表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
編入編
8/246

編入編7 霊官研修員

 俺の反則負けに終わった烏丸先輩との戦いの後、俺たちは生徒会室に戻って再びお茶をしていた。

「結局、大地君は何もできなかったわね」

 紅茶を傾けながら諏訪先輩はポツリとつぶやく。

「仕方ありません。もともと勝負になるはずないんですから」

 猫柳は紅茶にミルクを注ぎ、ティースプーンでかき混ぜる。

「でもあたしが止めなかったら、烏丸先輩ビンタされてたよね?」

 東雲は紅茶にぽちゃぽちゃと大量の角砂糖を投入する。

「八雲が止めなければ俺も異能で対処したまでのことだ」

 烏丸先輩は雪村先輩の紅茶のおかわりを注ぎながら憮然と言い放つ。

「リング、作る意味、あった?」

 雪村先輩は受け取った紅茶をフーフーしながらぼやく。

「…………」

 そして俺は、床の上で正座しながら再び出された水の入った深皿を眺めていた。

「よりによって反則で負けるなんて、ルールも守れないとんだ駄犬よね」

 言いながら諏訪先輩は皿に盛られたクッキーを一枚摘まみ、「お食べ」と俺の口元に持ってくる。

 差し出されるまま俺は口を開き、クッキーを咀嚼すると諏訪先輩は愉しそうに笑った。

「あ、あの、会長、さすがにそろそろ……」

 猫柳は心配そうな顔で俺を擁護してくれているが、その隣の東雲はケータイで情けない姿の俺の動画を撮っている。あのケータイいつか叩き割ってやる。

「まあ話も進まないし、お遊びはこれくらいにしときましょうか」

 そういって諏訪先輩は俺に椅子に座るよう促し、烏丸先輩が淹れてくれた紅茶もようやく俺の前にも置かれた。

「それで、異能を使ってみた感想は?」

 頬杖をつき、諏訪先輩は興味深そうに聞いてくる。

 異能の使用、俺の反則負け。

(使えた、のか?)

 正直言って自覚はない。

 自分が異能を使った、という確信が得られないでいる。

 朝の食堂で嗅覚に意識を集中した時にも思ったのだが、異能を使うというのはどうにも意識が薄い。

 例えるなら遠くを見るときに眼を細めるような、匂いを嗅ぐときに鼻をヒクつかせるような、そんな感覚の延長線の、強弱をつけるような感じだ。

「使ったっていうより、勝手に使っちまったっていうか……」

 抑え込まれた右腕に力を込めたとき、俺は何が何でも腕を振ろうとしていた。

 筋を痛めても骨が折れても、烏丸先輩に負けないためにに力を込めた。

 その結果が、あの耳である。

「正しい感覚よ。異能混じりの異能ってうのは、スイッチのように切り替えるものではなく、ギアを上げるようなものなの」

「ギア……」

 言葉を反芻する俺に、諏訪先輩は「例えば」と言葉を続ける。

「異能混じりっていうのは自分の混ざった異能に近い身体能力を発揮する。たとえ異能を使おうとしなくても、無意識のうちに身体能力は向上するわ。脚力や嗅覚に、心当たりない?」

「それは……」

 ないと言えば嘘になる。

 朝の食堂での一件より前にも、俺は匂いに過敏に反応したことがあった。

 東雲の匂いである。

 今はもう大分慣れたが、昨日東雲と部屋で会った時はその匂いにたじろいだ。しかし俺以外に東雲の匂いを気にしている様子の者はいないし、この匂いは本来の嗅覚では気に留めるほどのものではないのだろう。

