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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
贖罪編
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贖罪編20 異能結晶

『中部支部所属の皆さん、急な招集にもかかわらずお集まりいただき、ありがとうございます。中部支部支部長の柳沢アルトです。中部支部管轄内全てとはいきませんでしたが、県内に在中する多くの霊官の皆様に集まっていただけました』

 粗方の席が埋まったところで説明会は開始された。

 幹部席の真ん中でマイクを握るのは、ネコメの保護者の柳沢アルトさん。伸縮する指示棒をその持って、ホワイトボードに貼られた写真を示す。

『既に皆さん、本件の概要はご存知と思いますが、ここで改めて説明させて頂きます。事の発端は先月、鬼無里校の養護教諭をしていた藤宮ツネが起こした殺人未遂事件です』

 藤宮の下の名前、ツネっていうんだ。

 古い名前だとは思うが、明治とかの生まれなら不思議ではないか。

 俺としては既知の話だが、事件の概要をおぼろげにしか知らないトシには有難い説明になるな。

『被害者は、霊官一名を含む学生六名。幸いなことに全員命に別状はありませんでした。事件の最中に藤宮が複数体の鬼を使役していることが確認されており、計四体の鬼が討伐されています』

 柳沢さんは手元の資料に目を落としながら、淡々と説明を続ける。

 俺を含めこの場にいる霊官のほとんどがこの話は知っているらしく、今のところあまり熱心に聞いている者はいない。

『藤宮の動機は、第二次世界大戦中に発案され、終戦と同時に永久凍結された人工異能者計画の研究。彼女は自分の遺伝子を使って八人の試験体を生み出しており、内一名が成功例として存命していることが確認されています』

 これは、東雲のことだ。

 藤宮の勝手な都合で生み出された少女。

 生みの親というしがらみにより、東雲はずっと藤宮の言う通りに生きて来た。

『……ここからが新たに明らかになった情報になりますが、どうやら藤宮は人工異能者の素体を生み出す研究だけでなく、他の方法で人間を異能混じりにする方法を模索していたようです』

 柳沢さんの言葉に、説明会場の空気が変わった。

 初出の情報に皆の緊張感が高まったのを感じた柳沢さんは、ホワイトボードに新たに一枚の写真を貼り付けた。

 写っているのは、所々が黒くくすんだ、緑色の石。

 先日生徒会室で諏訪先輩に見せられたものだ。

『銀による攻撃で機能を停止していますが、微量の異能が検出されました。これを体に埋め込まれた少年が妖木の異能混じりになっていたことが確認されています』

 柳沢さんは指示棒で石の写真を示し、メガネの奥の瞳をギラリと鋭くする。

『検証の結果、これを埋め込まれた人間は、当人の資質に関わらず異能混じりになるということが判明しました。人を異能者にする異能具、中部支部ではこれを異能結晶と呼称します』

 異能結晶、それがあの石の名前か。

 大木を異能混じりにして、俺にぶつけてきた藤宮の研究成果。

 異能者を作るという異能具の存在に、会場は大いにざわめいた。

 そんなものが量産されるってことは、本来なら不定期かつ偶発的に生まれるはずの異能者が意図的に量産されるってことだ。

 大木のような浅慮な者が次々と異能を手にすれば、言うならばそれは町中のチンピラに拳銃をバラ撒くようなものだ。

 町中でのケンカは殺し合いになり、普通の警察では対処できない異能による凶悪犯罪が横行する。

 それは霊官が最も危惧する事態の一つ、一般社会への異能の漏洩に他ならない。

 大昔から霊官が必死になって秘匿してきた異能が、大っぴらに知られてしまう。

 それだけは、避けなければならない。

『これを腕に埋め込まれていた少年は、対処した霊官が腕を切り落とすことで事態の収束に至りました。しかし、護送の最中に音信が途絶え、本日未明、県道沿いの森林から遺体で発見されました。護送を担当していた霊官二名は、未だに行方不明です』

 そう言って柳沢さんが新たにホワイトボードに貼った写真は、凄惨なものだった。

 首を落とされた、太った人間の体。

 右腕が肩から無くなっており、こっちは包帯が巻かれている。

 ボロボロになっているが、その服装は間違いなくあの日の大木のものだ。

「ひどい……」

 隣でネコメがポツリと声を漏らした。

 湿度の高い山の中に二週間以上も放置された大木の体は腐敗が進み、ぐちゃぐちゃになった首には山の動物に食い荒らされたような形跡まである。

 目を背けたくなる、惨たらしい写真だ。

『現状で異能結晶のサンプルはこの一つのみですが、妖木以外の異能混じりを発現させる異能結晶の存在も考慮しなければなりません。つきましては、中部支部所属の霊官で捜査網を張ろうと思います。具体的には……』

 アルトさんの説明した捜査網とは、つまり人海戦術だった。

 霊官同士でチームを組み、町中を巡回する。

 それで藤宮本人が見つかればいいが、見つからなくとも異能結晶によって生まれた異能者に随時対処する。

 非効率的にも思えるが、本来なら事件が起こってから動く霊官がパトロールを行うというのは、それだけで対応速度が段違いらしい。

 確かに、異能結晶の異能者が暴れてる、なんて情報が来てから動いたのでは、霊官が現場に着いた時には既に手遅れだろうからな。

 ひとしきり作戦についての説明を終えたところで、柳沢さんは指示棒をしまって言いづらそうに口を開いた。

『最後に、これはあくまで仮説になりますが……』

 幹部席の机に両手をついて会場中の霊官の顔を見回し、ゆっくりと口を開く。

『藤宮の脱獄は、異能結晶の発見の時期と一致しません。脱獄に際し、第三者の協力があった可能性が大きいです』

 柳沢さんの言葉に、会場中は奇妙な静寂に包まれた。

 つまり柳沢さんはこう言っているのだ。

 霊官の中に、藤宮の内通者がいる可能性があると。

(それを……ここで言うのかよ?)

 内通者の存在は、俺も確信していた。

 少なくとも出所したばかりの大木に異能結晶を与えた人物は、藤宮ではない。

 藤宮に協力している第三者がいるのは間違いないが、脱獄に手を貸した可能性がある以上、それが内部、霊官の中にいる可能性も高いってことだ。

『現状、協力者の可能性がある者として有力なのは……』

 そして柳沢さんは、最後に一枚の顔写真をホワイトボードに貼った。

 俺の、よく見知った少女が写った写真を。


『鬼無里校の一年生、東雲八雲です』



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