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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
贖罪編
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贖罪編32 ネコメの心労


「それでは、失礼します」

「しまっす」

 見送る上級生三人にぺこりと頭を下げ、ネコメとトシは生徒会室を後にする。

 廊下を歩くネコメの足取りは、僅かにぎこちない。

「ネコメちゃん、足の調子よくないのか?」

「すいません、まだ筋が馴染んでなくて……」

 そういってネコメはチラリと自分の右足に視線を落とす。

(どうして、こんな時に……)

 昨晩の鬼との戦闘で負った右足の傷は、ネコメにとっても彩芽にとっても計算外の負傷だった。

 ネコメは藤宮に対する有効なカードであるのと同時に、彩芽が私的に動かせる戦力の中では最強の戦力でもあったからだ。

 切られた筋自体は昨日のうちに彩芽が治療してくれたのだが、アキレス腱は人体の中でも最重要かつ最大の筋であり、彩芽がすげ変えたとはいえ即座に身体に馴染むものではない。

 彩芽の見立てでは、全治一週間。結果として、ネコメは当面の間戦闘行為を禁じられてしまった。

 本心では大地の言う通り、ネコメは今すぐにでも駆け出したかった。

 走って走って、友人である八雲を探し出したかった。

(大地君の言う通りだとしたら、私は……)

 もし八雲の行動が自分を慮ってのものだとすれば、自分は八雲にとって足枷にしかなっていない。

 藤宮が自分の安全と引き換えに八雲を従えているのだとすれば、自分の存在は八雲にとっても中部支部にとっても害でしかない。

 それに重ねて、この負傷による戦線離脱。

(何も、できない……‼)

 大地以上に、ネコメは悔しい思いをしていた。

 友達を探しに行けないもどかしさに。

 そして、それを大地に理解してもらえていないことにも心を痛めていた。

 今の大地は冷静ではない。

 八雲を心配するあまり、普段の察しの良さも失っている。

 普段の大地ならばネコメの負傷を考慮に入れないはずがないし、ネコメが動かないのではなく動けないことなど即座に見抜いたはずだ。

 それに、彩芽が案じているもう一つの可能性にも自力で気付けたはずだ。

(危険なのは、私だけじゃないんですよ……)

 彩芽はネコメのことと同じくらいに、大地の身も案じていた。そんなことはトシにも分かっていたというのに、あの聡い大地がそれに気づかなかった。

 察しの悪い大地に憤ったトシに殴られても、気付けなかった。

(大地君の、バカ‼)

 用意周到な彩芽は、大地には保険を掛けていると昨夜の治療の際に聞いた。

 しかし、だからと言って完全に安心できるはずがない。

 異能が使えず、精神的にも不安定な今の大地は危うすぎる。

 にもかかわらず、大地自身がそのことに気付いていない。

 大地は自分の身の安全が、勘定に入っていない。

 オマケに、本来なら真っ先に案じるべきである相棒の身さえ、蔑ろにしているようだった。

 それが、ネコメには我慢ならなかった。

 声を荒げてしまうほどに、頭に来た。

 大地は強い。

 混ざった異能によって否応無しに能力の上限が決まってしまう異能混じりの中で、神狼フェンリルと混ざった大地の潜在能力は世界有数と言えるだろう。

 しかもリルの成長により、今後さらにその力を増す可能性だってある。

 しかし、大地には足りない。

 霊官、異能者として、致命的なまでに経験が足りていない。

 不良同士のケンカとは訳が違う、命がけの戦いや、直接的な戦闘以外での立ち回りが致命的に下手だった。

 自身の立場や信頼を考えれば、上司である彩芽とあそこまでの言い争いをすることなど論外だ。

 ネコメが預かり知るところではないが、それらは全て、彼が一人の不良として過ごしてきたからに他ならない。

 不良生徒として過ごしてきた故、ルールや立場よりもその時の自分の感情を優先してしまう。

 不良仲間を作らなかった故、自分の行動が周りの人間にどのような影響を及ぼすのか配慮できない。

 全て自分の責任で、勝手に行動できると勘違いしてしまっている。

 しかし、組織に属する人間が周りと無関係に生きていられる筈がない。

 現に中学時代も大地の軽率な行動により、大地の担任の教師や学年主任、大地の父親は少なからず影響を受けていた。

 不良仲間ではないにしても、仲の良かったトシは大地に巻き込まれ、怪我を負ったこともある。

 大木の一件で周りに対する影響にも配慮できるようになったかとも思われたが、人間はそう簡単に学習できる生き物でもない。

 結果として、大地は軽率な行動を取る前に動くための力を奪われた。

 霊官としての権限と、力を振るうための道具。

 権限と武器、二つの牙を抜かれ、大地は動けなくなった。

(でも、これでいい……これで……)

 彩芽の言い渡した大地の自室謹慎に、ネコメは内心でホッとしていた。

 これで大地の身に危険が迫る可能性はグッと低くなったからだ。

 それに、なし崩し的に話を聞いてしまったトシも、ネコメと大地が戦線を離脱する以上戦いに参加する可能性は低い。

 ネコメの身辺の警戒は彩芽やましろ、それに宇藤といった学内の霊官に丸投げする形になるが、それでも異能者としても霊官としても経験が浅すぎる二人が参加するよりはいいと、ネコメは思った。

(これで……いいはず……ですよね?)

 いや、本心ではそう思っていなかった。

 ネコメは優しかった。

 その優しさ故に、トシや大地を案じていた。

 そしてその優しさ故に、誰よりも八雲を思っていた。

 自分にとって、最高の友人である東雲八雲。

 本当は誰でもない、自分の手で八雲を助けたかった。

 足を引っ張ってごめんと謝り、手を引いてすくい上げたかった。

 しかし、それは私情に他ならない。

 霊官である自分は、そんな気持ちで動いてはならない。

 配慮出来ない大地と、配慮し過ぎるネコメ。

 それは優しすぎるネコメの、愚かな結論だった。

 それに、ネコメは知らなかった。

 悪意は想像よりもはるかに狡猾であることを。

「あれ?」

 専用エレベーターを降りたところで、ネコメのポケットの中でケータイのバイブレーションが震える。

「電話?」

「はい。ちょっと失礼します」

 画面に表示された名前は、諏訪彩芽。

 つい今しがたまで一緒にいた彩芽からの電話に首を傾げながらも、ネコメは通話ボタンをタップした。

『ネコメ、今すぐ寮の大地の部屋に向かって‼』

「え?」

 前置きもなしに告げられた言葉に、ネコメは素っ頓狂な声を返す。

 ネコメは知らなかった。

 大神大地の、何物も弁えない行動力を。


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