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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
贖罪編
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贖罪編26 黄色と黒


 降りしきる雨はマシュマロの周りに立ち上る冷気によって凍っていき、まるでマシュマロの周囲にだけバリアが張られているかのようにその体を濡らさない。

「一匹ずつ、やろうか」

 そう言ってマシュマロ濡れた地面に手を着くと、そこから蛇のように氷の蔦が伸び、たちまち一体の鬼の体をぐるぐる巻きにしてしまった。

 鬼は氷の蔦を砕こうと身をよじるが、先ほどの拘束と違って氷は一向に砕ける様子がない。

 あっという間に鬼はその全身を氷の蔦に覆われ、巨大な繭のような氷の塊が出来上がった。

「いくよ」

 マシュマロがその手を振るえば、空中に丸太のような大きさの槍が現れ、残った鬼を目掛けて放たれる。

『ゴァ⁉』

 放たれた槍を防ごうと鬼が手を伸ばすが、突き出された手を易々と貫通し、槍は鬼の胸部に深々と突き刺さる。

「まだまだ、いくよ」

 次いで二本、三本と氷の大槍が放たれ、鬼の首や足に次々と突き刺さっていく。

 その戦いは、あまりにも圧倒的で一方的だった。

「すげえ……」

 皮膚の下にあるはずの硬質な鎧を、まるで紙か何かのように貫通する氷。

 鬼が後退を選べば、地面にできた水溜りから氷の蔦が伸びてその動きを阻害する。

 冷気と氷の支配者、雪村ましろは、俺とネコメが圧倒された鬼を、ものの数分で前衛的な氷のアートに変えてしまった。

「……凍てつけ」

 やがて完全に動きを止めた鬼にマシュマロが近寄り、突き刺さった氷の槍に触れてそう呟く。

 指先から直接注ぎ込まれる冷気に、鬼の体はみるみる凍っていった。

「大地、ネコメちゃん、大丈夫か⁉」

 マシュマロの戦いに見入っていると、戦場を迂回して諏訪先輩とトシが俺たちの方に近づいて来ていた。

 雨に濡れた髪を鬱陶しそうに払いのけながら、諏訪先輩はまずネコメの足に注視する。

「深そうね……。動ける?」

「すいません、右足は筋が切れてしまったみたいで……」

 出血のひどい右足をさすりながら、ネコメは申し訳なさそうに目を伏せる。

「そう……。大丈夫、すぐに治してあげるわ。大地、あんたは動けるの?」

「全身痛えけど、何とか動ける。でも、リルの様子が変なんだ……」

 リルは未だに俺の腕の中でぐったりとしている。呼吸は落ち着いているが、異能を使えるとは思わない方がいいだろう。

「オオカミは流石に私でも診れないわ……。とりあえず、二人は下がってなさい。ましろの邪魔になるわ」

「はい」

「ぅす……」

 邪魔になる、か。足手まといなのは分かっているつもりだったが、いざ口に出されると結構しんどいな。

「しょげないの。そもそもましろはチームを組むよりも一人で戦った方が強いのよ。雨の日なんかは特にね」

 それは見れば分かる。

 湿度の低い屋内で戦っていたときと、今のマシュマロはまるで別人だ。

 大気中の水分というほぼ無尽蔵の武器を扱える今のマシュマロは、はっきり言って無敵に見える。

 一体の鬼を完全に氷漬けにしたマシュマロは、次いで氷の繭に閉じ込めていた鬼の方に向き直った。

「ッ⁉」

 そこで、鬼を内包する氷塊の前に立ち塞がる謎の人物の存在に俺たちは気付いた。

 夏が間近だというのに顔をすっぽり覆うフードを被った、暑苦しい格好の人物。

 身長はネコメと同程度に小柄で、ポケットに手を突っ込みながら着込んでいる灰色のフード付きパーカーは、サイズが合っていないのかダボダボだ。

 パーカーの他にはジーンズと編み上げのブーツを着用しており、ボディラインから見て、恐らく女性。

 口元を黒いマスクで覆い、目深にフードを被っているせいで顔は伺えない。

 しかし、フードから覗く髪だけは特徴的に目立っていた。

 ウエーブの掛かった長髪は、金髪と茶髪の中間のような明るい色と黒の、見事な縞模様になっていた。

 あの髪色には、見覚えがある。

 俺と同じことを思ったのか、ネコメも諏訪先輩も、謎の人物の真正面に立つマシュマロも言葉を失った。分かっていないのはあの姿を見たことがないトシだけだ。

「……お前ッ⁉」

 まさか、と思い声を上げようとした瞬間、謎の人物が言葉を被せてきた。マスクの奥から響くくぐもった声は、あいつに似ているといえば似ている。

「これ以上この子たちを殺されるのは、困るわ。これでも、大切な兄なのよ」