 しかし俺は、この匂いに過敏に反応した。

 つまり昨日の段階で、俺の嗅覚は常人のそれよりもかなり鋭くなっていたということだ。

 異能混じりとは最初から異能のエンジンが掛かっている存在。異能を使うというのは、ギアを上げて異能を高めるということ。

「……って、チョット待った! それじゃあケンカなんてしたら勝手に異能が発動しちまうんじゃないか⁉」

 異能混じりが普段から無意識のうちに異能を使っているのだとしたら、ケンカのように体に力を込めるような真似をしたら勝手にギアが上がってしまう。

 そう思った俺の疑問を、諏訪先輩はあっさり肯定した。

「ん、そうよ?」

 あっけらかんと言う諏訪先輩に、俺は絶句する。

 それじゃあ俺が追い込まれて体に力を入れれば、異能が発現してしまうのは当然ではないか。

「もっと早く見た目に変化が出るのかと期待したのだけど、思ったより耳が出るのに時間がかかったわね」

 残念だったわ、と微笑む諏訪先輩を見て、俺は脱力する。

 最初っから俺が負けると分かっていた戦いだったのだ。

 この人は最初から、俺が普通に負けるか、力んで異能を発現して反則負けすると分かっていたのだ。

「……アンタ、俺になにさせたいんだよ?」

 わざわざ烏丸先輩と戦わせて異能を発現させた上で、反則負けにして俺を従わせようとする。

 ここまで手の込んだ事をして、俺を犬にしたいだけというのは納得出来ない。

「見定めたかったのよ、貴方を」

 そう言って諏訪先輩は、妖艶に微笑んだ。

 全てを見透かしたような顔で、頰に指を当てる。

 ゾクリと、寒気のする笑みだった。

「霊官になりなさい。大神大地君」

 諏訪先輩は例の請求書、俺の手足の治療費八千万円が記載された紙をガラステーブルの上に置く。

「貴方の治療費八千万円、霊官になれば高校在学中に返済することも可能よ?」

「な、マジか⁉」

 八千万円という大金は、人生を掛けて返済しなければならないレベルの金だ。

 それを高校在学中、あと三年にも満たない期間で返済できるというほど、霊官とは高給取りなのか?

「衣食住には困らないし、仕事の内容によっては特別な報奨金もある。普通に働いて払うより、よっぽど現実的な話だとおもうわよ?」

 それは、確かにそうかもしれない。

 少なくとも高校を出てから普通に働いたのでは何年かかるか分からないし、俺のような人間がまともな仕事に就ける保証もない。

 異能者として、霊官になる。

 それが治療費を払う為には、それが最も現実的な方法なのかもしれない。

 しかし、

「そんなことの為に、あんな茶番を?」

 俺を霊官にしたいだけだったら、請求書を突きつけて従わせればいい。そうせずにわざわざ戦った上での条件として従わせるなど、二度手間もいいところだ。

 そう思って俺が問いかけると、先輩は不敵な笑みを浮かべた。

「言ったでしょ、見定めたかったって」

 見定める。

 それはつまり、俺の異能、あの狼の耳をってことか。

「君は霊官としてもやっていけると思うし、それに霊官に対して否定的な考え方を持っている訳でもない」

 先程、諏訪先輩は俺に霊官の仕事をどう思うか聞いた。そして自分も霊官になりたくないかとも。

 そして霊官になることは『チャンス』だと言い、その『チャンス』を活かさなければ返済出来ない額の治療費を請求してきた。

 これは全て、俺を霊官にするために仕組まれた茶番だ。

 この人は最初から、俺が霊官を目指す以外の道を閉ざしてあんな勝ち目のない条件を出した。

 そして条件の中で、俺が霊官としてやっていけるかの品定めをした。

「そこまでして俺を霊官にしたいほど、人材不足なのか? それとも、本当にただ金のためなのか?」

 諏訪先輩の目的は分かった。俺を霊官にして治療費を稼がせることだ。

 しかし、その先が分からない。

 単純に金のためなら、霊官以外でも俺が金を払えば同じことだし、今この場だけでも五人も霊官がいるのに人材不足とは思えない。

 自由に使える私兵が欲しいから?

 単純に俺を気に入ったから?

 それとも、ただの気まぐれ?

