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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
贖罪編
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贖罪編29 異能の秘密


「はぁ〜」

 謹慎を言い渡された大地が去った生徒会室に、彩芽の深いため息が響く。

 デスクに戻った彩芽は机上に突っ伏し、ぐるぐると巡る思考に翻弄されていた。

(あのバカの言う通り、この期に及んで八雲が懐柔されるとは考え難い。可能性が高いのは、やっぱりネコメをダシにした脅迫?)

 当然、彩芽も八雲が理由もなく藤宮の側に付いたとは思っていない。そうしなければならない何かしらの訳があるのだと、そう確信していた。

 先ほどネコメは大地の考えを根拠の無い憶測と断じたが、彩芽はその可能性が低くないことも分かっていた。

 しかし、もしその手段で脅迫されたのだとすれば、それはそれで疑問が残る。

(なんで八雲は、そのことを私たちに言わなかったのか……。ネコメが既に藤宮の手中にあるのならこの脅迫は成立するけど、そうでない以上ネコメを藤宮が奪取できるとは思えない。その考えに及ばない八雲でもない……)

 ネコメは藤宮の狙いの一つ。狙っているのが分かっていると言う意味でも、中部支部が有する数少ない有効なカードだ。

 当然、その切り札を易々と藤宮に奪われるような悪手を許すはずなく、ネコメの護衛は常に万全を期している。

 狙い易いようにわざと隙を作りつつ、ネコメを捕らえようと動いたところを逆に釣り上げる。そういった準備は万端に整えてある。

 しかし、そんなことは藤宮も予想出来ているであろうことは、想像に難くない。

 結果として、ネコメの身柄に関しては膠着状態になると、彩芽はそう思っていた。

(にも関わらず、八雲は私たちの元を去った……。ネコメ以外に、八雲を動かすに足る理由があるっていうの?)

 そこまで考えて、結論は『分からない』である。

 情報が少ないわけではないのだが、あと一つ。何か重要なピースの一つが欠けているのだ。

 その欠けている何かが分からないままでは、これ以上考えても満足のいく結論は出ない。そう思った彩芽は、突っ伏すのをやめて顔を上げる。

「宇藤先輩、ごめんなさい。ご足労願ってしまって」

「気にすんなよ、会長さん。ただ……あいつはちょっと心配だな」

 気さくに笑ってくれる宇藤だったが、その顔には陰りがあった。

 あいつ、今しがた生徒会室を追い出された、大神大地。

 彩芽のデスクの上には、没収した彼の霊官手帳と異能具が置かれている。

 資格を凍結された手帳は元より、異能具を持たせたままでは大地は考え無しに飛び出してしまう。そう思っての没収だった。

「……あのオオカミ、リルって言ったか?」

「ええ。神狼フェンリルの末裔、リル。内密にして下さいね」

 本来なら霊官とはいえリルの正体は秘匿しておきたいと思っている彩芽だが、宇藤には診察を依頼する以上隠すのは得策ではないと判断したのだ。

「分かってるよ。……リルの症状は、怪我や病気なんかじゃない。何度か似た症状を見たことがある」

「え⁉」

 宇藤の言葉に、部屋にいた一同が瞠目する。

 宇藤は先ほど「見たことない症状だ」と、ハッキリそう言ったはずだ。

「どういう事っすか⁉ 先輩さっき、見たことないって……」

「説明するよ。まあ座れ」

 詰問するトシに、宇藤は落ち着き払った様子でソファへの着席を促した。

 トシとネコメはそれに従い、彩芽とましろも各々のデスクで宇藤の言葉を待つ。

「簡単に言えば、リルの体には今までに経験がないくらいの膨大な量の異能が溜まってるんだ。異能生物にとって異能の力は生命力そのもの。それが急激に増えたせいで、凝り固まっているみたいなもんだな」

 宇藤の説明を聞いて、彩芽は顎に手を当てながらしばし考える。

「……それって成長差異、肉体の成長と異能の成長に齟齬が出た時に起こる、半異能の成長痛みたいなものじゃ……?」

「ご明察。雪村なんかは似たような経験あるんじゃないか?」

 彩芽の言葉に宇藤はパチンと指を鳴らし、ましろの方を見てそう言った。

「うん、それ、私も、経験、ある。半異能の、人は、体内の、異能が、急に、増える、時期が、ある」

 肯定したましろに、ネコメとトシは揃って感心したように何度も頷いた。異能初心者のトシはもちろん、これは異能混じりのネコメも聞いたことのない話だったのだ。

「そう、これは半異能に多く見られる症状なんだよ。雪村はいつ頃その症状が現れた?」

「生理が、来たのと、同じくらい、だから、多分、中等部の、一年のとき、かな?」

「あ、いや、そこまで具体的に言わんでいいんだが……」

 要らん情報まで付け加えたましろに宇藤は苦笑いを浮かべ、彩芽は「男子もいるんだから、慎みなさいよ」とたしなめた。

「ともかく、半異能の人は成長過程で体内の異能が増加するんだよ。それに伴って食欲や睡眠欲が過剰になったり、倦怠感を覚えることもある。そして、増えた異能に身体が馴染むと、その半異能は爆発的に強くなる」

