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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
贖罪編
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贖罪編33 来訪


「クソッ‼」

 ドアを叩きつけるように閉め、床を踏み鳴らしながら部屋の中に入る。

 抱えていたリルを定位置になっている二段ベッドの下段に寝かせ、俺は収まらない憤りをぶつける何かを探す。

 とりあえず買い置きしてあったコーラを備え付けの小型冷蔵庫から取り出し、キャップを捻って口を付ける。行儀が悪いがラッパ飲みだ。

 半分ほど残っていた1.5リットルの一気に飲み干し、口の中で弾ける刺激と甘さを胃に流し込む。

「……ふぅ。げぷっ」

 胃に溜まったガスを吐き出し、口元を袖で拭ってから空になった容器を乱暴に投げ捨てる。

 乾いた音と共に床に転がるペットボトルを見て、ちっとも晴れない気分に再び苛立ってしまう。

(こんなことしてる場合じゃねえのに……‼)

 俺がこうして自室謹慎をしている間にも、藤宮はネコメを狙い、東雲をいいように利用している。

 その事実が、ただただ腹立たしい。

 何もできない自分が、もどかしくて仕方ない。

 今の俺は霊官としての権限も凍結され、異能具まで没収されてしまった。

 せめてリルが万全なら、異能具無しでもそれなりに動けると思うが、あの調子ではそれも望めない。

「なあ、お前一体どうしちまったんだよ?」

ベッドの前に移動し、布団の上で寝息を立てるリルにそっと問いかける。

 眠り続けるリルは、当然俺の問いに答えてはくれない。

「……何で、何で起きないんだよ⁉ お前が寝てたら、俺は戦えないんだ‼ 起きろよリルッ‼」

 答える者のいない部屋で、俺は声を荒げずにはいられなかった。

 眠り続けるリルは疎ましく、俺の言う事を分かってくれない連中には苛立つ。

「東雲は……アイツはもっと辛いはずなのに……‼」

 藤宮に無理矢理従わされている東雲は、俺なんかよりずっと辛いはずだ。

 なのに俺は、アイツのために何も出来ないでいる。

 ふざけるなって話だ。

「何か……出来ないのかよ。東雲のために……」

 その時、溢れ出た独白に答えるように、二段ベッドが軋む音がした。


「勝手なこと言わないでくれるかな。自己満足の発散先にされたんじゃ気分悪いよ」


「ッ⁉」

 その言葉は、リルが眠る下段ではなく、普段俺が使っている上段から聞こえた。

 半歩下がって見上げると、そこには探したいと思っていた人物がいた。

「東雲……?」

 東雲八雲はそこにいた。

 夏制服のワイシャツの上にカーディガンを羽織った、昨日と同じ格好でそこに。

 当たり前のように、そこにいた。

「お前……どうして……いや、どうやって?」

 部屋の鍵は間違いなく掛かっていたし、窓の鍵も閉まっている。

 この部屋の鍵を開けられるのは、俺とトシの学生証に入っている登録済みのICチップだけのはずだ。

「霊官手帳のICは権限が強いんだよ。寮の部屋にはマスターキーになるの。知らなかった?」

 機能が止められていなくて助かった、そう言って東雲は自身の霊官手帳を見せびらかす。あの手帳にそんな機能があるとは知らなかったな。

 しかし、何はともあれ東雲が見つかった。

 一晩の間にどんな心境の変化があったのか知らないが、他の霊官に発見される前に俺たちの元に帰ってきてくれた。

「東雲……良かった。とりあえず、諏訪先輩たちのところに行こう!」

 そしてキチンと事情を説明し、東雲の指名手配を取り消してもらう。

 その後は元々の作戦通り、俺たちネコメの護衛を務めて藤宮を迎え撃つ。

 こうなったら藤宮も鬼も、あのフードの女も怖くない。

 リルの不調だって、きっと何とかなる。

 しかし、喜び勇んで迎え入れる俺に対し、東雲は底冷えするほど冷ややかな視線を向けて来た。

「……大神くんってさ、ホントに自分勝手だよね」

「え?」

 軽やかな動きでベッドの上から床に降り立ち、東雲はつまらなそうに長い髪を指先でいじる。

「さっきのもそうだよ。こんな調子のリルちゃんに無茶なこと言ってさ。リルちゃんは大神くんの道具じゃないんだよ?」

「道具だなんて、そんな……」

 そんなこと思ってもいない、そう反論しようとするが、東雲は冷たい視線で俺を射すくめる。

「大神くんの都合でいいように利用するな、そう宇藤先輩にも言われたでしょ?」

「な、なんでそれを⁉」

 それは先ほど、生徒会室で話した内容だ。その場にいなかった東雲が知っているはずない。

 戸惑う俺に、東雲はいじっていた髪をかき上げ、一本の長い髪を指に挟んで見せてきた。

 いや、あれは髪ではなく、糸か?

 糸は東雲のボリュームのある髪の中に消えていて、指に挟んだそれを東雲が引くと、ピンと張った糸が俺に向かって伸びていることに気付いた。

「こ、これは……⁉」

 糸の行く先を視線で探ると、そこは俺の首、グレイプニールの辺りに繋がっている。

「蜘蛛はね、巣に掛かって身動きが取れなくなった獲物を食べるの。でも、木の葉や水滴が巣に掛かってもそれを獲物と勘違いしたりはしない。糸の振動でそれが獲物かどうか判断出来るんだよ」

 振動で、判断する?

 俺に括り付けた糸で、何かを判断していた?

「盗み聞きしてたって、ことか……?」

「そゆこと」

 声や音とは、つまり空気の振動だ。

 糸電話のような原始的な物でも、繋いだ糸の振動を声として感知できる。

 東雲は俺に括り付けた糸を使って、生徒会室での会話を盗聴していたってことか?

「一体、いつからこんなものを⁉」

「昨日だよ。食堂から逃げる時にね」

 あの時俺を吊り上げた糸に、盗聴用の目立たないものを混ぜていたってことか?

「何のためにこんなことするんだよ⁉ これ以上変な疑いが掛かったらッ……⁉」

 俺の言葉はそこで途切れ、俺は唐突に全身から力が抜けるのを感じた。

 糸の切れた人形のように崩れ落ち、カーペットの敷かれた床に体を打ち付ける。

「な……んだ、これ……⁉」

 呂律が回らない。

 指の一本も、まともに動かせない。

「……やっと効いてきたか。即効性のはずなんだけどね」

 そう言って東雲はしゃがみ、俺の髪を掴んで顔を上げさせた。

 間近で向かい合うその顔は、恐ろしくつまらなそうだ。

「大神くんってチョロいんだよね。もうちょっと疑うってこと知った方がいいよ?」

 まあもう遅いけどね、そう付け足して東雲は俺の体を放り投げる。

 仰向けに寝かされた俺を見下ろす東雲に、回らない口で何とか言葉を紡ぐ。

「なん……で? なんの……つもり、だ?」

 東雲は俺の言葉にはあ、とため息を吐き、身動き出来ない俺の体にゆっくりとのし掛かってきた。

 腕に腕を、足に足を絡め、耳元でそっと「なんでかなぁ……」と呟く。


「なんで、私が裏切ってるって、思わないのかな?」



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