 意味不明な言葉とその人物の正体が気になっていた俺たちは、反応が遅れた。

 いや、それを差し引いても、謎の人物の動きは見事の一言に尽きるものだった。

 人間が戦闘を行う際、必ずと言ってもいいほど感じる予備動作。気構えや戦う意思のようなものを、彼女からは全く感じなかったからだ。

「ッ⁉」

 まず間近にいたマシュマロに、謎の人物は襲いかかった。

 ポケットから手を出し、体を深く沈めて異様な程の前傾姿勢を取る。

 バチャバチャと水溜りを弾きながら地面を這い、マシュマロとの距離を一瞬で詰める。

 首辺りを狙った編み上げブーツによる回し蹴りを、マシュマロは咄嗟に氷の盾を作って受け止めた。

 次いで迎撃のための氷の槍を形成するが、相手の方が速い。

 槍が放たれる前にその横に回り込み、蹴り上げによって氷の槍を外らせる。

「なッ⁉」

 そして次の瞬間、氷の槍が矛先を変えた。

 マシュマロの後方で固まる、俺たちの方へと。

「彩芽ッ‼」

「守らないと、死んじゃうよ?」

 フードの女が指を動かすと、マシュマロの作った氷槍は俺たち目掛けて一直線に飛んで来た。

 ネコメは足を負傷していて動けないし、諏訪先輩は車椅子だ。

 マズい、と思った瞬間、氷槍は見えない壁に阻まれたように俺たちの眼前で弾き飛ばされる。

「あんまり、舐めんじゃないわよ‼」

 前方に手を伸ばし、異能を使って槍を防いでくれた諏訪先輩が吠える。

「なんのつもりか知らないけど、その顔、見せてもらうわよッ‼」

 先輩が伸ばした手をグッと握ると、弾かれた氷槍は轟音を立てながら粉々に砕け散った。

 それに伴い巻き起こる、圧力の奔流。

(さっきから、なんて戦いだよ⁉)

 自慢ではないが、俺も異能者としてはそれなりにできるつもりだった。

 北欧神話のフェンリルの末裔と混じったウェアウルフとして、それなりに戦えていると思っていた。

 しかし、マシュマロと諏訪先輩。この二人ははっきり言ってレベルが違う。

 氷点下の冷気を操るマシュマロと、念動力のような異能を扱う諏訪先輩。

 この二人と俺が本気で戦えば、俺は数秒で氷漬けか粉々のどちらかになるだろう。

「正体見せなさい‼」

 砕けた氷槍は大小様々な無数の氷の礫となり、諏訪先輩の操作でフードの女に襲いかかる。

「諏訪の姫巫女……厄介ね」

 フードの女は先ほど見せた敏捷さを駆使し、襲いくる氷の礫を右へ左へ回避する。

 女の意識が回避に集中していたその一瞬の隙をつき、雨の水分から氷の杖を形成したマシュマロが肉迫する。

「捕まえ、た‼」

 しかし、マシュマロのフルスイングが女に当たる寸前で、マシュマロは動きを止める。

「ッ⁉」

 飛び掛かった姿勢のまま空中で静止するマシュマロを一瞥し、フードの女は鬼が閉じ込められている氷塊の前まで後退する。

「諏訪の姫巫女に雪女。対策はしてきたつもりだったけど、流石にあなた達全員を相手にするのは骨が折れるわね。ここまでにさせてもらうわ」

 そう言ってフードの女は何やら指を動かし、虚空で何かを引っ張るように腕を振った。

(あれはッ⁉)

 その時、その場にいた全員が確かにそれを見た。

 宙に張り巡らされた、無数の糸。

 氷槍の矛先を変え、今もマシュマロの体を拘束する細い糸が、雨を受けて夜の空に映えた。

「蜘蛛の、糸⁉」

 間違いない。それは俺も何度も目にした、蜘蛛の異能によって生み出される糸だった。

 黄色と黒の特徴的な髪色に、糸の異能。

 驚愕する俺たちを他所に、寮の周りの雑木林から糸の塊のような物が飛来した。

 フードの女がその塊の糸を紐解くと、解けた糸玉の中から大量の妖蟲が現れる。

 襲いくる無数の妖蟲に俺たちが慌てている隙に、フードの女はポケットから何やら小さな球体を取り出し、鬼が閉じ込められている氷塊に向かって放り投げる。

「フレイム」

 女がそう呟くと球体は大きく燃え上がり、鬼を捕らえていた氷を溶かしてしまう。

「さようなら。また会いましょう」

 そう言って女は新たにポケットから取り出した球体を高く放り投げ、「ミスト」と呟いた。

 球体からは大量の霧が吐き出され、降りしきる雨と相まってたちまち視界を塞いでしまう。

 マシュマロが冷気を用いて霧を凝結させた頃には、女と鬼は俺たちの目の前からまんまと消え失せていた。

「絡新婦……」

 マシュマロと諏訪先輩が放たれた妖蟲を落としていく中で、茫然としたネコメの呟きが、雨音に掻き消された。


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