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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
贖罪編
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贖罪編28 リルの不調と、大地の苦悩


 東雲の復学に、ナント文化ホールでの緊急集会。そして鬼と絡新婦の異能混じりによる強襲事件。激動の一夜が明け、俺たちは陰鬱な気分で朝を迎えた。

 俺は授業の前にトシとネコメを連れ、リルを抱えて生徒会室を訪れていた。

「うーん、身体はどこも異常無し。眠っているだけに見えるな……」

 ソファに横たえたリルの触診を終え、体格のいい男子生徒は怪訝な顔で俺に向き直った。

 三年二組所属、宇藤寿一。

 霊官の資格を持つ異能者で、様々な異能者を有する異能専科鬼無里校でも唯一の、異能生物の獣医のような能力を持つ生徒だ。

 異能使いの使い魔をはじめとする異能生物は普通の獣医に診せることは出来ないため、宇藤先輩のような特殊な異能者は重宝される。しかし、異能生物を診察するのは普通の動物とは勝手が違い、全国にも片手で数えられる程度しかいない貴重な人材らしい。

「眠ってるだけって、ずっとこんな調子なのにそんなことあるのかよ⁉ 適当な診察してんじゃねえぞ⁉」

 貴重な人材だか何だか知らないが、昨夜あの後からずっと眠りっぱなしのリルが異常無しのはずがない。

 とんだヤブ医者に掛かったものだと俺は激怒し掴みかかろうとするが、首のチョーカーを引かれて床に叩きつけられる。こんなことをするのは諏訪先輩だけだ。

「何しやがる⁉」

「宇藤先輩の診察に言いがかりつけてんじゃないわよ。全国でも有数の異能生物の専門家なのよ?」

「専門家だろうが何だろうが、ずっと眠りっぱなしのやつに異常無しなんて診察する奴がヤブじゃなくて何だってんだ⁉」

 ソファ横のガラステーブルに手をついて立ち上がり、改めて宇藤先輩を睨みつける。

 先輩は困ったような顔でリルの身体を撫で、深いため息を吐いた。

「そう言われてもな……。俺も異能生物の診察は多くしてきたが、神獣なんて診るのは初めてだ」

 なんだよ、やっぱりヤブなんじゃねえかコイツ。

 リルの身に何があったのかは分からない。

 しかし、リルの調子が戻らなければ俺は異能を使うことが出来ないのだ。

 それは異能者として死活問題であり、霊官としての仕事もできない。

(ダメなんだよ……時間がないんだ……‼)

 このままでは俺は霊官としての活動が出来ない。諏訪先輩に「異能が戻るまでは仕事を回さない」と明言されてしまっているのだ。

 本当はすぐにでもあいつを、東雲を探しに行きたいというのに。

「とにかく、俺はすぐにでも異能を使えるようにならないといけないんだ‼ リルには悪いが、無理やりにでも……」

 リルを叩き起こしてでも異能を使う。そう思ってリルの身体を抱えようと手を伸ばすが、その手をごつい腕に掴まれる。

「それは、獣医として許可できねえ」

 俺の腕を掴んで止めた宇藤先輩は、ドスの利いた声で俺を制する。

「アンタには関係ねえだろ?」

「関係ないが、俺は獣医だ。俺の目の前で異能生物に無理をさせるのは見過ごせねえ。そもそもこのオオカミはお前の相棒なんだろ? だったらお前の事情でコイツに無理をさせるのは違うんじゃねえか?」

「っの野郎……‼」

 知ったようなこと言いやがって‼

 俺が今どういう気持ちでここにいるのか。どれだけもどかしい思いをしているのかなんて、コイツは分からないのだろう。

 それに、ネコメがどういう気持ちでいるのかも。

「大地君……」

 俺の背後で不安そうに呟くネコメは、本当は一番東雲を探しに行きたいはずだ。

 東雲のことが心配で、いてもたってもいられないはずなんだ。

 なのに、俺とリルが動けないせいで、自分を殺してここにいる。

 俺のせいで、これ以上ネコメの足を引っ張りたくない。

「大地、お前少し落ち着けよ。昨日だって、マトモに寝れてないんだろ?」

 トシのズレた発言に、俺はカッと頭に血が上る。

「暢気に寝てられるわけねえだろ⁉ 今すぐ東雲を探しに行くんだよ‼ アイツの首に縄付けてでも引っ張て来て、何があったのか全部説明させるんだ‼」

 昨夜の東雲の様子は明らかにおかしかった。

 学校を早退するときには、ネコメの護衛の精神的負荷に押しつぶされそうになっていたが、夜に会ったときにはそんな様子でもなかった。

 そして、トシの読心を嫌がっての逃亡。

 結果としてアイツは、中部支部全体の霊官に追われる立場になった。

(絶対に何か、事情があるはずなんだ……‼)

 そうでなければ、アイツが自分の疑いが深まるような行動をするとは思えない。

 東雲がネコメを裏切って、藤宮の側に付く。可能性は低いが、そうなったとすれば絶対に何か事情がある。

 自分の身を危険に晒し、立場を悪くしてでも藤宮に従う。

(東雲がそんなことをする理由なんて、一つしかない……‼)

 東雲が自分自身以上に大切に思う存在、そんなものは俺が知る限り、この世に一人しかいない。

 つまり、ネコメだ。

 恐らく藤宮は、何らかの形でネコメを交換条件にして東雲を従わせている。

 自分に従えば、ネコメには手を出さない。そんなところだろう。

(汚えマネしやがって……‼)

 そんな非道な藤宮に、あの心根の優しい東雲がいいように使われている。そんな状況、もう一秒だって我慢できない。

「おい起きろよリル‼ 今は寝てる場合じゃねえだろ⁉」

 宇藤先輩の腕を振り払い、俺はリルの身体を抱え上げようと手を伸ばす。

「やめなさい大地‼ 不調の原因が分からないリルに無理させるんじゃないわよ‼」

 諏訪先輩が俺のチョーカーを掴もうと首元に手を伸ばすが、俺はその手を払いのける。

「痛っ……⁉ あんたねッ……‼」

 諏訪先輩はギリッと歯噛みし、改めて俺のチョーカーを掴んだ。

「いい加減にしなさいよっ‼ 八雲のことが心配なのはみんな一緒なのよ⁉」

 東雲を、心配しているだと?

