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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
贖罪編
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贖罪編30 覚悟の有無


「鬼が……人間だっていうんすか?」

 唐突に告げられた衝撃の事実に、トシはただただ愕然とした。

 昨夜見た鬼とましろとの戦闘、いや、殺し合い。

 雨という天の利もあり、ましろは二本角の鬼を一方的に倒して退けた。

 無数の氷の大槍で串刺しにし、その巨躯を氷漬けにしてしまった。

 大地は言っていた。以前の事件で鬼を倒したと。

 その首をねじ切り、絶命させたと。

「あくまで、人間の成れの果ての異能生物よ。この鬼無里が異能場として管理される前は、異能の資質がある人間が鬼になって人を襲ったという記録もある」

 かつて鬼無里を滅ぼした鬼は、元々はここに住んでいた住人だった。淡々と告げられる彩芽の言葉に、トシは放心したように震えた。

「人を……殺……」

「違うわ」

 トシが思わず口からこぼした言葉を、彩芽は瞬時に否定する。

「あれは人だったモノ。もう人じゃない。放っておけば甚大な被害を撒き散らす、化け物よ」

 ハッキリとそう言った彩芽を、トシは信じられないものを見るような顔で見る。

 彩芽が何を言っているのか、ほんの数週間前まで普通の生活を送っていたトシには理解出来なかったのだ。

「人間だったんだろ⁉ 俺たちと同じ、普通の……」

 トシにとって昨夜見たましろは、化け物退治をする氷の魔法使いのように写っていた。

 人に害を及ぼす化け物を、超常の力をもつヒロインが打ち倒す英雄譚。

 しかし、その実は違った。

 あれはただの、人殺しのショーだった。

 大地の鬼退治は武勇伝などではなく、人を殺したというイカれた自慢話。

「……トシくん」

 顔面を蒼白にして震えるトシに、デスクから立ち上がったましろがゆっくり近づき、そっと震えるその手に自分の手を重ねた。

「ッ⁉」

 ましろの手から昨夜の惨劇を思い出したトシは、咄嗟にその手を振り払おうとする。

「……トシくん、落ち着いて」

 振るわれる手を押し込め、ましろはもう片方の手もトシの手に重ねる。

「あ……」

 自身の手を包むましろの手の感触に、トシはしばし身を委ねる。

 ひんやりしていて、それでいてどこか暖かい。

 優しい手だった。

「怖い、よね?」

「い、いや……」

 あまりにも衝撃的だった事実に気が動転していたトシだったが、ましろの行動に徐々に落ち着きを取り戻す。

 しばらくしてましろが手を離すと、トシはどっぷりかいていた冷や汗が引いていることに気付いた。

「すんません、ありがとうございます……」

「うん」

 落ち着きを取り戻したトシはソファに深く体を預け、天井を仰いで一呼吸置く。

「悟志、別に割り切れなくてもいいわ。あなたはまだ霊官を目指すと決めただけなんだし、今からでも……」

「…………」

 トシはしばし考え込んだ。

 鬼は、人。

 化け物になったとしても、それはそう簡単に割り切れる問題ではない。

 霊官になる、今回の件に深く関わるということは、鬼と戦うということ。

 人だったモノと戦い、命を奪う。

 それは人を殺すことと、どれほどの違いがあるだろうか。

(……でも)

 自分が関ろうが関わるまいが、鬼との戦いは避けられない。

 そこに自分がいるかいないかというだけの話だ。

 そして恐らく、大地であれば乗り越える。

 直接鬼を殺めたことがある大地は、自分よりもこの話にショックを受ける。だとしても、きっと乗り越えてしまう。

 鬼を、人だったものを殺めるだけの覚悟をしてしまう。

 その大地が八雲を救い、自分たちの元に帰ってきたとき、果たして自分は胸を張って皆の輪に入れるのか。

 一緒に笑えるのか。

(思い出せ……俺は、何のためにッ……‼)

 何のために、ルールを破ってまで大地の心を読んだのか。

 何のために、東雲八雲の秘密を暴いたのか。

(あいつの隣に、並ぶためだろッ‼)

 トシは、大地の隣に立ちたかった。

 昔から一人で無茶をしてしまう大地に、背中を預けて欲しかった。

 そのために異能を使った。

 そのためにルールさえ破った。

 だったら、どうしてここで引き下がれる?

 知りたくなかった真実一つで折れるほど、あの覚悟は薄っぺらいものだったのか?

(ここで引いたら、男が廃るッ‼)

 トシはもう一度深く呼吸を整え、改めて前を向いた。

 その顔に、彩芽は苦笑まじりのため息を向ける。

「何があんたをそこまでさせるんだかね……」

「男の友情っすよ」

 彩芽の言葉に精一杯の爽やかさで答えたつもりのトシだったが、帰ってきたのは冷たい視線だった。

「ねえ、前から思ってたんだけど、あんた達ってそういう関係なの?」

「違いますけど⁉」

 確かに仲が良いのは自覚しているが、生憎とトシはノーマルである。もちろん大地も。

「わたしは、そういうの、嫌いじゃ、ないよ?」

「なんでちょっと赤くなってるんですかね⁉」

 どこか緩い会話に、トシの緊張は幾分か解れた。

 大地の隣に並び立つために、霊官を目指すという気持ちは変わらない。

 ただ少し、ほんの少しだけ、腹を括ったというだけの話だ。

「……大地君は、大丈夫でしょうか?」

 ネコメは俯き、そんな事を言った。

「……そうね。少し心配だわ」

 大地は以前、鬼を殺めている。

 その大地が鬼の成り立ちを知ったとき、彼はどう思うのか。

 ネコメにはそれが不安で仕方なかった。

「大丈夫っすよ」

 そんなネコメの不安をかき消すように、トシは明るく言う。

「アイツは、大地はそんなにヤワじゃない」

 信頼を込めたその言葉を、今のネコメたちは信じることしか出来なかった。

(大丈夫だよな、大地……)


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