 最後の最後で答えが分からなくなった俺に、先輩はボソリと、呟くように言葉を零す。

「観察力と洞察力……やっぱり期待通りね」

 俺に言うのではなく、思わず口から出たという感じの言葉に、俺は首を捻る。

「それって、どういう……」

「どうでもいいことよ。貴方は霊官になる、それだけを考えなさい」

「はぁ? この期に及んでそんな……」

 先輩は食い下がろうとする俺の首に手を伸ばし、チョーカーを引っ張ってガラステーブルに頭を叩きつけた。

「何しやがるテメェ⁉」

 ジンジン痛む額をさすり、諏訪先輩に怒声を浴びせる。それぞれの前に置かれていた紅茶は溢れ、テーブルのガラスにはヒビまで入っている。ちょっとした参事だ。

「勘違いするんじゃないわよ。霊官になれというのは命令の一つ、貴方が私の犬なのは変わらないんだからね?」

 ぶすっと不満そうな顔で諏訪先輩はそう言った。

 そして、俺の隣に座る二人の霊官、猫柳と東雲に向けて命令を下す。

「ネコメ、八雲、二人でこの駄犬を教育、もとい調教しておいて」

「え?」

「はい?」

 二人は先輩の命令にキョトンとしているが、先輩は構わず言葉を続ける。

「彼は『霊官研修員』として二人の下つけるわ。次の霊官試験までにキチンと霊官の仕事を学ばせて、霊官になれるよう調教しておきなさい」

 先輩の命令に呆然としていた二人は、やがて遠慮気味に「はい」と頷いた。

 こうして俺は二人の部下、研修員となり、霊官を目指す事になった。

 全ては、八千万円の借金を返す為に。


 ・・・


 三人の一年生が退室した生徒会室の中で、烏丸叶は溢れた紅茶を拭いたりヒビの入ったテーブルのガラスを片付けたりと淡々と後片付けを済ませていた。

 ガラスにヒビを入れた当人である諏訪彩芽は、しばらくは黙々と紅茶を傾けていたが、やがて堪え切れなくなったように笑い声を上げた。

「ふふ、ふふふふ、アハハハハハハ‼︎」

「…………」

 そんな様子を見て、叶は片付けの手を止めて彩芽の前に立つ。中性的な顔立ちに困惑の色を浮かべ、年下の主に苦言を呈する。

「どういうつもりですか、お嬢様?」

 苦い顔で車椅子の彩芽を見下ろす叶を見て、ずっと黙っていたましろも疑問を投げかける。

「私も、気になる……。彩芽、研修員って、なに?」

 二人の疑問は先程の一年生の処遇、霊官の研修員として霊官二人の部下にされた少年のことだ。

「その名の通りよ。霊官になる為に、あの子には研修をしてもらうの。霊官のインターンね」

「ふざけないでください」

 叶の苦言はもっともだ。

 なぜなら霊官、霊能捜査官には研修員制度など存在しない。

 更に言うなら、彩芽は今まで何人もの人物に義手や義足を提供してきた。異能生物との戦いで傷を負った霊官、その戦いに巻き込まれた一般人。

 そして、その全てから一度も金など受け取っていない。

 無償で失われた体を治療し、聖人のように感謝されてきた。

 それが今回、あの少年に関してだけ八千万円という膨大な額を請求している。

 二人にはその理由が気になって仕方なかった。

「あの狼は、手元に置いておきたいのよ」

 笑いを収めた彩芽は涙の滲んだ目尻を擦りそう言った。

 今回の例は、特別だと。

「……あの狼の異能生物」

 核心の回答を避けた彩芽にこれ以上追求しても答えないだろうと判断した叶は、自分の中にあるもう一つの疑問を投げかける事にした。

「リルちゃんのこと?」

 リル、仔狼の異能生物。

 柔らかい灰色の毛に包まれた、ぬいぐるみのような愛くるしいあの姿。


「なぜあの異能生物が『狼』だと分かったのですか?」


 叶の問いかけに、彩芽は深く、凶悪な笑みを浮かべた。

 狼と犬。

 生物学的に近縁種であり、祖先ともいわれる。

 その幼体を見て、『狼』と断ずるのは難しい。

 犬だけでもかなりの犬種がいる上、遺伝子検査などできるはずもない中で、保護されたその異能生物を『狼』と断言したのは彩芽だった。

 そして、最初に『リル』という名前で呼んだのも。

