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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
贖罪編
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贖罪編23 強襲


 時刻は夜の七時過ぎ。結構な山奥である鬼無里は夏場でも涼しく空気も澄んでいて、本来ならこの時期には綺麗な天の川が見えるのだが、生憎の雨は止む気配がない。

 バスを降りた時は湿気のせいで蒸し暑く感じたのだが、夜になって気温も下がったせいもあるのか、少し雨に濡れると肌寒さを感じる。

「何でこうも雨が続くのかね……」

 バスの停車した校門から小走りで寮に駆け込み、そんなことをボヤいてしまう。

 昨夜降り出した雨は、そろそろ丸一日降り続けていることになる。事件の嫌な話とも相まって、気分は重くなる一方だ。

「大地は知らないかもしれないけど、今は『梅雨』といって雨が降りやすい時期なのよ。一日くらい雨が降るのは何の不思議もないわ」

「知っとるわ梅雨くらい」

 コイツは俺をどんなタイプのバカだと思っていやがる。まあ絶対わざと小馬鹿にしているんだろうがな。

「……会長、トシ君が読めば、すぐに八雲ちゃんの疑いは晴れるんでしょうか?」

 寮の玄関で濡れた額に張り付いた前髪を払いながら、ネコメは不安そうに問いかけた。

 諏訪先輩は一瞬だけ思案するように目を伏せ、言いづらそうに口を開く。

「もちろん私はあの子の潔白を主張するつもりだけど、幹部全体がそれで警戒を解くとは思わない方がいいわね」

「な、なんでだよ⁉」

 先輩の口から出た意外な回答に、俺は面食らってしまう。

 トシの異能、サトリを使えば、相手の思考が読める。

 それは自供以上に信頼できる情報で、それを受けて尚東雲に疑いが掛かるなんて、そんなの筋が通らない。

「警戒レベルが落ちても、『円堂悟志が内通者の一人で、東雲八雲に関して嘘の情報を流した』と捉えられればそれまでよ。八雲の疑いを完全に晴らすには、もう藤宮を逮捕する以外に無いわ」

「なんだよそれ……」

 東雲だけじゃなく、トシまで容疑者になり得るってことか。

 そこまでして東雲を悪者にしたいのかよ?

「……めんどくせえな。幹部連中の頭ん中片っ端から読んで、あいつらの性癖でもバラしてやったら少しは話し易くなるかね?」

 荒唐無稽に思えるトシの提案だが、案外悪くないかもしれない。

 誰でもバラされたくない秘密の一つや二つあるものだし、それを交渉のカードにするというのは有効な手段かもだ。

「異能の乱用で捕まるから、やめときなさい。それに悟志の霊官内部での信頼が乏しい状態でそんなことしても、誤情報として処理されるだけよ」

「信頼って、俺が信用ならないってことっすか?」

 不服だ、とばかりに顔をしかめるトシだが、その理屈は俺にも分かる。

「正規の霊官でもない、異能を得てから一月にも満たない子どもと、中部支部幹部の見解。どっちの方が信頼できるかなんて、言うまでもないでしょ?」

 そうか、つまりはそういうことなのだ。

 トシの異能は確かに強力なものだが、その情報は当人とトシの頭の中にしかない。つまり、立証するに足る第三者からの見方ができないのだ。

 トシが東雲を読んでも東雲の疑いが晴れないのは、この辺の事情もあるのだろう。

「とりあえず、出来ることを、やる。まずは、やくもんの、ところに。少しでも、気持ちを、楽にしたい」

「まあ、結局それしかないんだよな……」

 マシュマロに促され、自分の無力感を噛み締めながら俺たちは女子寮に向かうことにした。

 その時、


 ガシャァンッ‼


 ガラスが砕けるような破壊音が寮のエントランスに響き渡り、それを追うように寮生の悲鳴と思われる絶叫が聞こえた。

「場所はどこ⁉」

「食堂です‼」

 素早く状況の確認を取ろうとする諏訪先輩に、即座に異能を発現させたネコメが一階の奥を指差す。

 猫は聴覚に優れた生き物で、ケット・シーの異能混じりのネコメも耳がいい。

 破壊音を聞き、素早く異能を発現させ、悲鳴の出所を探ったのか。

「ネコメ、大地、ましろ、先行して‼ 悟志は車椅子を押してちょうだい‼」

『ハイ‼』

 適材適所、身体能力に優れる俺とネコメ、戦えるマシュマロを先に行かせて、機動力に劣る自分は戦えない悟志と行動する。

 的確な指示に俺たちは一も二もなく頷き、異能を発現させながら食堂に向けて駆け出した。

 俺は走りながら諏訪先輩に預けていたケージを開けて放り投げ、中で眠りこけていたリルを揺すって起こす。

「リル‼ 起きろリル‼」

『うにゅ?』

「起きろって‼ 緊急事態だ‼」

 揺さぶられながらもリルはうつらうつらしている様子で、目も完全に開いてはいない。

「クソッ! 悪く思うなよ‼」

 眠っているリルには悪いが、俺は無理矢理異能を発現させた。

 リルの体は消え、俺の中に異能が宿る。

 走りながらズボンを緩めて尻尾を出し、体の調子を確かめるが、あまり良くない。

(やっぱり……リルが万全じゃないとダメか……)