 宇藤の補足にトシは目を丸くし、「強く、ですか?」と問いかけた。

「うん。私も、異能が、落ち着いてから、扱える、冷気の、温度が、下がった。代わりに、ちょっと、使いづらく、なった」

 ましろはゆったりとした口調でそう呟きながら、自らの手を重ね合わせる。

「なるほど……。リルは確かに異能生物だけど、邪神ロキがフェンリルのつがいを作ったなんて伝説は聞いたことがない。初代フェンリルは後天的な異能生物だとしても、末裔のリルは普通のオオカミとフェンリルの混血、半異能とも言えるわね」

 先天的な生まれながらの半異能であるリルは、普通の異能生物には見られない半異能特有の成長が起こる。リルの異様な睡眠時間は、成長痛のような避けられない事態だったのだ。

「この症状の解消は簡単なんだよ。増えた異能に体が馴染むまで待つか、溜まった異能を使えるだけ使って発散させればいい」

 宇藤の言葉に、トシは首を捻りながら手を上げる。

「質問なんすけど、なんだってそれを大地のやつに言わなかったんですか?」

 時間を置きさえすれば異能は強くなる、それを教えてやれば大地もあんな激昂せずに納得したのではないか、そう思っての提言だったが、宇藤はゆっくりと首を振った。

「今のあいつはどう見てもそんな冷静じゃねえよ。異能を使えば発散するとは言っても、それはあくまで自身で制御できる普通の半異能の話だ。異能混じりの症状としては前例が無い話だから、無理に異能を使えばどんな副作用が起こるのか、想像もつかん」

 リルがそんな状態でも、八雲を追いかけることしか頭に無い今の大地は躊躇わず異能を使う。そう考えた宇藤の判断に、トシは「なるほど」と頷いた。

「……やっぱり大地は今回の件から外すしか無いわね。リルの体調もだけど、あいつ自身の精神が不安定過ぎるわ」

 ため息と共に吐き出される彩芽の言葉に、その場にいた全員がぎこちなく頷いた。

「ところで、体の異能が増えることって、俺らみたいな異能混じりにはないんですか?」

「ないわよ。異能混じりは人間の体をベースに、文字通り異能が混ざって生まれる。扱える異能の上限は混ざったときから変わることは無いわ。そういう意味でも、大地は異能混じりとして例外的ね」

 生きた異能生物と混じった大地だけは、異能混じりでありながら扱える異能の上限が変わる。

 そのため大地はチョーカー型の異能具、グレイプニールを肌身離さず付けているし、そのせいで倒れたことさえあるのだ。

「……でも、例外はありますよね?」

 それまで黙っていたネコメが唐突に口を開き、トシを除く三人が押し黙った。

「例外?」

 トシは首を捻りながら周囲を見回すが、皆一様に口を閉ざしてネコメの言葉の意味をトシに教える者はいない。

「……ネコメ、それはまだ悟志に教えるのは早いわ」

「いいえ会長、鬼が関わっている以上、これは避けられない問題です。後で知って後悔する姿なんて、私は見たくありません」

「それは……そうだけど……」

 毅然としたネコメの物言いに、煮え切らない様子の彩芽も渋々頷いた。心情的には教えたくない話だったのだが、ネコメの言うことが正しいと思ったのだ。

 意を決して悟志に向き直り、ゆっくりと口を開く。

「悟志、今から教えることは、まだ大地には黙っていて。あいつは直接手を下したことがある分、あんたよりショックを受けるかも知れないから」

「は、はあ……」

 彩芽の言葉の意図は分からなかったが、悟志は曖昧なまま頷いた。

「……さっきも言った通り、異能混じりは体内の異能が増えることはない。ただし、外部から異能を摂取することによってその力を体に溜めることができるの」

「外部からって、異能場にずっと立ってるとか?」

 妖蟲が異能場の光を浴び続けることで力を増すことを教わっていたトシは、そう推測した。しかし、彩芽はトシの答えを否定する。

「それでも増えないことはないけど、微々たるものよ。それで扱える異能が増えるには、何十年もそこにいなきゃいけないわ」

「じゃあ、どうやって?」

 察しの良い大地であればこの辺で気付いていただろうが、生憎とトシは大地ほど考えを進められるタイプではなかった。

 彩芽は一呼吸置き、そっと言った。


「食べるのよ、異能生物を」


「え?」

 彩芽が何を言っているのか、トシはすぐには理解出来なかった。

「た、タベルって……?」

「食す、食う、eat、好きな言い方をすれば良いわ。ともかく、異能を持ったモノを経口摂取することで強くなるのは、妖蟲だけじゃないのよ」

 異能混じり以外の異能者もだけどね、と彩芽は注釈を入れた。

 異能を口にすることで、異能混じりは強くなる。

 その言葉の意味するおぞましさを理解した瞬間、トシの背中に冷たい汗が流れた。

「そして……」

 絶句するトシに追い打ちをかけるように、彩芽は言葉を続ける。

「異能者が異能を食べ続ければ、やがて異能が暴走する」

「ぼ、暴走……?」

 呆然と言葉を鸚鵡返しするトシに彩芽は神妙に頷く。

「……そうやって暴走すれば、やがてその異能者は自我を失い、体さえも変質して化け物になるわ」

「そ、それって……⁉」

 そこまでヒントを出されれば、察しの悪いトシでも流石に気付いた。

 異能を取り込み続け、化け物になった異能者。それをトシは、見たことがある。

 トシも大地も、以前より疑問に思っていたことだった。

 フェンリルはオオカミの異能、ケット・シーは猫の異能、サトリは猿の異能。

 ではあの異能生物は、何の異能なのか。


「そう、その化け物の名前は『鬼』。鬼とは、人の異能なのよ」



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