「……あの、異能生物、一体、なに?」

 叶とましろ、二人の疑問に答えることなく、彩芽は車椅子のタイヤを回して自分のデスクに戻った。

 そして引き出しを開け、中に入っていた黒い革製品を取り出す。

「私ね、ネズミが嫌いなの」

「……存じております」

 彩芽は基本的に動物が好きだが、唯一ネズミだけが嫌いだ。幼少期からボディーガードを務めていた叶も、彩芽の幼馴染みであるましろもそれをよく知っている。

「ネズミ捕りはネコの仕事。でも……」

 手に取った革製品、細いベルトのような物を弄びながら、独白するように言う。

「ネコの手に余るネズミがいるなら、オオカミを使うのも面白いと思ったのよ」

 不敵に笑う彩芽。

 手の中の黒革、かの少年の首にある物と酷似したそのベルトの内側には、『Gleipnir』と彫り刻まれていた。


・・・


「はぁ〜……」

 深い、深ーいため息を吐き、エレベーターの壁に寄りかかる。

 莫大な借金に、霊官の研修員。

 サディスティックな生徒会長に、副会長にはボロ負け。

 この短い時間で起こった出来事や、出会った人のあまりの情報量の多さに頭の中がこんがらがってしまう。

「大変なことになってしまいましたね……」

 猫柳がポツリと、不安そうに俺の方を見ながら呟いた。

「……なぁ猫柳、霊官の研修員ってのは何をすればいいんだ?」

 俺は二人の部下になり、霊官研修員になる。それはもう腹を括った。

 治療費の返済の目処が立たない以上、霊官を目指して国家公務員になるのが一番の近道なのだから。

 しかし、霊官の研修員とは何をすればいいのか、それが分からない。

「それが、私も分からないんです」

「はぁ?」

 上司に当たる猫柳に困り顔でそんなことを言われてしまい、俺は間抜けな声を出してしまう。

「そもそも霊官に研修員制度があるなんて知らなかったですし……。八雲ちゃんは知ってましたか?」

 猫柳に話を振られた東雲も、唇を尖らせてふるふると首を横に振る。

「聞いたこともないよ、そんな制度」

「そうですよね……」

 二人とも知らないのでは、それ以上研修の話を掘り下げても仕方ない。

 要は二人の仕事、霊官の仕事を手伝えばいいのだろうか?

「二人は普段、どんな仕事をしてるんだ? 俺は何を手伝えばいい?」

 俺の質問に猫柳は顎に手を当て、「そうですね……」と思案する。

「まずは無難に、妖蟲の退治でしょうか?」

 イキナリトラウマワードが出てきた。

 妖蟲、異能の、そして異形の虫。

 俺の手足を食い、八千万円の治療費の原因とも言える、いわば諸悪の根源だ。

「霊官の仕事は、基本的には異能による被害を未然に防ぐことです。中でも基本的なのは、妖蟲や有害異能生物の駆除ですね」

 まるで害虫駆除のように簡単に言っているが、相手が相手なだけに危険な仕事だな。

「異能専科の霊官は週に一回、持ち回りで校内に出る妖蟲や異能生物を退治するの。今週はちょうどあたしとネコメちゃんの当番の日だから、一緒にお仕事しようか」

 東雲がそんなことを言い、俺はぎこちなく頷いた。

 妖蟲への恐怖心は消えないが、霊官を目指すならそれは避けて通れない道だ。

 あの夜と違って俺も多少は異能を扱えるし、何より猫柳と東雲がいる。

 何とでもなるさ。

「週に一回って、いつなんだ?」

「今夜だよ」

「へ?」

「今夜、土曜の夜です」

 怒涛の勢いで流れ込んでくる事態に辟易する俺を他所に、無情にもエレベーターのドアは開いた。


 ・・・


 時刻は午前十一時四十五分。生徒会室や地下施設は防音も完璧のようでチャイムの音も聞こえなかったが、すでに三限目が始まっている。マジで全く授業を受けていない高校編入初日である。

 教室に戻ると教壇には担任の白井先生が立っており、無断で一、二時限目をサボった上に三時限目も遅刻してきた俺に非難の視線を向けてくる。一緒に戻って来た猫柳と東雲も同様にサボっていたのだが、二人は霊官で異能の授業が免除されるらしいので例外だろう。

