしながら藤宮が命令を発すると、直後、俺の胸に太い杭が打ち込まれた。

「大地く……⁉」

 俺の視界の半分ほどを埋め尽くし、振り返った八雲の姿を隠してしまった黒い杭。

 直径は俺の腕よりも太く、金属とは違った質感に思える。

 崩れる体勢の中で目線が変わり、杭の出所を捉える。

 杭が現れたのは、奈雲さんの腹部。

 パーカーを突き破って四本の杭、否、『脚』が飛び出していた。

 長さは目測で四メートル。太く重く、頑強な脚。

 蜘蛛の、『節足』だ。

(一体、どれだけの……⁉)

 醜く歪んだ顔に、毒。そして異形の脚。

 八雲が見せられたという奈雲さんの体には、無数の施術痕があったという。

 混ざり過ぎたのに八雲より弱かったという異能を強めるために、異能混じりでありながらその身に絡新婦の異能結晶を埋め込まれたらしい。

 それも一つや二つではなく、夥しいほどの数を。

 埋め込むだけで普通の人間を異能混じりにする異能結晶を複数埋め込んで、体に害が無い筈がない。

 長期的な運用を度外視した異能結晶の乱用。結果として奈雲さんには、『時間』が無くなった。

(絶対、許さねえッ‼)

 胸部が引き裂かれるような痛みの中で、それでも俺は藤宮に対する憎悪を燃やした。

 自分の子どもに対する悪魔の所業に、痛みよりも死の恐怖よりも、怒りが優った。

 幸い奈雲さんの脚が直撃した胸部は、八雲の糸が鎧の役割を果たしてくれたおかげで貫かれてはいない。

 蜘蛛の糸の頑丈さは自然界でも指折り、桁違いの強度だ。

 現に蜘蛛の糸を紡いで作った特殊繊維は、外国の特殊部隊で防弾ベストとして使われているらしい。

 しかし、藤宮に蹴られた時同様、その衝撃までは消すことはできない。

 衝撃で肋骨は折れているようだし、口に血がせり上がって来ていることから肺も傷ついていると思う。

(しかも、痛いってのが致命的だ……)

 指を折られた時も耳を切り取られた時もそうだが、痛かった。

 リルと混ざって異能を発現しているのに痛みを感じるということは、痛覚を麻痺させる脳内物質の分泌が止まっている証拠。

 つまり、今の俺の異能はかなり弱い。

(筋力、は、動かないから確かめようがないな……。嗅覚は……⁉)

 今の異能の具合を確かめようと鼻に意識を集中すると、とんでもない匂いを感じ取った。

 敵ではなく、味方。それもとびっきり頼りになる人が、すぐ近くまで来ている。

(な、なんで……あいつが、ここに⁉)

 望外の救いの手、思わぬ救援に、俺は心を躍らせた。

 動かない表情筋を強引に動かし、不敵な笑みを作る。

「あなた、笑ってるの……?」

 小瓶の薬液でへばり付いた糸を溶かした藤宮は、訝しげな表情で俺を見下ろす。

 体は動かず、異能も不安定。オマケに胸に致命的な攻撃を受けた直後だというのに笑みを浮かべる俺は、藤宮の目にはさぞかし不気味に映るだろう。

「お……ぉ……」

 喉を震わせながら、何とか言葉を紡ぐ。

 藤宮を追い詰めるための、精一杯の虚勢を。

「お、そいと、思わ、ないか……?」

「遅い? 何を訳の分からないことを言っているの?」

 言葉が足らず意味が通じなかったみたいだが、要はネコメとトシを捕まえるために放った刺客はどうした、と言いたかったのだ。

「戯言に付き合う気は無いわ。奈雲、次は頭を潰しなさい」

「はい」

 俺の言葉など意に介さず、藤宮は淡々とそう告げた。

(精々笑ってろ。もう、すぐそこだ……‼)

 鼻だけでなく耳でも、近づいてくる足音を聞き取れる。

 数は、三つ。

 ネコメとトシ、そして、最強の助っ人だ。

「な、何ですって⁉」

 足音が聞こえたのか、藤宮も音源の方を向いてうろたえ始めた。

「どうなっているの⁉ キョンシーは⁉」

 なんだ、二人に放った刺客はキョンシーだったのか。

 ということは鬼はまだどこかに控えているのだろうが、関係ないさ。

 あっという間に、氷漬けだろうからな。

「大地‼」

「八雲ちゃん‼」

 隠れ家のドアを蹴破るような勢いで開け放ち、まずはトシが、次いで走り方がぎこちないネコメが俺たちの前に現れる。

 そして最後に、待望の助っ人が現れた。

 上下黒のスウェットに身を包み、頭にはすっぽりと目出し帽を被って顔を隠す、あからさま過ぎる不審者が現れた。

「…………」


(いや、どちら様ッ⁉)



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