「……だったらッ」

 ふざけるな。

 本当に東雲を心配しているなら、こんなところでダラダラしているはずがない。

「だったら今すぐ東雲を探しに行くんだよッ‼ 他の誰でもなく、俺たちが東雲を……」

「今の無能のあんたが行って何になるっていうの⁉ 何で他の霊官に任せるのが最善だって分からないのよ⁉」

「ッ……‼」

 そうか、そうだよな。

 自分は東雲の味方になれない。この人はそう名言していたじゃないか。

 そんな奴に信用を置くなど、俺もバカなことを思ったものだ。

「……そうだよな、あんたにとっては東雲なんて何人もいる部下の一人に過ぎねえもんな」

「……なんですって?」

 腹の底から湧き上がってくる憤怒を何とか抑え込み、牙を剥くように口角を上げる。

「所詮は公務員、上の命令に従うだけのお人形だろ?」

「ワンちゃん、ちょっと、言いすぎだよ?」

 それまで黙っていたマシュマロが口を挟むが、俺は構わず続ける。

「本気で東雲を心配してるのなんて俺とネコメくらいのもんだもんな。お前らは味方じゃねえって、はっきりそう言ってたもんな?」

 ガリガリと頭を掻き、チョーカーを掴む諏訪先輩の手を振り解く。

 俺の言葉に諏訪先輩は眼を細め、声を震わせる。

「……私たちが、本当は八雲のことどうでもいいって思ってるって、本気でそう思って……」

「うるせえっ‼ 俺はこんなことしてる場合じゃねえんだよ‼ 今すぐ東雲を……」


「いい加減にしてくださいっ‼」


 諏訪先輩と口論する俺に、ネコメの怒声が飛ぶ。

 ネコメは柳眉を鋭くし、ダンッと床を踏み鳴らして俺を睨みつける。

「今リルさんに無理をさせて何になるっていうんですか⁉ 大地君が一番しなきゃならないことは、リルさんを心配することじゃないんですか⁉ 八雲ちゃんのことは他の霊官に任せておくのが最善だってどうして分からないんですか⁉」

 ネコメの叫びに、俺は目の前が真っ赤になるのを感じた。

 言うに事欠いて、お前まで諏訪先輩と同じことを言うのか?

 お前まで、東雲をないがしろにするのか?

「……東雲が、何で俺たちの元から逃げ出したのか、分からねえのかよ?」

「大地君には分かるっていうんですか⁉」

「お前をダシにされたに決まってるだろうが‼ 東雲が藤宮に従うなんてそれ以外考えられねえんだよ‼」

 俺はハッキリとそう言ってやった。

 ネコメに手を出さない代わりに従え、そう脅されたから、東雲は無理矢理俺たちの元を去ったんだ。そうに決まっている。

「……それは憶測です。そんな不確定な情報で、霊官が私情で動くなんて、あってはいけません‼」

「何で分かんねえんだよ‼」

 何でだ。

 何で誰も分からねえんだ?

 今一番辛いのは東雲なんだ。

 友達思いの東雲が、その思いを利用されて無理やり従わされている。

 何でそんな状況なのに、当のネコメがこんな平然としているんだ?

「東雲が心配じゃねえのかよ⁉ お前は東雲のダチじゃねえのかよ⁉ 何でお前はそんな平然と……⁉」

 ゴンッ、と左頬に鈍い痛みを感じる。

 振り抜かれた拳によって俺は投げ出され、そのまま床に叩きつけられる。

 口の中に充満する血の味と、脳が揺れるような頭の鈍痛。

 チカチカする目を見開くと、そこでは拳を振り抜いた体勢のトシが俺を見下ろしていた。

「いい加減にしろよ大地! お前こそ何で分かんねえんだよ⁉ 先輩たちもネコメちゃんも、お前のことが……‼」

「……お前には関係ねえだろ」

 何が言いたいのか知らないが、異能専科に来たばかりでネコメと東雲の関係もロクに知らないトシに、俺がとやかく言われる筋合いはない。

「……何だと?」

「お前には、関係ねえって言ってんだよ‼」

「ンだとこの野郎⁉」

 胸ぐらの掴み合いになる俺とトシだが、その間で小規模な爆発が起こり、俺たちはそれぞれ床に投げ出される。これは、諏訪先輩の異能か?

「……気に入らなきゃ異能で黙らせるってか? ふざけやがって……‼」

「黙りなさい」

 睨みを効かせる俺の前に車椅子のタイヤを回して諏訪先輩が現れ、悠然と俺を見下ろす。

「……大神大地、あんたの霊官研修資格を凍結するわ」

「何?」

「リルと一緒に自室謹慎よ。あなたはもうこの件に関わることを許さないわ」

「……ふざけんな」

 こうして俺は、霊官の資格を失った。

 二度目の自室謹慎を言い渡され、事件に関わることさえ許されなくなった。

「ふざけんなぁ‼」

 腹の底から溢れる憤怒にその身をやつし、ただただ俺は叫んだ。


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