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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
贖罪編
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贖罪編27 逃亡


 フードの女と鬼が消えた後、ようやく寮の自室に戻っていた霊官たちが騒ぎを聞きつけて食堂にやってきた。

 ある者は食堂の惨状に慄き、ある者は諏訪先輩らの身を案じる。

 そんな人混みの中に、俺たちは見知った顔を見つけ、近付く。

「東雲……」

「大神くん、ネコメちゃん、これなんの騒ぎ?」

 東雲はいかにも今しがた駆け付けたという様子で、辺りをキョロキョロと伺っている。

「ネコメちゃんは怪我してるし、リルちゃんはぐったりしてるし、一体何があったの?」

 歩けないネコメに肩を貸す俺と諏訪先輩の膝の上で横たわるリルを見て、東雲は心配そうに声を上げる。

 もしもこれが演技なのだとしたら、東雲はとんでもない名役者だ。

(いや、それはアテにならないな……)

 もともと東雲は演技が上手い。

 藤宮の指示でネコメに近付いた時も、年単位という気の遠くなるような時間演技を続けていたのだから。

「……八雲、落ち着いて聞いてくれる」

 みんなを代表し、諏訪先輩が東雲に声を掛ける。

「食堂が襲撃されたわ。先月藤宮が使役したものと同種の鬼が二体確認された」

「ッ⁉」

 諏訪先輩の言葉を聞き、東雲は明らかに動揺した。

 食い入るように先輩の顔を見つめ、次いで俺、トシ、マシュマロ、そして、ネコメへと視線を移す。

「そ、そうなんだ……。それで、ネコメちゃんは怪我を……」

「まどろっこしいのは無しにしましょう、八雲。鬼と一緒に逃亡した女、おそらく藤宮の協力者と思われる人物は、顔を隠していた。でも、絡新婦の異能混じりである可能性が非常に高いわ」