「大神、お前今までどこに行っていた?」

「あー、ちょっと生徒会室に」

 一時限目の前に拉致られたことはクラスメイトが伝えてくれているのかもしれないが、拉致った鎌倉達が先に教室に戻っている以上は遅刻を鎌倉達のせいにできない。

 俺の答えを聞いて白井先生は「生徒会室?」と怪訝な顔になり、クラスメイト達にも動揺が広がっていく。

「生徒会室って、あの?」

「霊官の生徒しか場所知らないんじゃないの?」

「え、大神って霊官なの?」

 ざわざわと、授業中だった教室内は一気に騒めき立った。

 どう説明したものかと俺が悩んでいると、猫柳がずいっと前に出て、白井先生に向き直る。

「先生、大神君は私達二人の部下として霊官の研修員になりました。授業の欠席は公欠ということにしておいてください」

「霊官の、研修員?」

 猫柳も東雲も存在を知らなかった研修員。先生も聞いたことが無いような反応だ。

「あたし達のお手伝いしながら霊官を目指す、霊官の候補ってことみたいです」

 東雲が説明を補足し、白井先生は首をひねりながらも俺のサボりについてそれ以上言及せず、席に座るよう促した。

 霊官を目指す以上、異能の勉強は重要だ。サボってしまった二時間分もここはしっかり勉強しなければ。

 そう思いながら自分の席に向かう最中、嫌な顔を見ることになる。

 鎌倉、石崎、目黒の三人は不満と怒りをない交ぜにしたような顔で俺を睨んでいる。あんな顔で見られると、こっちもいい気分にはならないよね。うん。

 霊官を毛嫌いするコイツらにとって、霊官を目指す研修員になった俺は今まで以上に気に入らないことだろう。

 鎌倉の身の上話を聞いた以上、鎌倉に対する同情が無い訳では無いが、だからといってこんなに敵意むき出しの奴らと仲良くできる気はしない。

 鎌倉の方を見ないようにしながら、俺は鞄を漁って筆記用具やテキストを探す。

 異能の授業に使うテキストは霊官の歴史や異能生物の種類、世界各国に伝わるおとぎ話などが項目別に大量に載っており、百科事典の様に分厚い。

 そして昨日制服と一緒に猫柳から受け取った後にパラパラとめくってみたが、面白い。

 漫画なんかで見知ったファンタジー動物の名前なんかも見かけて、俺は密かにこの異能の授業を楽しみにしていた。

 霊官の研修員になった以上、俺も交渉次第では異能の授業を免除されるのかも知れないが、とりあえず今はそんな気にならない。

 意気揚々とカバンからテキストを取り出すと、先生に指示されたページを開いて目を落とす。そこにはこの学校のある地域、鬼無里の歴史が載っていた。

「えー、鬼無里は『鬼の無い里』と書く。これは一般的には鬼の居ない安全な里を意味していると云われているが、実際は違う」

 白井先生は淡々と意訳しながらテキストを読み上げ、俺はテキストのその部分を目で追う。

 鬼無里、鬼の無い里。

 昔から変わった地名だとはおもっていたが、一般的な由来なんかは知らなかった。

「鬼無里は昔、異能生物である『鬼』によって滅ぼされた里の跡地に付けられた地名だ。正確な由来は『鬼によって無くなった里』。当時の異能者達はこの鬼の群れを退治することで、異能場である鬼無里を人間の土地に戻した」

 先生の説明を聞きながら、俺はゾクっと背筋を震わせた。

 鬼によって、滅ぼされた里。

 異能生物は人を食べる。異能の資質を取り込み、強くなるために。

 鬼と言えば昔話ではレギュラーと言ってもいいほどポピュラーな怪物だ。

 鬼によって滅ぼされた里、鬼無里。

 しかし、今先生が言った『異能場』という単語には聞き覚えがない。

 俺はテキストの後ろの方にある『異能用語』という辞書のような項目のページを開き、『異能場』の項目を探す。

(異能資質、異能者、異能生物……。もうちょっと名前ヒネれよ!)

 五十音順の辞書の項目には『異能』で始まる項目が多く、探すのが面倒だ。なんで異能だからって全部名前に『異能』を付けるんだか。

(あった、異能場)

 異能場は、異能の力が溢れるパワースポット。そこにいるだけでただの虫も動物も、異能生物になりうる土地。

 太古の昔から地球上の至る所に点在し、溢れる異能の力は無限。

 異能生物は異能の力そのものと、そこに出現する妖蟲や異能生物を求めて異能場に集まる。

 現在霊官が管理する異能場には多くの異能に関する施設がもうけられ、異能場に出現する異能生物の駆除を行っている。

(プランクトンの多い海みたいだな……)

 異能の力というプランクトンを求めて小魚のような妖蟲が沸き、それを求めて異能生物が沸く。

(つーことは、霊官の仕事の妖蟲退治ってのは……)

 この項目に記されていることは、猫柳と東雲の言っていた霊官の基本的な仕事と合致する。

 つまりこの鬼無里という異能場に建てられた学校が、この異能専科。

 異能場という漁場に集まった魚を一網打尽にするってところか。別に食いはしないだろうけど。

 異能の土地『鬼無里』。

 そこに溢れる異能生物。

(今夜が俺の、霊官研修員としての初陣だ)

 窓の外に目を向け、校庭を見やる。

 そこには今も、異能の力が溢れているのだろう。

 決意を新たに、俺は机の下で拳を握る。

 窓際で憎々し気な視線を向ける鎌倉に、気付かないまま。


次回くらいから大きく話が、きっと動いてくれます

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