 何度か検証して分かっていたことだが、特殊なタイプの異能混じりである俺の能力にはムラがある。

 以前諏訪先輩に言われたことだが、俺は普通の異能混じりと違って発現できる異能の上限が変わるのだ。

 リルが全力で異能を回してくれれば首のチョーカーを介して扱える異能の出力が上がるが、リルが非協力的だったり、今のように寝ぼけていたりすると、俺のコンディションに関わらず出力が落ちる。

 しかし、それでも普段に比べれば充分に超人的な身体能力のはずだ。

『ダイチぃ〜、何するんだよ〜』

「緊急事態だっつってんだろ‼ いい加減起きろ‼」

 ただリル曰く、眠っている状態で異能を使われるのは、恐ろしくしんどいらしい。

 寝ぼけた状態で車の運転をさせるようなもので、リルから流れてくる異能の力のコントロールが、ひどく不安定になるのだ。

「大地君、雪村先輩、先に行きます‼」

 もたついている俺と足がそこまで速くないマシュマロを置いて、この中で一番機動力のあるネコメが先行して食堂に飛び込んだ。

 ネコメに遅れること数秒、開け放たれたドアを突き破るような勢いで食堂に飛び込むと、中は酷い有様だった。

「あ、アイツはッ⁉」

 窓を破壊して食堂に入り込んでいたのは、赤銅色の肌に二メートルを超える巨体、頭には異形を示す二本の角。

 藤宮が従えていた、あの鬼がいた。

 数は二体。あの事件の夜より数は少ないが、二体とも桁違いの力と速さを持つ『二本角』だ。

 鬼は破壊された窓からその巨体を食堂内にねじ込み、人の胴回りほどもある腕でテーブルや椅子を吹き飛ばす。

「皆さん、避難してください‼ 霊官の方がいれば、避難の誘導を‼」

 先行していたネコメが、叫びながらテーブルの上に乗った。

 逃げる生徒たちとは反対方向、鬼に向かってテーブルの上を跳ねる。

 食堂にいた生徒たちは蜘蛛の子を散らす様に逃げ惑うが、その中に避難の誘導をしようとする者はいない。

(まさか、本当に狙われたのか⁉)

 霊官の生徒の多くは、先ほどマイクロバスに乗って学校に戻ってきたばかりだ。

 東雲の元に向かおうとしていた俺たち一行を除けば、みんな一旦自室に戻って食事の準備をしている頃だろう。

 騒ぎを聞きつけて食堂にやってくるまでどのくらいかかるか分からないが、今すぐに増援が来るとは思えない。

 霊官の多くが不在のタイミングで、藤宮の鬼の襲撃。偶然とは思えない。

「ネコメ、一人で戦うな‼」

 先陣を切ったネコメだが、あの鬼を二体同時に相手にできるとは思えない。

 直に戦ったことがあるから分かるが、スピードはネコメが上でも、パワーは鬼の方が強い。

 何よりあの鬼とネコメは、致命的なまでに相性が悪い。

 ネコメの戦い方は一撃必殺。右手に装備した銀の爪の異能具を使って、異能生物を一撃で殺すことができる。

 しかし、あの鬼の外皮は異様に固く、ネコメの爪は通らなかった。

 したがってネコメは目や口といった柔らかい箇所を狙うしかなく、一撃でも受ければ危険な程に力の差がある鬼を相手にするのは、どう考えても不利だ。

「ネコメッ‼」

 俺はネコメの元に急ぐが、出入口を目指して逃げる生徒たちに阻まれてうまく進まない。

 ネコメに倣ってテーブルの上に乗り、今自分が入ってきたばかりの出入口を確認するが、そこは人で溢れかえっていた。

 食堂にいた生徒たちが一斉に出入口に押しかけ、一刻も早く脱出しようとして結果的に誰も進めなくなってしまっている。

 もし鬼の接近を許せば、すし詰め状態で身動きが取れないでいる生徒たちに被害が出る。

 しかし、今この場で戦えるのは俺とネコメだけ。マシュマロの姿は見えない。どうやら食堂に入る前に人が殺到してしまい、中に入れないでいるようだ。

(やるしかないか……‼)

 俺は鬼の方に向き直り、腰に巻いていたホルスターから異能具を抜く。

 テーブルの上を駆け、爪を振るうネコメの隣に並び立った。


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