「絡新婦の、異能混じり……?」

 諏訪先輩が何を言いたいのかは分かる。

 幹部連中に疑いをかけられている東雲と同じ絡新婦の異能混じりが、霊官が不在で手薄だった異能専科を襲った。

 偶然で済ませるには、材料が揃いすぎている。

 ただ、あまりにも材料が揃いすぎていて出来過ぎのような気もする。これでは東雲を疑ってくださいと言っているようなものだ。

「黄色と黒の縞模様という髪色も確認できたわ。あなたが全力で異能を使う時と同じ……」

「あ、あたしがやったって言うの⁉ あたしは騒ぎを聞いて、今食堂に来たばっかりなんだよッ⁉」

 先輩に向けて叫ぶ東雲は、縋るように俺を見た。

「大神くんなら、匂いでわかるんじゃない⁉ その人って、あたしじゃなかったでしょ⁉」

「……すまん、東雲。リルの調子が悪いせいで異能が使えないんだ。それに、この雨じゃ匂いは……」

「あたしじゃないッ‼」

 食堂中に響く大声で、東雲は叫んだ。

 ガタガタと震えながら、怯えた目をしながら、東雲は自分の体を抱きしめて、首を振った。

「あたしじゃない……。あたしは、あたしは……‼」

「…………」

 限界だ。

 これ以上東雲を見ていられない。

「八雲ちゃん、会長だって本気で疑っているわけでは……」

「もういいだろ」

 ネコメの言葉を押し退け、俺は東雲と諏訪先輩の間に立ち塞がった。

「先輩、あんたが立場上東雲を擁護できないってのは聞いた。でも、だからってこれ以上俺のダチに言い掛かりつけるのはやめろ」

 毅然と、諏訪先輩の目を見てハッキリとそう言ってやった。

 確かに東雲は支部の幹部連中に疑いをかけられている。準幹部のような立場の先輩たちは東雲を擁護できないと言っていた。

 だからこそ俺は、東雲の味方になってやらなきゃいけない。

 先輩にそう頼まれたからではなく、コイツが俺の友達だからだ。

「大神くん……」

「大地君」

 東雲は戸惑ったように、ネコメは安心したように、それぞれ俺の名を呟いた。

 諏訪先輩はフッと薄く微笑み、車椅子の肘掛けに頬杖をついて俺を見据えた。

「分かったわよ。ネコメの言う通り、何も本気で八雲を疑っているわけじゃないわ」

「うん。やくもん、ごめんね」

 マシュマロも表情を崩し、釣られて俺たちの間に弛緩した空気が流れる。

「なあ、大地。さっきのフードの女が、東雲ちゃんかもって話だったの?」

「察しが悪いなお前は⁉ あの女の異能が東雲に似てたってだけの話だよ‼」

 そう、要は異能が似ていたというだけのことなのだ。

 あの女が藤宮の仲間なら、藤宮に作られた東雲と同じような異能を持っていても不思議はない。

 異能結晶なんて代物もあるわけだし、東雲が藤宮に従っていた頃にはいなかった仲間がいても、おかしくない。

「まあ、そうなると同じような異能者が何人いてもおかしくないけどな……」

 異能結晶は異能者を量産できる規格外の異能具。

 絡新婦のような強力な異能者が何人も藤宮の側にいる可能性も考慮しなくてはならない。

「頭の痛くなる話しないでよ。さて八雲、申し訳ないんだけど、ちょっと悟志に読まれてちょうだい」

「え?」

 おっとそうだ。まだそれがあったな。

「八雲の思ってる通り、幹部連中にはまだあなたを疑っている輩もいるわ。そういう奴らを黙らせるためにも、『サトリの異能で読んだ結果、問題無し』って報告させてもらわなきゃならないのよ。気分は良くないでしょうけど、形式的なものだから」

 諏訪先輩に促され、トシは「やっと俺の出番か」と意気込んでイヤリングを外し始める。確かに今の所トシの今日の活躍は『諏訪先輩の車椅子押し係』だもんな。ちょっとは活躍してくれ。

「え、ちょっと、待ってよ……?」

 イヤリングに手を掛けたトシを見て、東雲は一歩後退した。

「どうしたの、八雲?」

「どうって、円堂くんの異能で、あたしを読むの?」

「そうよ。まあそれで完全に疑いが晴れるわけじゃないと思うけど、こういうのは蔑ろにできないわ」

 先輩の言葉を聞いて、東雲は大きく後退してトシと距離を取った。

「八雲?」

 訝しげに首を捻る一同に、東雲は薄い笑みを浮かべて首を振った。

「やだなあ、皆んな。女の子の心を読むなんて、そんなの趣味悪いよ?」

 何言ってんだこいつ?

「あのね八雲、ふざけてる場合じゃないのよ?」

 違和感のある東雲の場違いな発言に、諏訪先輩はため息をつきながらたしなめるようにそう言った。

 しかし、東雲はなぜか引き下がらない。

「いや、ホントにやめてよ。円堂くん、それ取らないでよね」

「えぇ?」

 東雲に制止され、トシはイヤリングに手を伸ばしたまま固まってしまった。

(何だ? 何言ってるんだ東雲……?)

 口調こそ柔らかいが、どうやら東雲は本気でトシに読まれることを嫌がっているらしい。

 無実の罪で疑われるなんて気分が良くないのは分かるが、どうしてここまで拒否するんだ?

 俺も中学時代にクラス内で財布の盗難があった時には普段の行いのせいで真っ先に疑われたが、自ら鞄の中身をぶちまけることで疑いを晴らしたものだ。

 ちなみにその時は現金を抜かれた空の財布が俺の鞄の中に入れられていた。

 とにかく、疑いを晴らす方法があるのに、それを拒否するなんておかしな話だ。

「八雲ちゃん、変なこと言わないで、早く悟志君に見てもらいましょう。そうしたら、もう誰も八雲ちゃんのこと……」

 心配そうな顔のネコメが、そっと東雲に手を伸ばし、


「やめてって言ってるでしょッ‼」


 その手を、東雲が叩き払った。

「っ⁉ や、八雲ちゃん……?」

「あっ……‼」

 東雲は自分の行いに驚愕したように目を見開き、そして、踵を返して駆け出した。

「八雲⁉」

「八雲ちゃん⁉」

 慌てて東雲を追おうとするが、ネコメは歩けないし諏訪先輩は車椅子だ。

 咄嗟に俺とマシュマロが駆け出すが、東雲は俺たちに向かって何か小さな球体を投げてきた。

「なっ⁉」

 空中で紐解かれ解放されたそれは、東雲が異能を使って作る糸玉。紐を引くことで粘着性の無い蜘蛛の巣を開くものだ。

「東雲ッ⁉」

 咄嗟のことで回避が間に合わず、モロに顔面で蜘蛛の巣を受け止めてしまった。

 身体能力で劣るマシュマロでは東雲を追えない。そう思って慌てて走ろうとするが、足が床を踏まずに空振る。

「がぁッ⁉」

 グンッと体が持ち上げられる浮遊感。次いで首を締め上げられるような圧迫感を覚える。

 いつの間にか首に回されていた糸により、俺の体は逆バンジーのような形で宙吊りにされてしまった。

「し、ののめッ⁉」

 糸と首の間に指を入れて気道を確保するが、すぐには抜け出せそうにない。

 もがくように足をバタつかせていると、東雲の姿は破壊された窓の外に消えてしまった。

「なんで……なんでだ、東雲ぇ⁉」

 俺の絶叫は、食堂の喧騒と雨の音に飲み込まれて消えていった。

 この後、中部支部の霊官全員に緊急連絡が流れた。

 内容は、藤宮の共犯者の発見。

 容疑者、東雲八雲を指名手配するというものだった。



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